[十五話]
 あれから、何時間かが経過した。
「それでさぁ、もうすぐ俺十八になるじゃん?成人するのが嬉しすぎて……」
 そうか、もうあの如月も成人年齢になるのかと感慨深く思っていると、突然如月がとろけそうな顔になった。それを見た佐藤はカラッと笑って、「良かったなぁ」と言った。
 いつの間にタメ口で話す仲になっていたのだろうか。
 距離が近く、仲睦まじい二人の姿は今日が初対面だと思わせない。
 今日が初対面だと言うことを知らない人から見るならきっと、何の違和感もないだろう。昔からこのメンバーだったよと言われたとしても信じてしまうほど違和感がない。佐藤は如月達に馴染んでいた。
 まぁうちにとってもそんなことよりも、如月はどうしてとろけそうなまでに十八になるのが嬉しいのかが疑問だ。
「え、何で成人するのが嬉しいの?」
 よくよく考えるよりも先に、疑問が口から飛び出した。
「お前、話聞いてなかったな?」
 そもそも如月はそんな事話していなかったような気もする。ただ単に如月が言ってないだけなのか、それともうちが聞いていなかっただけなのか。どちらかだろうと思っていた。佐藤にツッコミを入れられて、後者だったのだとわかった。
 佐藤は何故如月が成人するのが嬉しいのかを知っているんだろう。
 うちはさっきからずっと考え事をしていたからというのもあるし、聞き逃していたのも仕方ないとは思うけど久々の再会なのに申し訳ないなと反省した。
 少しだけ申し訳なく思っていたうちを気にも止めず、如月はニマニマしながらポケットから取り出したスマホを素早く操作する。
「俺、三個歳上の彼女がいるんだけどさ」
 彼女、三個歳上。如月からの突然の新情報にびっくり、という単語だけが脳裏に残る。
 うちは「えっ、あんなに馬鹿だった如月に彼女さん⁉︎」と反射的に言ってしまった。口をついて出た事を少し後悔した。
 もう少し、考えて口を動かす努力をしようと思った。
「そう〜、めっちゃ可愛くて優しくて本当に神なんだよ」
「いや、地味に貶されてる事にツッコミ入れろよ」
「こんなのいちいち気にしてたらキリないじゃん?」
「それは確かに?」
 反省していたのに、二人の会話のテンポ感が凄く面白い所為でふっと吹き出してしまった。
 まさか如月に彼女が居るなんて、考えてもみなかった。
 でも確かに、もう十八になる訳だし如月だけじゃ無くて他の皆にだって恋人がいてもおかしくない。
 三個差という事は今、如月の彼女さんは二十か二十一あたりだろうか。もう社会人だ、大人だなぁ。しみじみと感じる。
 いつだったか、どこかで歳の差恋愛では価値観も普通より大きい違いがあって喧嘩したりする事が多いから続かないと聞いた事がある。
 でも、そんなのはごく一部でしかないんだという事を実際目の当たりにしてわからされる。そんなにも如月が彼女さんを溺愛するということで少しだけ気になる事ができた。如月の彼女さんはどんな人なんだろうか。
「ねぇ、写真とかないの?」
 如月は「ん〜」と言いながらスマホをいじる。
「今探してる……あった!」
 如月の顔がパッと明るくなった。一気に頬が緩む、その顔を見ていると彼女さんへの愛がしっかり伝わってくる。
 うち達にスマホの画面を見せてきて「この人が俺の彼女」と嬉しそうに言った。
 見せられたスマホの画面にはショートカットがよく似合う、ぱっちりした二重の可愛らしい女性が眩しい笑顔で映っていた。
「この人めっちゃ可愛いくせに、格好良くて困るんだよ」
 可愛さも格好良さも兼ね備えているなんて最強だ。如月は困ると言いながらも自慢げに見えた。
 ちゃんと彼女さんの事を愛しているんだと節々から伝わってくる。
「良かったねぇ」
 如月と、その彼女さんの関係は凄く素敵で微笑ましく思えた。
 あんなに中学の頃はからかってきた、少し面倒だと思っていた如月の恋路を応援しているだなんて、あの時のうちが聞けば驚くだろう。
「というかさ、こんなに続くなんて思ってなかったから本当に泣きそう」

 如月は、目に手を当てて泣く真似をした。泣くほど嬉しいだなんて、誇張しすぎじゃ無いのかと思ったのは口に出さないでおく。
「大袈裟じゃ無い?」
 うちの気遣いも虚しく、佐藤はうちの思っている事を平然とつぶやいた。
「いや、全然?」
「へぇ……ちなみに、どのくらい続いてるの?」
「四年!」
 如月が付き合ってから経った年数を言った途端、時が止まったかのように佐藤は如月を凝視したまま動かなくなった。佐藤が「四年⁉︎」と声を張る。
「そう、四年」
「想像以上に長かった」
