[二十三話]
二時間経っても未だにギャーギャー騒いでいる二人を見て、うちは痺れを切らした。
ふぅっとため息を吐く。
初めの方はどうしたら良いのかわからずに、おろおろしながら見てたけど、もうずっとこの調子だ。文句だとか嫌味だとかをぶつけ合っているからか、一つもハッキリ言葉が聞こえない。
この二人は、どうしてそんなに不仲なんだろう。今日が初めましてなのに。
「二人ともさぁ、初めましてなのに敵対するの辞めて?」
恋人と、姉。どちらもうちにとっては大切な存在なのだ。どちらか片方を選ぶなんて、どちらかを選ばないなんて事はできない。
どちらも大切に想っているうちからすると、怪力ゴリラ、貧弱ハムちゃんとお互いに罵り合っている二人を見ると少し複雑な気持ちになる。
これはうちのエゴなのかもしれないけれど、二人には仲良くして欲しい。仲良くなってもらいたい。
「「いや、だって」」
「怪力ゴリラが先に……」
「貧弱ハムちゃんの方が先でしょ」
息は合っているのに、不仲。
何か口に出せば、必ず言い返されることはわかっているだろうに、何で逆に面倒にしているんだろう。嫌いなら、せめてもう一切関わらない様にしてくれたら良いのに。
喧嘩するほど仲が良いということなのか、それとも本当に仲が悪いのかはわからないけれど、一ミリも相手の意見に動じない頑固同士の喧嘩は長く続く様だ。
「……柚凪、佐藤。ちょっと黙ろうか」
二人が同時に口をつぐんだ。佐藤にも、柚凪にも言いたいことがある。注意しておきたい事がある。
「佐藤は距離感が近い、誰にでもその態度だとちょっと良くないと思う。」
「……ごめん」
「柚凪はすぐ突っかかりすぎ、もうちょっと穏便に行こ?」
「わかった……」
二人とも、別に根が悪い人って訳じゃない。素直に自分の非を認められる。それに、互いの言う事は無視してもうちの言う事にはちゃんと耳を傾けてくれる。
「柚凪も、佐藤も。二人ともうちからしたら大切な人なんだ」
「仰る通りでございます」
「だよね?それなら仲良くして欲しいなぁ」
「「善処します」」
「ふっ、ふふっ……そこハモる?」
説教をする為にも、真顔でいないといけない。だからずっと真剣な顔をしていたのに、二人の不仲なのに息ぴったりな会話につい笑ってしまった。
「ねぇ、奈音と遊ぶのめっちゃ久しぶりなんだけど!」
「えっ?あぁ……そうだよね、別れた時以来じゃない?」
柚凪と遊ぶ事になったと言うのに、ついぼーっとしてしまっていた。大学での情報が多すぎて、頭がパンクしてしまいそうになった。最近は、何故か何を考えていたのかが思い出せないことがある。
柚凪はうちの言葉にしみじみとしたような顔で呟く。
「もう五年も遊んでないのか……」
確かにうちも、柚凪と離れてからは中々遊ばなかった。遊ぶ気もなくて、誘われた時に付き合いでついていく位の物だった。当たり前だけど、その付き合いは全くと言って良いほど楽しくなかった。
あの時の様に、皆でカラオケだとか、ショッピングモールとかで存分に遊べたら良いのに……なんてずっと叶いそうにない願いを抱えていた。
柚凪と別れてから、一度も連絡を取り合わなかった。お互いに、変な意地があったのだろうと思う。それでも、時間が問題を解決してくれる事はあるようで、昔よりも柚凪と仲良くなれた様な気がする。
今まで少しだけあった心の距離が縮まった様な気がしてくる。
「まじで俺も全然遊んでなかったわ」
柚凪はそう呟いてから「え、何で⁉︎」だとか「誘われはしたし……」だとか自問自答し始めた。
「何かお母さん厳しくなったって言ってたし、それもあるんじゃない?」
柚凪はぽかんとして、「え、それ何で知ってるの?」と問う。そういえば、柚凪の口からはお母さんが厳しくなった〜なんて聞いていない。確か蘭菜と花城に聞いた筈だ。
「前ね、偶然あの時の皆に出会ってさ」
うちがそう言うと、柚凪は驚いた。「は⁉︎」と食い気味で。
「それで、蘭菜と花城に聞いたんだよね」
「あぁ……まぁ、別に口止めしてなかったしな……」
仕方ないか、と柚凪はため息を吐く。
「何で口止め?」
