[十三話]
うちは佐藤と一緒に学校を出て、そのまま佐藤に家まで送ってもらう事になった。学校から出て暫く経ったのに話題も無くならないし、気まずくもならない。佐藤と話すのは楽しくて、沢山笑える。
そう考えれば、佐藤と一緒に帰るだけで、いつもとは違うんだと身に染みて感じる。
いつもは静かで真っ暗な闇の中、一人寂しく帰路につく。引っ越してからもお父さんの仕事は遅いままで、一人には慣れている筈だ。
でも矢っ張り、うちは強く無いからこそ孤独だと感じる事も寂しくなる事もある。
だけど佐藤といると会話も弾んで、寂しくならない。辛い事も忘れられる。佐藤と居れば、どこでも楽しくなるような気までしてくる。
そういう面では佐藤は柚凪と似ているのかもしれない。
次こそは、大切な人たちと離れたくない。手放したく無い。うちは無意識のうちにギュッと唇を噛んでしまっていたようで血の味がうちの口の中に広がった。
「三浦、家……ここだったっけ」
「うん」
じゃあね、と手を振ってお互い歩き出す。佐藤と話していると、時間が過ぎるのはあっという間だ。一緒にいる時間が長れければ長いほど、楽しいほど離れる時に辛くなってしまう。
ふっとため息をつくと、息が白くなった。
また次に佐藤と会えるのは三日後。短いようで、長い。
少し切ない気分になっていると、突然背中に衝撃が走った。
「ごめん三浦、言おうと思ってたのに忘れてた!」
「え?」
「二人で受験前にパーっと遊びに行かない?」
少し靄がかかった心がぱっと明るくなった。
確かにもうそろそろ受験本番だ。どうせなら早めに思い出作りをしておくのも良いかもしれない。
まぁ、受験後でも良いんじゃないかと思ったけど、そうなれば予定も今より合わせにくくなる。きっと色々な手続きをしなければならなくなるだろうから。
「うちも行きたい!」
「じゃあ……明日とかどう?」
「明日⁉︎急過ぎない?」
明日は土曜だし、何も予定は無い。だから、行こうと思えば行ける。お父さんも、うちの成績が安定していることはよくわかっている。だから勉強を強要される心配もない。きっと遊びに行く事を咎められはしない。
でもうちの口は、考えるよりも先に動いてしまった。
「あー……無理そう?」
「いや、別に行けるけど」
「じゃあ、明日迎えに行くわ」
「本当、ありがと!」
今度こそと別れた後は少しも寂しく無かった。明日が楽しみで仕方がなかった。
「ただいま〜」
いつも、誰もいないとわかっていてもただいまと口にしてしまう。でも、今日は電気がついていて、お父さんの靴も玄関にある。
珍しく早い時間にお父さんが帰ってきているらしい。
「あ、お帰り。奈音!」
「お父さん、こんなに早いの珍しいね」
「今日は仕事が早く終わってね」
うちは手を洗って、台所にココアを作りに行く。冷えた体には暖かいココアが必須。お父さんはソファーに寝転がってうちの方をじっと見つめてくる。
「何かあった?」
ひたすらジロジロ見てくるから、何か言いたいことでもあるのかと思ってうちは聞いた。お父さんは「これは聞いたらちょっと野暮なのかもしれないんだけど……」と始める。
野暮な事で、お父さんが聞きたいことってなかなか思いつかない。
「さっき家の前で話してた子って……彼氏?」
「へ……あっつ⁉︎」
つい、彼氏というワードにびっくりして淹れたてのココアを手に溢してしまう。
「奈音⁉︎」
「いや、あれは彼氏じゃない!」
「え、あぁ、そっか?」
うちは、咄嗟に溢したココアで火傷した部分を流水で冷やす。佐藤が彼氏だなんて、想像した事も無かった。
「なるほどね、奈音はあの子の事好きなんだ」
「違っ、別に好きとかそういうんじゃ無いんだって」
「早く付き合っちゃえば良いのに〜」
多分見た感じ両片思いだよ、なんてニヤニヤするお父さん。娘の恋愛事情やら何やらに口出しするのは、かなり面倒で腹ただしく感じるのは少し遅めの反抗期の所為だろうか。
でも好きとかそういうのでは無いとは言え、全く好きじゃなくて興味がないという事は無い。