「長いだろ? 今までで最長なんだよな」
 誇らしそうにする如月の顔と言葉がうちを見下しているように感じ取れて腹ただしい。
 うちが皮肉をこめて「如月だけ良いねぇ、青春してるじゃん」とからかうと如月はそんな事ない!と反論してきた。
「俺だけじゃないぞ、花城だって……あ。」
 そう言いかけて、如月はカチッと止まった。やってしまったという顔をした如月の背後には、花城が如月に無言の圧をかけながら立っている。
「如月、言うなって言ったよな?」
「あっ、あっ、ははっ」
 いつも無表情の人が、怒る時は笑顔になる。普通に怒られるよりも笑顔で怒られる方が感情がより一層読み取りづらくなるから数倍恐ろしい。
 その所為だろう、如月はいつものおちゃらけた話し方で話せなくなっていた。言語がわからなくなったように、戸惑った事がわかる空笑いが口から出ている。
 如月を憐れんだ瞳で見つめている佐藤は、言語表現が出来なくなってしまった如月を可哀想に思っているように見えた。
「助けてあげないの?」
「いやぁ、可哀想だけど面倒くさい!」
 可哀想だけど、仕方ない。言うなと言われたら言わないのが礼儀だと思う。佐藤は、矢っ張り如月を助ける気は無いらしい。その理由が面倒くさいというだけなのは想像通りだった。
 だけど『花城だって』と言いかけた如月のお陰でもう一つわかってしまった。
「……ん?つまり、花城も恋人が居るって事?」
 うちが問いかけると、花城は複雑そうな顔で少し俯いたと思うと直ぐに顔を上げて、「……まぁ、居るよ」と渋々ながらもハッキリ言った。
 ここでもし、弁解したとしても信じてはもらえないと思ったんだろう。過度な弁解は逆に怪しく見えてしまうものだし、うちは如月が花城に怒られる姿を見てしまった。
 でも認めるなんて予想外で、「居るの⁉︎」と声を張ると丁度ぴったり同じタイミングで蘭菜とうちの声が重なった。
「えぇ……そんな驚くか?」
 二人で驚いたからか、花城は呆れた顔をした。そりゃあ奥手そうで、恋愛に興味なんかありませんって雰囲気を醸し出していたのにまさかの花城まで恋人が居たなんて衝撃だった。
「だって、あの花城だよ?」
 如月がうちの方を見て「なーは花城の事も、俺の事も何だと思ってるの?」と頬を膨らます。如月はうちに貶されていることに対して、不満を覚えたんだろう。
 何だと思ってるの?って聞かれても……昔の友達としか言えない。
「だって、あの馬鹿っぽく見える柚凪にブチギレされるぐらいじゃん?」
「その節は本当にごめんなさい」
「あれはやり過ぎたって、今でも反省してる」
 きっと、うちは自分的にはあまり気にしていないつもりだったけど、内心はあの時クラス中に小テストの結果を暴露された事が相当嫌だったんだろうと思う。
 これからもずっと、あの時の事を気にして気に病むのは嫌だ。それにその度にネチネチして謝ってもらうのも良い気分はしない。面倒だと思われるだけだろう。
 如月も、花城もしっかりうちに頭を下げてくれた。だからもう気にするのは辞める。
 そう見ると、二人とも丸くなったなぁと思う。
 まだ中学の頃はもっと尖っていた。その棘が無くなったのは二人が成長したからというだけではなく、二人に大切にすべき存在ができたからというのもあるんだろう。
 蘭菜が「もしかしてなんだけど」と花城に話しかけた。「委員会で同じの、あの子でしょ?」
「えっ、何で知って……」
「だって、廊下で歩いてるの見かけただけでも顔が緩んでるでしょ?」
「……マジか、俺そんなに顔に出てた?」
「うん、あと彼女さんからも相談受けてたし」
 全く違う次元の会話に思えてしまう。如月、花城、蘭菜、水雫。そして柚凪。この五人だけが、同じ学校の人だけがわかる会話だ。
 少しだけ疎外感を感じて、何も頭に浮かばなくなる。一つだけ頭に残った羨ましい、なんて羨望にまみれた言葉を飲み込む。そんな事言う権利はうちには無い。
 息苦しい、靄がかかったような頭を真っ白にしたくてぎゅっと手を握り締めると、掌に痛みが広がった。皮膚が切れたのか、ドロッとした液体が出てくる。強く握りしめすぎた。
 はぁっと溜息をつくと「久々の再会に口出しして申し訳ないけど、そろそろ帰ろうぜ」と苦笑した。
「そう……だね、遅くなっちゃうもんね。また連絡して良い?」
 蘭菜が微笑みながら、優しくうちに聞く。
「うん、また話したい!」
 佐藤に、如月が「じゃあまたメッセージ送るな、みーちゃん!」と叫んだ。佐藤は叫ぶ如月を呆れた視線で見つめて、ひらっと手を振る。
 うちと佐藤は公園を出た。