これを聞いたからと言って、柚凪の評判が落ちるとかいう訳ではない。わざわざ口止めする理由なんてあるのだろうか、疑問に思う。
でも柚凪は「まぁ、色々あるんですよ」とはぐらかす。
「そうなんだ?」
「そんな気にせんで、ほらもう着くし!」
『次は、〇〇駅〜〇〇駅です。』
柚凪とほぼ同時だった。丁度良いタイミングで、アナウンスが流れる。電車が止まって、ドアが開く。
地元の駅はほぼ過疎状態だから、東京や大阪とは比べ物にならない位人が少ない。
乗ってきたのは数えられるだけの人だった。
「奈音、ドア閉まるよ?」
「あっ、ごめん!」
最近は、疲れているのかぼーっとしてしまう事が増えてしまった。
「「苺クレープお願いします!」」
「被った……」
「被ったね」
ショッピングモールに着いたら絶対にここに行こうという場所が決まっていた。
柚凪と言葉もトーンも揃った事には一切触れられなかった。
見覚えの無い女性が「少々お待ちください」と笑顔を見せる。彼女のエプロンには店長と書かれていた。
あぁ、変わっちゃったんだなぁと少し心が痛い。どうしても寂しさが隠せない。叔母さんなら絶対に笑ってくれたのに、なんて比べてしまう。
比べてはいけないと、頭ではわかっているけれど、認めたく無いんだ。ここに立っているのは叔母さんであって欲しい。
叔母さんは、お母さんの姉でこのスイーツ店を経営していた。幼い頃、ご褒美と言われればここにクレープを食べに来れるという認識だった。
小学生、中学生でも、友達と遊ぶと言えばこのショッピングモールに来ることが決定事項だった。だからこそ、うちも柚凪も馴染み深い場所だ。きっと、如月や花城、蘭菜も水雫もきっと馴染み深いのではと思う。
でもそんな馴染み深い場所も、もう廃業寸前。悲しいけれど、今月いっぱいで終わってしまうのは揺るがない事実だ。この、地元で人気のクレープ店も店舗移動は無く、ショッピングモールごと潰れてしまう。
ネットニュースで、偶然その記事を見たうちは、すぐさま柚凪に電話をかけようとした。
無くなっちゃう前に、二人でもう一回行こうと。でもその時丁度柚凪から電話がかかってきた。
何かと思えば、考えは同じだった。うちが考えていたことをそのまま言われてしまった。
「お待たせいたしました、苺クレープ二つのお客様〜」
「ごめん、奈音取ってきて」
「あー……席取られるかもだし、行ってくる」
今日は人が多い。いつもより、ずっと。
うちは、クレープを受け取り、ミニスプーンをアイスに刺して席に戻った。
「ありがと、いただきます」
「いただきます」
一口、口腔に放り込んだ。ほかほかの生地とひんやりした甘い苺アイス。苺の自然な甘味と酸味が混ざり合って一気にじゅわっと広がる。
変わってない、そう思った。久しぶりに食べたこの味。懐かしくて、美味しいのに少し寂しい。
「相変わらず美味しいね」
「柚凪⁉︎」
柚凪がぽろっと溢した言葉は重ねられた。今、会いたいと思っていた人に。
「えっ、叔母さん⁉︎」
「もー、二人とも見ないうちに大きくなっちゃって……」
叔母さんは、親戚のお爺さんが言う様なことを言い出した。
「長らく会ってなかったもんね、もう私も奈音も十八だよ」
本当に、最後に会ったのはいつだったんだろう。柚凪とうちと、叔母さん、そしてお母さんとお父さん。今後どうしていくのかを叔母さんに伝えた時が最後な気がする。
重苦しい空気で、皆苦しそうな顔をしていたのを今でも鮮明に覚えている。
「離婚の報告以来かしらねぇ」
叔母さんは「あっ、でも柚凪はあの後見たわよ」と笑う。
「えっ、嘘!」
「本当よ?」
「いつ⁉︎」
「中三の……冬くらい?はまだグレてたじゃない?」
「何で知ってるの……」
柚凪は一生懸命に頭を働かせていた。うちは、その時の柚凪を知らないからなのか、話にはついていけていなかったけれど、叔母さんと柚凪の話は弾んでいた。
「見るからに、だったじゃない」
ピアス開けて、髪染めてたし、と叔母さんは続ける。
ピアスに、髪染め……?お母さんに許可取らなかったのか、怒られなかったのかうちは考える。どれだけ考えても答えは出ないままだけど。
柚凪はじっくり考えて、ようやく「あっ!」と叫んだ。