佐藤は優しいし、一緒にいると楽しい。佐藤の事を好きか嫌いかで言えば、好きだと即答できる自信がある。
でも、これが恋愛感情なのかどうかはわからない。もしもこれが……佐藤に向いている感情が恋愛感情じゃなくて親愛だったとわかったら。もしそこを間違えて告白してしまったとしたら、傷つけてしまう。
だから告白はできない。
これが恋愛感情だとしても、そうじゃ無かったとしても佐藤はうちにとって大切な人であるのに変わりはないから。この関係性を崩すのは凄く怖い。
大切な人と離れてしまう辛さを、傷つける苦しさを知っているから。
だから今はこのままで良い。このままが良い。
ピーンポーン
うちは今日の遊ぶ時間を、昼過ぎ辺りからだとメッセージで佐藤に聞いていた。昼から準備をし始めて、準備が全て完璧に済んだ時。丁度よくインターホンが鳴り響いた。
「はーい」
「三浦、準備できてる?」
「うん、完璧」
「じゃあ行くか」
うちは佐藤と最寄りの駅まで向かって、そこから五、六つ先の駅で降りる。その駅の近くに、最近大型ショッピングモールが出来たらしい。今日はそこでめいいっぱい遊ぶ予定だ。
「割と小さいな」
「え?」
「身長何センチ?」
「えっと……いや、うちも佐藤もあんまり身長変わらんって」
一瞬でも真面目に答えようとしたうちが馬鹿だった。若干佐藤の方が高いくらいで、身長差はあまり無いのに。
「いやいや、俺よりかは低いだろ?」
「うっわ、ムカつく〜」
うちが無理矢理佐藤の肩を掴んで下げようとしても佐藤はあまり動かなかった。うちは力はある方だし体格差の問題だ。
少し不機嫌になったうちを見て、佐藤は目を細めてケラっと笑った。佐藤のこういう作り笑顔じゃない、飾らない笑い方が好きだったりする。
少し佐藤につられて緩んでいた頬を両手で抑えて直す。
急に立ち止まられた所為で、うちは頭を佐藤の背中にぶつけてしまった。急に立ち止まった事についての文句を言おうと思ったけど、前を見ていなかったうちが悪いからグッと飲み込むことにする。
「おぉ、想像以上にデカいな」
「本当だ、大型って言うだけある」
映画館、服屋、百均、フードコート、文房具……これよりももっと色んな種類のお店が沢山並んでいる。当たり前だけど土曜だから、人は多めだ。
佐藤は「人混みに気をつけような」と注意していたけど、言われた側から人混みに飲まれそうになる。うちは、人混みでバランスを崩してしまった。
倒れると思った時、佐藤に手を掴まれて危機一髪助かった。
「三浦、お前小さいんだからすぐ飲み込まれるだろ」
「否定はしないけど、小さいは余計!」
「はいはい、じゃあはぐれないように俺の手を離すなよ〜」
「え、あ、うん」
人混みがだいぶ無くなってきても、うちは佐藤に手を握られたままだった。いつ離すのが良いのかタイミングを見つけられずにいた。
雑貨屋では使いやすそうなペンを買って、服屋では凄い派手なパーカーを佐藤に着せて写真を撮った。
アイスクリームは違う味を選んで、お互い少しずつシェアした。
途中で佐藤が変な転け方をした時に、つい吹き出してしまった。沢山笑ったから、少し佐藤は不機嫌になって反撃してきた。
受験前だと言う事を忘れてしまうくらい、佐藤と遊ぶ時間は楽しかった。楽しい時間はあっという間に過ぎていく物で、段々と日は暮れ始めてきた。
早めに駅に向かい、電車が来るまでホームで雑談をする。
「もう、本当にあの時のこけ方は面白過ぎた」
「お、まだやるか?」
「ごめんごめん、やらないって」
どちらかといえば、うちはいつも揶揄われる側だから、佐藤を揶揄えるのは新鮮だ。揶揄う側は案外楽しいんだと知った。
『まもなく、電車が参ります。危ないですので黄色い点字ブロックまでお下がり下さい』
うちは、電車に乗ると空いている席が沢山あるのが見えた。帰宅ラッシュの時間帯のはずなのに珍しく人がいない。
うちは佐藤の隣の座席に座った。
電車の中だから佐藤と話す事も無く、ガタゴト揺れる振動と、座席の暖かさでうちは眠ってしまっていた。
