その日もテニス雑誌を開きながら、もそもそと弁当を食べていたが、前の席に誰かが座るのが目に入った。
「太雅……」
相変わらず無表情な顔を浮かべている太雅だった。
「その雑誌、終わったら読ませて」
そう言って幸生が見ているテニス雑誌を指差した。
「いいよ。珍しいね、太雅が読みたいなんて」
「今月の表紙、好きなプレーヤーなんだよ」
「ああ、好きなんだ? 今月号結構特集されてるよ。俺も結構好きだよ、この人。ダブルスも上手だよね」
そう言うと太雅は珍しく薄っすらと笑みらしい顔を浮かべた。
(笑った……?)
いつも無表情な太雅の顔に変化が見られた事に、少しほっこりとした気持ちになった。
「買おうと思ったら、売り切れてた」
「良かったら一緒に読む?」
幸生は太雅にも見えるように雑誌の位置を変えた。返事はなかったが、太雅は食い入るように雑誌に目を落としている。
(こんな顔もするんだな)
太雅はとにかく愛想がない。だから後輩には怖がれ、先輩には生意気だと言われている。それは誰も正面切って言う者はいない。太雅はテニス部のエースで部内ではNo.1、県内のジュニアランキングも常に5位以内をキープしている実力だ。太雅あっての文英高校テニス部だった。
それでも太雅はそれを鼻にかける事もなく、毎日黙々と練習をこなす。スクールにも通っているという太雅の実力は努力の賜物と言えた。
鉄郎以外の人間と昼休みを過ごす事がなかった幸生は、この時間がとても新鮮に感じたのは確かで、鉄郎の事を少し忘れられた。それに、聞きたくもない鉄郎の恋愛事情を聞かなくて済む事に、安堵している自分もいた。
「幸生!」
自分を呼ぶ声に太雅と雑誌を眺めていた目線を上げた。鉄郎だった。後ろには美羽もいた。
「珍しいな、太雅がいるなんて」
太雅の姿に一瞬鉄郎は目を丸くする。太雅は興味ないように、鉄郎に一瞥すると再び雑誌に目を落とした。
「悪いんだけど、今日のナイター行けなくなった!」
そう言って鉄郎は目の前でパンッと両手を合わせた。
「え? ちょ、ちょっと! 当日キャンセルはキャンセル料取られるんだよ?!」
思わず勢い良く席から立ち上がり、鉄郎の肩を掴んだ。
「ホント、ごめん!」
鉄郎は幸生の肩を抱くと、教室の端に連れていかれた。
「今日、美羽ちゃんち誰もいないっていうからさ……」
そう耳元で言われ、幸生は頭にカッと血が上ったのを感じた。
(そんな理由で……!)
そして、次の瞬間には鉄郎に対して呆れている自分がいた。
元々鉄郎は興味のある事に対して一点集中型で、今まではその対象がテニスだったが、それが現在は美羽に代わったようだった。
「だからさ、誰か誘ってやれよ。キャンセルはもったいないしさ」
席に戻ろうとする幸生の背中に鉄郎はそう言った。
「わかったよ」
鉄郎と美羽が教室を出ていくのを見ると、幸生は大きく息を一つ吐いた。
太雅のいる席に戻り腰を下ろすと、
「良かったら、太雅コート使う?」
「いいのか?」
「うん、もったいないし」
「じゃあ、声かけてみる……おまえも、やろうぜ」
太雅は携帯を取り出し、どうやらテニス仲間にメッセージを送っているようだ。
「いいの? やりたいな……でも、太雅のレベルに着いていけるかな?」
「大丈夫だろ……一人確保」
早速返事が来たようだった。
昼休みのうちに太雅の同じテニススクールに通うという同級生の二人を確保し、その日太雅とナイター練習をする事になった。
予約した五番コートに行くと、すでに三人はコート脇のベンチに集まっているのが目に入る。幸生は慌ててコートに駆け寄った。
「ゴメン、遅れた」
「俺たちも今来たとこ」
太雅の言葉に胸を撫で下ろし、太雅と同じスクールに通うという二人を見た。
「もしかして、対戦した事ある?」
見覚えがあると思った。
「覚えててくれた?」
その一人が嬉しそうに笑顔を向けてきた。
「今年の一月、ジュニアの大会で対戦したんだよ」
「ああー、思い出した。徳新学園の!」
今年の一月に行われた、ウィンタージュニアの大会で、確か二回戦で対戦したペアだった。自分たちと同じ前に詰めてボレーするペアで、タイブレークに持ち込む接戦をした事を思い出した。
「確か、タイブレークまでいった……」