二時間経っても未だにギャーギャー騒いでいる二人を見て、うちは痺れを切らした。
ふぅっとため息を吐く。
初めの方はどうしたら良いのかわからずに、おろおろしながら見てたけど、もうずっとこの調子だ。文句だとか嫌味だとかをぶつけ合っているからか、一つもハッキリ言葉が聞こえない。
この二人は、どうしてそんなに不仲なんだろう。今日が初めましてなのに。
「二人ともさぁ、初めましてなのに敵対するの辞めて?」
恋人と、姉。どちらもうちにとっては大切な存在なのだ。どちらか片方を選ぶなんて、どちらかを選ばないなんて事はできない。
どちらも大切に想っているうちからすると、怪力ゴリラ、貧弱ハムちゃんとお互いに罵り合っている二人を見ると少し複雑な気持ちになる。
これはうちのエゴなのかもしれないけれど、二人には仲良くして欲しい。仲良くなってもらいたい。
「「いや、だって」」
「怪力ゴリラが先に……」
「貧弱ハムちゃんの方が先でしょ」
息は合っているのに、不仲。
何か口に出せば、必ず言い返されることはわかっているだろうに、何で逆に面倒にしているんだろう。嫌いなら、せめてもう一切関わらない様にしてくれたら良いのに。
喧嘩するほど仲が良いということなのか、それとも本当に仲が悪いのかはわからないけれど、一ミリも相手の意見に動じない頑固同士の喧嘩は長く続く様だ。
「……柚凪、佐藤。ちょっと黙ろうか」
二人が同時に口をつぐんだ。佐藤にも、柚凪にも言いたいことがある。注意しておきたい事がある。
「佐藤は距離感が近い、誰にでもその態度だとちょっと良くないと思う。」
「……ごめん」
「柚凪はすぐ突っかかりすぎ、もうちょっと穏便に行こ?」
「わかった……」
二人とも、別に根が悪い人って訳じゃない。素直に自分の非を認められる。それに、互いの言う事は無視してもうちの言う事にはちゃんと耳を傾けてくれる。
「柚凪も、佐藤も。二人ともうちからしたら大切な人なんだ」
「仰る通りでございます」
「だよね?それなら仲良くして欲しいなぁ」
「「善処します」」
「ふっ、ふふっ……そこハモる?」
説教をする為にも、真顔でいないといけない。だからずっと真剣な顔をしていたのに、二人の不仲なのに息ぴったりな会話につい笑ってしまった。
「ねぇ、奈音と遊ぶのめっちゃ久しぶりなんだけど!」
「えっ?あぁ……そうだよね、別れた時以来じゃない?」
柚凪と遊ぶ事になったと言うのに、ついぼーっとしてしまっていた。大学での情報が多すぎて、頭がパンクしてしまいそうになった。最近は、何故か何を考えていたのかが思い出せないことがある。
柚凪はうちの言葉にしみじみとしたような顔で呟く。
「もう五年も遊んでないのか……」
確かにうちも、柚凪と離れてからは中々遊ばなかった。遊ぶ気もなくて、誘われた時に付き合いでついていく位の物だった。当たり前だけど、その付き合いは全くと言って良いほど楽しくなかった。
あの時の様に、皆でカラオケだとか、ショッピングモールとかで存分に遊べたら良いのに……なんてずっと叶いそうにない願いを抱えていた。
柚凪と別れてから、一度も連絡を取り合わなかった。お互いに、変な意地があったのだろうと思う。それでも、時間が問題を解決してくれる事はあるようで、昔よりも柚凪と仲良くなれた様な気がする。
今まで少しだけあった心の距離が縮まった様な気がしてくる。
「まじで俺も全然遊んでなかったわ」
柚凪はそう呟いてから「え、何で⁉︎」だとか「誘われはしたし……」だとか自問自答し始めた。
「何かお母さん厳しくなったって言ってたし、それもあるんじゃない?」
柚凪はぽかんとして、「え、それ何で知ってるの?」と問う。そういえば、柚凪の口からはお母さんが厳しくなった〜なんて聞いていない。確か蘭菜と花城に聞いた筈だ。
「前ね、偶然あの時の皆に出会ってさ」
うちがそう言うと、柚凪は驚いた。「は⁉︎」と食い気味で。
「それで、蘭菜と花城に聞いたんだよね」
「あぁ……まぁ、別に口止めしてなかったしな……」
仕方ないか、と柚凪はため息を吐く。
「何で口止め?」