うちは佐藤と一緒に学校を出て、そのまま佐藤に家まで送ってもらう事になった。学校から出て暫く経ったのに話題も無くならないし、気まずくもならない。佐藤と話すのは楽しくて、沢山笑える。
そう考えれば、佐藤と一緒に帰るだけで、いつもとは違うんだと身に染みて感じる。
いつもは静かで真っ暗な闇の中、一人寂しく帰路につく。引っ越してからもお父さんの仕事は遅いままで、一人には慣れている筈だ。
でも矢っ張り、うちは強く無いからこそ孤独だと感じる事も寂しくなる事もある。
だけど佐藤といると会話も弾んで、寂しくならない。辛い事も忘れられる。佐藤と居れば、どこでも楽しくなるような気までしてくる。
そういう面では佐藤は柚凪と似ているのかもしれない。
次こそは、大切な人たちと離れたくない。手放したく無い。うちは無意識のうちにギュッと唇を噛んでしまっていたようで血の味がうちの口の中に広がった。
「三浦、家……ここだったっけ」
「うん」
じゃあね、と手を振ってお互い歩き出す。佐藤と話していると、時間が過ぎるのはあっという間だ。一緒にいる時間が長れければ長いほど、楽しいほど離れる時に辛くなってしまう。
ふっとため息をつくと、息が白くなった。
また次に佐藤と会えるのは三日後。短いようで、長い。
少し切ない気分になっていると、突然背中に衝撃が走った。
「ごめん三浦、言おうと思ってたのに忘れてた!」
「え?」
「二人で受験前にパーっと遊びに行かない?」
少し靄がかかった心がぱっと明るくなった。
確かにもうそろそろ受験本番だ。どうせなら早めに思い出作りをしておくのも良いかもしれない。
まぁ、受験後でも良いんじゃないかと思ったけど、そうなれば予定も今より合わせにくくなる。きっと色々な手続きをしなければならなくなるだろうから。
「うちも行きたい!」
「じゃあ……明日とかどう?」
「明日⁉︎急過ぎない?」
明日は土曜だし、何も予定は無い。だから、行こうと思えば行ける。お父さんも、うちの成績が安定していることはよくわかっている。だから勉強を強要される心配もない。きっと遊びに行く事を咎められはしない。
でもうちの口は、考えるよりも先に動いてしまった。
「あー……無理そう?」
「いや、別に行けるけど」
「じゃあ、明日迎えに行くわ」
「本当、ありがと!」
今度こそと別れた後は少しも寂しく無かった。明日が楽しみで仕方がなかった。
「ただいま〜」
いつも、誰もいないとわかっていてもただいまと口にしてしまう。でも、今日は電気がついていて、お父さんの靴も玄関にある。
珍しく早い時間にお父さんが帰ってきているらしい。
「あ、お帰り。奈音!」
「お父さん、こんなに早いの珍しいね」
「今日は仕事が早く終わってね」
うちは手を洗って、台所にココアを作りに行く。冷えた体には暖かいココアが必須。お父さんはソファーに寝転がってうちの方をじっと見つめてくる。
「何かあった?」
ひたすらジロジロ見てくるから、何か言いたいことでもあるのかと思ってうちは聞いた。お父さんは「これは聞いたらちょっと野暮なのかもしれないんだけど……」と始める。
野暮な事で、お父さんが聞きたいことってなかなか思いつかない。
「さっき家の前で話してた子って……彼氏?」
「へ……あっつ⁉︎」
つい、彼氏というワードにびっくりして淹れたてのココアを手に溢してしまう。
「奈音⁉︎」
「いや、あれは彼氏じゃない!」
「え、あぁ、そっか?」
うちは、咄嗟に溢したココアで火傷した部分を流水で冷やす。佐藤が彼氏だなんて、想像した事も無かった。
「なるほどね、奈音はあの子の事好きなんだ」
「違っ、別に好きとかそういうんじゃ無いんだって」
「早く付き合っちゃえば良いのに〜」
多分見た感じ両片思いだよ、なんてニヤニヤするお父さん。娘の恋愛事情やら何やらに口出しするのは、かなり面倒で腹ただしく感じるのは少し遅めの反抗期の所為だろうか。
でも好きとかそういうのでは無いとは言え、全く好きじゃなくて興味がないという事は無い。