「そうそう! それ! 俺は山根、こいつが岡野」
「宜しく」
少し小柄な少年が軽く頭を下げる。
「あれ以来、こいつが沢渡くんのプレー意識しまくっててさ」
「山根! それ本人前にして言うなよ!」
岡野は顔を真っ赤にしながら、山根の肩を叩いている。
「岡野もこの通り小柄だろ? だから、華奢なのにそれをカバーするような幸生のプレーに衝撃受けたらしい」
太雅がそう言うと、そんな事を言われた自分と暴露されてしまった岡野は互いに顔を赤くした。
「いや、でもマジでさ、今までパワーのない自分にコンプレックスだったんだけど、沢渡くんのプレー見たら、力だけじゃないんだな、って思ってさ。自分もまだいけるって思ったんだ」
岡野は照れ臭そうにそう言った。
「ダブルスなら、多分俺でも幸生には敵わないと思う」
「そ、そうかな……」
「俺もそう思う。シングルスとダブルスは別物だし、シングルスが強いからダブルスも強いとも限らない」
山根も同調するように言った。
「つー事で、今日はダブルスメインで練習しまーす」
岡野がおちゃらけた口調で言うと、
「太雅も苦手なボレー練習しろよ」
そう続けて言った。
「分かってはいるんだけどよ……」
太雅がおそらくボレーを苦手としている事は薄々気付いてはいた。
太雅のプレイスタイルは、ベースラインでしつこく打ち合い粘るタイプだ。シングルスはストロークの打ち合いをするのが大半で、ストロークで推しつつ甘くなったボールをネットに詰めて前で捉える、というのが理想だが、太雅はストロークで相手を振り回しミスを待つか、ウィナーを狙っている節があり、幸生は前々からボレーには自信がないように見えていた。
「やっぱりボレー苦手なんだ、太雅」
クスリと幸生の口から笑いが洩れた。
「うるせー」
そう言って顔を赤く染めた太雅は、普段の無愛想な表情はなく年相応の幼い表情に、幸生は少し可愛く見えてしまった。
「太雅……」
相変わらず無表情な顔を浮かべている太雅だった。
「その雑誌、終わったら読ませて」
そう言って幸生が見ているテニス雑誌を指差した。
「いいよ。珍しいね、太雅が読みたいなんて」
「今月の表紙、好きなプレーヤーなんだよ」
「ああ、好きなんだ? 今月号結構特集されてるよ。俺も結構好きだよ、この人。ダブルスも上手だよね」
そう言うと太雅は珍しく薄っすらと笑みらしい顔を浮かべた。
(笑った……?)
いつも無表情な太雅の顔に変化が見られた事に、少しほっこりとした気持ちになった。
「買おうと思ったら、売り切れてた」
「良かったら一緒に読む?」
幸生は太雅にも見えるように雑誌の位置を変えた。返事はなかったが、太雅は食い入るように雑誌に目を落としている。
(こんな顔もするんだな)
太雅はとにかく愛想がない。だから後輩には怖がれ、先輩には生意気だと言われている。それは誰も正面切って言う者はいない。太雅はテニス部のエースで部内ではNo.1、県内のジュニアランキングも常に5位以内をキープしている実力だ。太雅あっての文英高校テニス部だった。
それでも太雅はそれを鼻にかける事もなく、毎日黙々と練習をこなす。スクールにも通っているという太雅の実力は努力の賜物と言えた。
鉄郎以外の人間と昼休みを過ごす事がなかった幸生は、この時間がとても新鮮に感じたのは確かで、鉄郎の事を少し忘れられた。それに、聞きたくもない鉄郎の恋愛事情を聞かなくて済む事に、安堵している自分もいた。
「幸生!」
自分を呼ぶ声に太雅と雑誌を眺めていた目線を上げた。鉄郎だった。後ろには美羽もいた。
「珍しいな、太雅がいるなんて」
太雅の姿に一瞬鉄郎は目を丸くする。太雅は興味ないように、鉄郎に一瞥すると再び雑誌に目を落とした。
「悪いんだけど、今日のナイター行けなくなった!」
そう言って鉄郎は目の前でパンッと両手を合わせた。
「え? ちょ、ちょっと! 当日キャンセルはキャンセル料取られるんだよ?!」
思わず勢い良く席から立ち上がり、鉄郎の肩を掴んだ。
「ホント、ごめん!」
鉄郎は幸生の肩を抱くと、教室の端に連れていかれた。
「今日、美羽ちゃんち誰もいないっていうからさ……」
そう耳元で言われ、幸生は頭にカッと血が上ったのを感じた。
(そんな理由で……!)
