それから一ヶ月が経った。あれ以来、太雅は今まで通り、何事もなかったように普通だった。宣言通り太雅は、自分に手を出す事はなく終始、隣にいてくれた。
 自分はといえば、太雅の着替えを見る度にこの体に抱かれたのだと、唇を見る度にこの唇にキスをしたのだと、あの日の事を思い出す日々だった。
 かと言って太雅を好きなのかと問われたら、それは分からない。相変わらず鉄郎と山下の姿を見れば落ち込む自分がいたし、太雅と体を繋げた今、前とは違う感情で太雅を見ているのは確かだった。

 授業が終わり、部活に行こうと太雅と並んで廊下を歩いていると、
「御子柴!」
 太雅を呼ぶ声がし、振り向くと隣のクラスの女子が二人立っていた。
「少しいいかな?」
 その言葉に思わず幸生と太雅は目を合わせる。
「いいけど、部活行くから手短に」
「先、行ってるね」
 ポンと肩に軽く触れると幸生はその場を去った。

 おそらく告白されるのだろう。太雅は愛想こそなかったが、それがクールでカッコいいと一部の女子に人気があるのは知っていた。
 (もし、太雅にまで彼女できたら……)
 そう考えると幸生の胸がチクリと痛むのを感じた。

 部活が終わると幸生は部室の備品のチェックをしようと部室に残った。太雅はいつものように走り込みに行っているようで、校舎を出る太雅の姿を目撃していた。
 部室の扉が開き、汗だくの太雅が現れる。
「お疲れ」
「ああ」
 はぁはぁと息を切らし、汗をタオルで荒っぽく拭いている姿が妙に色っぽく見えた。
 先程の告白を太雅はなんと答えたのだろうか。
「さっき、告白されたの?」
「あ? ああ……まぁ。断ったけど」
「ええー? もったいない! 結構可愛い子だったじゃん」
 救急箱の中身から目を離さず幸生は言うと、バン! と荒っぽくロッカーを閉める音が部室に響いた。
「俺はおまえが好きだって言ってんだろ!」
 太雅は鋭い目を幸生に向けられると、幸生の肩がビクリと揺れた。
「ご、ごめん……」
「好きな奴にそういう事言われると、さすがに傷付く」
「そ、そうだよね……ホント、ごめん」

 太雅に抱かれた日に言われた鉄郎の言葉を思い出すと、無神経な自分に自己嫌悪になった。自分だって鉄郎に言われた時、あれ程傷ついたはずなのに、同じ事を太雅にしてしまった。
 太雅はガンッともう一度ロッカーを叩くと、
「俺は、おまえが好きなんだよ」
 そう言うと、今度は悲しげな目を幸生に向けた。
「俺を好きになる可能性はないのか?」
 今、太雅と自分が重なり、幸生の心臓が締め付けられたように痛んだ。
「……」
 幸生は目を伏せ、何も答える事が出来ない。自分でも思う。太雅を好きになれればと。
「さすがに俺も辛くなってきた。側にいられればいいと思ってたけど、いればいるほどおまえへの気持ちが大きくなるばっかりで。でも、おまえは鉄郎が好きで……」
 その気持ちは痛い程幸生には分かる。
「明後日の試合で優勝できなかったら、俺はおまえを諦める」
 そう唐突に言われた。
「え?」
 太雅はそれだけ言って、幸生を残し部室を出て行ってしまった。

 (太雅が俺を諦める? 好きでいる事をやめるって事?)
 鉄郎の穴を埋めるように隣にいてくれた太雅。その存在がなくなる。幸生の心に空いた大きな穴が、太雅の存在によって少しずつ埋まっているのは感じていた。その太雅が隣にいなくなる。
 (太雅の気持ちに応える事は今の自分にはできない……それもいいのかもしれない)
 そう考えが浮かんだが、何故か涙が流れた。