佐藤は優しいし、一緒にいると楽しい。佐藤の事を好きか嫌いかで言えば、好きだと即答できる自信がある。
でも、これが恋愛感情なのかどうかはわからない。もしもこれが……佐藤に向いている感情が恋愛感情じゃなくて親愛だったとわかったら。もしそこを間違えて告白してしまったとしたら、傷つけてしまう。
だから告白はできない。
これが恋愛感情だとしても、そうじゃ無かったとしても佐藤はうちにとって大切な人であるのに変わりはないから。この関係性を崩すのは凄く怖い。
大切な人と離れてしまう辛さを、傷つける苦しさを知っているから。
だから今はこのままで良い。このままが良い。
ピーンポーン
うちは今日の遊ぶ時間を、昼過ぎ辺りからだとメッセージで佐藤に聞いていた。昼から準備をし始めて、準備が全て完璧に済んだ時。丁度よくインターホンが鳴り響いた。
「はーい」
「三浦、準備できてる?」
「うん、完璧」
「じゃあ行くか」
うちは佐藤と最寄りの駅まで向かって、そこから五、六つ先の駅で降りる。その駅の近くに、最近大型ショッピングモールが出来たらしい。今日はそこでめいいっぱい遊ぶ予定だ。
「割と小さいな」
「え?」
「身長何センチ?」
「えっと……いや、うちも佐藤もあんまり身長変わらんって」
一瞬でも真面目に答えようとしたうちが馬鹿だった。若干佐藤の方が高いくらいで、身長差はあまり無いのに。
「いやいや、俺よりかは低いだろ?」
「うっわ、ムカつく〜」
うちが無理矢理佐藤の肩を掴んで下げようとしても佐藤はあまり動かなかった。うちは力はある方だし体格差の問題だ。
少し不機嫌になったうちを見て、佐藤は目を細めてケラっと笑った。佐藤のこういう作り笑顔じゃない、飾らない笑い方が好きだったりする。
少し佐藤につられて緩んでいた頬を両手で抑えて直す。
急に立ち止まられた所為で、うちは頭を佐藤の背中にぶつけてしまった。急に立ち止まった事についての文句を言おうと思ったけど、前を見ていなかったうちが悪いからグッと飲み込むことにする。
「おぉ、想像以上にデカいな」
「本当だ、大型って言うだけある」
映画館、服屋、百均、フードコート、文房具……これよりももっと色んな種類のお店が沢山並んでいる。当たり前だけど土曜だから、人は多めだ。
佐藤は「人混みに気をつけような」と注意していたけど、言われた側から人混みに飲まれそうになる。うちは、人混みでバランスを崩してしまった。
倒れると思った時、佐藤に手を掴まれて危機一髪助かった。
「三浦、お前小さいんだからすぐ飲み込まれるだろ」
「否定はしないけど、小さいは余計!」
「はいはい、じゃあはぐれないように俺の手を離すなよ〜」
「え、あ、うん」
人混みがだいぶ無くなってきても、うちは佐藤に手を握られたままだった。いつ離すのが良いのかタイミングを見つけられずにいた。
雑貨屋では使いやすそうなペンを買って、服屋では凄い派手なパーカーを佐藤に着せて写真を撮った。
アイスクリームは違う味を選んで、お互い少しずつシェアした。
途中で佐藤が変な転け方をした時に、つい吹き出してしまった。沢山笑ったから、少し佐藤は不機嫌になって反撃してきた。
受験前だと言う事を忘れてしまうくらい、佐藤と遊ぶ時間は楽しかった。楽しい時間はあっという間に過ぎていく物で、段々と日は暮れ始めてきた。
早めに駅に向かい、電車が来るまでホームで雑談をする。
「もう、本当にあの時のこけ方は面白過ぎた」
「お、まだやるか?」
「ごめんごめん、やらないって」
どちらかといえば、うちはいつも揶揄われる側だから、佐藤を揶揄えるのは新鮮だ。揶揄う側は案外楽しいんだと知った。
『まもなく、電車が参ります。危ないですので黄色い点字ブロックまでお下がり下さい』
うちは、電車に乗ると空いている席が沢山あるのが見えた。帰宅ラッシュの時間帯のはずなのに珍しく人がいない。
うちは佐藤の隣の座席に座った。
電車の中だから佐藤と話す事も無く、ガタゴト揺れる振動と、座席の暖かさでうちは眠ってしまっていた。