そして、次の瞬間には鉄郎に対して呆れている自分がいた。
元々鉄郎は興味のある事に対して一点集中型で、今まではその対象がテニスだったが、それが現在は美羽に代わったようだった。
「だからさ、誰か誘ってやれよ。キャンセルはもったいないしさ」
席に戻ろうとする幸生の背中に鉄郎はそう言った。
「わかったよ」
鉄郎と美羽が教室を出ていくのを見ると、幸生は大きく息を一つ吐いた。
太雅のいる席に戻り腰を下ろすと、
「良かったら、太雅コート使う?」
「いいのか?」
「うん、もったいないし」
「じゃあ、声かけてみる……おまえも、やろうぜ」
太雅は携帯を取り出し、どうやらテニス仲間にメッセージを送っているようだ。
「いいの? やりたいな……でも、太雅のレベルに着いていけるかな?」
「大丈夫だろ……一人確保」
早速返事が来たようだった。
昼休みのうちに太雅の同じテニススクールに通うという同級生の二人を確保し、その日太雅とナイター練習をする事になった。
予約した五番コートに行くと、すでに三人はコート脇のベンチに集まっているのが目に入る。幸生は慌ててコートに駆け寄った。
「ゴメン、遅れた」
「俺たちも今来たとこ」
太雅の言葉に胸を撫で下ろし、太雅と同じスクールに通うという二人を見た。
「もしかして、対戦した事ある?」
見覚えがあると思った。
「覚えててくれた?」
その一人が嬉しそうに笑顔を向けてきた。
「今年の一月、ジュニアの大会で対戦したんだよ」
「ああー、思い出した。徳新学園の!」
今年の一月に行われた、ウィンタージュニアの大会で、確か二回戦で対戦したペアだった。自分たちと同じ前に詰めてボレーするペアで、タイブレークに持ち込む接戦をした事を思い出した。
「確か、タイブレークまでいった……」
「そうそう! それ! 俺は山根、こいつが岡野」
「宜しく」
少し小柄な少年が軽く頭を下げる。
「あれ以来、こいつが沢渡くんのプレー意識しまくっててさ」
「山根! それ本人前にして言うなよ!」
岡野は顔を真っ赤にしながら、山根の肩を叩いている。
「岡野もこの通り小柄だろ? だから、華奢なのにそれをカバーするような幸生のプレーに衝撃受けたらしい」
太雅がそう言うと、そんな事を言われた自分と暴露されてしまった岡野は互いに顔を赤くした。
「いや、でもマジでさ、今までパワーのない自分にコンプレックスだったんだけど、沢渡くんのプレー見たら、力だけじゃないんだな、って思ってさ。自分もまだいけるって思ったんだ」
岡野は照れ臭そうにそう言った。
「ダブルスなら、多分俺でも幸生には敵わないと思う」
「そ、そうかな……」
「俺もそう思う。シングルスとダブルスは別物だし、シングルスが強いからダブルスも強いとも限らない」
山根も同調するように言った。
「つー事で、今日はダブルスメインで練習しまーす」
岡野がおちゃらけた口調で言うと、
「太雅も苦手なボレー練習しろよ」
そう続けて言った。
「分かってはいるんだけどよ……」
太雅がおそらくボレーを苦手としている事は薄々気付いてはいた。
太雅のプレイスタイルは、ベースラインでしつこく打ち合い粘るタイプだ。シングルスはストロークの打ち合いをするのが大半で、ストロークで推しつつ甘くなったボールをネットに詰めて前で捉える、というのが理想だが、太雅はストロークで相手を振り回しミスを待つか、ウィナーを狙っている節があり、幸生は前々からボレーには自信がないように見えていた。
「やっぱりボレー苦手なんだ、太雅」
クスリと幸生の口から笑いが洩れた。
「うるせー」
そう言って顔を赤く染めた太雅は、普段の無愛想な表情はなく年相応の幼い表情に、幸生は少し可愛く見えてしまった。