これを聞いたからと言って、柚凪の評判が落ちるとかいう訳ではない。わざわざ口止めする理由なんてあるのだろうか、疑問に思う。
でも柚凪は「まぁ、色々あるんですよ」とはぐらかす。
「そうなんだ?」
「そんな気にせんで、ほらもう着くし!」
『次は、〇〇駅〜〇〇駅です。』
柚凪とほぼ同時だった。丁度良いタイミングで、アナウンスが流れる。電車が止まって、ドアが開く。
地元の駅はほぼ過疎状態だから、東京や大阪とは比べ物にならない位人が少ない。
乗ってきたのは数えられるだけの人だった。
「奈音、ドア閉まるよ?」
「あっ、ごめん!」
最近は、疲れているのかぼーっとしてしまう事が増えてしまった。
「「苺クレープお願いします!」」
「被った……」
「被ったね」
ショッピングモールに着いたら絶対にここに行こうという場所が決まっていた。
柚凪と言葉もトーンも揃った事には一切触れられなかった。
見覚えの無い女性が「少々お待ちください」と笑顔を見せる。彼女のエプロンには店長と書かれていた。
あぁ、変わっちゃったんだなぁと少し心が痛い。どうしても寂しさが隠せない。叔母さんなら絶対に笑ってくれたのに、なんて比べてしまう。
比べてはいけないと、頭ではわかっているけれど、認めたく無いんだ。ここに立っているのは叔母さんであって欲しい。
叔母さんは、お母さんの姉でこのスイーツ店を経営していた。幼い頃、ご褒美と言われればここにクレープを食べに来れるという認識だった。
小学生、中学生でも、友達と遊ぶと言えばこのショッピングモールに来ることが決定事項だった。だからこそ、うちも柚凪も馴染み深い場所だ。きっと、如月や花城、蘭菜も水雫もきっと馴染み深いのではと思う。
でもそんな馴染み深い場所も、もう廃業寸前。悲しいけれど、今月いっぱいで終わってしまうのは揺るがない事実だ。この、地元で人気のクレープ店も店舗移動は無く、ショッピングモールごと潰れてしまう。
ネットニュースで、偶然その記事を見たうちは、すぐさま柚凪に電話をかけようとした。
無くなっちゃう前に、二人でもう一回行こうと。でもその時丁度柚凪から電話がかかってきた。
何かと思えば、考えは同じだった。うちが考えていたことをそのまま言われてしまった。
「お待たせいたしました、苺クレープ二つのお客様〜」
「ごめん、奈音取ってきて」
「あー……席取られるかもだし、行ってくる」
今日は人が多い。いつもより、ずっと。
うちは、クレープを受け取り、ミニスプーンをアイスに刺して席に戻った。
「ありがと、いただきます」
「いただきます」
一口、口腔に放り込んだ。ほかほかの生地とひんやりした甘い苺アイス。苺の自然な甘味と酸味が混ざり合って一気にじゅわっと広がる。
変わってない、そう思った。久しぶりに食べたこの味。懐かしくて、美味しいのに少し寂しい。
「相変わらず美味しいね」
「柚凪⁉︎」
柚凪がぽろっと溢した言葉は重ねられた。今、会いたいと思っていた人に。
「えっ、叔母さん⁉︎」
「もー、二人とも見ないうちに大きくなっちゃって……」
叔母さんは、親戚のお爺さんが言う様なことを言い出した。
「長らく会ってなかったもんね、もう私も奈音も十八だよ」
本当に、最後に会ったのはいつだったんだろう。柚凪とうちと、叔母さん、そしてお母さんとお父さん。今後どうしていくのかを叔母さんに伝えた時が最後な気がする。
重苦しい空気で、皆苦しそうな顔をしていたのを今でも鮮明に覚えている。
「離婚の報告以来かしらねぇ」
叔母さんは「あっ、でも柚凪はあの後見たわよ」と笑う。
「えっ、嘘!」
「本当よ?」
「いつ⁉︎」
「中三の……冬くらい?はまだグレてたじゃない?」
「何で知ってるの……」
柚凪は一生懸命に頭を働かせていた。うちは、その時の柚凪を知らないからなのか、話にはついていけていなかったけれど、叔母さんと柚凪の話は弾んでいた。
「見るからに、だったじゃない」
ピアス開けて、髪染めてたし、と叔母さんは続ける。
ピアスに、髪染め……?お母さんに許可取らなかったのか、怒られなかったのかうちは考える。どれだけ考えても答えは出ないままだけど。
柚凪はじっくり考えて、ようやく「あっ!」と叫んだ。