幸生はぼうっとしたまま、ベットに腰を下ろしていたが、玄関のチャイムの音で我に返った。
 玄関を開けると、焦ったような顔の太雅が汗だくで立っており、その横には黒いマウンテンバイクが目に入った。

 電話から約十分程だっただろうか。太雅と幸生の家は通常なら、三十分近くかかる距離だ。相当スピードを出してきたという事だ。
 (本当に太雅は俺の事、好きなんだな)
 普段の感情が読み取れない太雅だったが今は息を切らし、焦ったように顔を浮かべている。自分の為に、必死になっている太雅の姿に、幸生の腹の奥がギュッとなるのを感じた。

「早かったね」
 玄関を開け、太雅を中に通す。
「ああ、夢中でチャリ漕いだからな」
 部屋に入ると、太雅はドアの前で突っ立っている。
「座れば?」
「あ、ああ……」
 太雅は床に直接座り、幸生はベットに腰を下ろした。
 (そういえば、着替えてない)
 不意に自分が制服のままだと気付いた。
「着替えるね」
 クローゼットの前に立ち、幸生は制服を脱ぎ始めた。いつも部室で互いの着替えなど見飽きている事を思い、幸生は何も考えず、ブレザーを脱ぎシャツも脱いだ。上半身裸になった時、ふと視線を感じ太雅を見た。
 目を向けた瞬間、太雅はバッと視線を逸らす。その顔は真っ赤だった。
「なんで、顔赤いの? 着替えなんて部活で見慣れてるじゃない」
「う、うるせーよ!」
 考えてみれば、太雅は自分を好きだと言った。男である自分を、太雅はそれでも触れたいと思うのだろうか。
 幸生は上半身裸のまま、太雅の前に座り込んだ。
「おい……早く上、着ろよ」
 太雅は顔を赤くしたまま、こちらに目を向けてはくれない。
 幸生は太雅の右手を取ると、それを自分の胸に導いた。
「俺は男で胸なんかないけど、それでも触りたいって思うの?」
「や、やめろよ!」
 太雅に手を振り払われてしまった。
「言っただろ! 俺はおまえが好きなんだよ! 触りたいに決まってんだろ!」
 それでも幸生は太雅の膝の上に跨り、太雅の首に腕を回した。
「いいよ、触って」
「?!」
 太雅の目が見開き、その目で幸生を凝視した。
「ほら、こことかさ」
 もう一度太雅の手を取ると、その指で胸の中心を触らせた。跨った幸生の太もも辺りに、硬いものが当たっている。
「太雅の勃ってる……」
「やめろ! 幸生!」
 幸生を引き離そうと、太雅は両腕で幸生の肩を押した。
「太雅は俺の事、好きなんでしょ……?」
 幸生の目から涙が溢れてきた。
「だったら、鉄郎の事忘れさせてよ! めちゃくちゃにして、忘れさせてよ!」
 幸生は縋るように太雅に抱きついた。太雅の手がそっと背中に触れたのを感じた。
「俺だって! できることならおまえの中から、鉄郎の存在消したい……! どうしたらいいんだよ……!」
 太雅の声が震えているのが分かった。
「今だけでもいいから……お願い、太雅……」
 二人は互いの顔を見ると、どちらともなく唇を重ねた。

 とにかく今は鉄郎の事を忘れたかった。鉄郎の存在を忘れられる事をしてほしかった。
 太雅によってベッドに押し倒されると、何度もキスをされた。首筋、胸の中心を吸われ、自然と幸生の口からは艶めいた声が洩れた。
「途中でやめろって言っても、やめてやらねえからな!」
 薄っすらと目を開け太雅を見ると、息を荒くし興奮した雄の顔をしていた。
 ゾクリと幸生の体が震え腰がズクズクと疼き、太雅のその雄の顔に幸生の体が欲情をしたのを感じた。
「お願い……忘れさせてよ……太雅……!」

 その日、幸生は太雅に抱かれた。太雅は何度も幸生を求めた。太雅の中心が自分の中に入った時、痛みで気を失いそうになった。それでも太雅はやめてはくれなかった。最初こそ、痛み辛さ苦しさしかなかった体は、何度も繋がると徐々に快感へと変化していった。太雅のセックスは荒々しいものだったが、何度も名前を呼ばれては、好きだと耳元で囁かれ、その度に幸生の体は反応し欲情していった。
 自分とは違う、逞しい体躯。部活の着替えで見慣れているはずなのに、抱かれている今、性的な意味合いで見た瞬間、酷く卑猥なものに見えた。

 (俺は今、太雅に抱かれてるんだ……そうか、やっぱり俺は……)

 その時、幸生は自分が男に抱かれる事を望む人間なのだと自覚した。前々から、もしかしたら自分は同性愛者なのでは、と疑ってはいた。だが、それを素直に認めたくはなかった。男が好きなのではなく、鉄郎が好きなのだと無意識に言い聞かせていた。
 望んだ相手でないにしろ、男の太雅に抱かれているという妙な高揚感と満足感が物語っていた。

いつの間にか眠っていたようだ。重い瞼をゆっくり開けると隣で太雅がじっと自分を見つめていた。
「太雅……」
「体、大丈夫か?」
 幸生の体がギシギシと痛んだ。まだ太雅のものが入っているような感覚があり、太雅とセックスしたのは夢ではないのだと実感した。

「あんまり大丈夫じゃない……」
 太雅はまだ、服を身に付けておらず上半身裸だった。先程まで、その体に抱かれていたのかと思うと、気恥ずかしさがこみ上げ、幸生は布団を頭から被ってしまった。
「なんで、泣いてた?」
 そう言って布団の上から太雅が叩いてくる。
「……」
 太雅はその理由が知りたくてここに来たはずだったのだ。幸生の望み通り、太雅に抱かれている間、鉄郎の事を思い出す事はなかった。
「太雅のおかげで、もう忘れた。ありがとう、太雅」
 布団から上半身を出すとそう言った。
太雅の顔は変わる事はなかった。
「怒ってる?」
 幸生は体を起こすと、太雅の顔を覗き込んだ。
「怒ってねーよ。つか、服着ろ」
 太雅は幸生の裸体に顔を赤くし、自分が着ていたTシャツを幸生に向かって投げつけた。
 それに腕を通すと、
「俺はもう、おまえを抱かない」
 太雅にそう言われた。
「うん……」
 そう言われても仕方がない。幸生自身、次があるとは思ってはいない。
「俺の存在がある事で、おまえが鉄郎を忘れられるなら、俺はずっとおまえの側にいる。でも、もう抱く事はしない。次、おまえを抱く事があるとするなら、おまえが俺を好きになった時だ」
 太雅はそう言って服を着ると、
「じゃあな、また明日学校で」
 パタリと静かに部屋のドアが閉まると、気怠い体をベットに横たえた。
 (太雅に抱かれている間、鉄郎の事、全然忘れてたな……)
 太雅を利用した罪悪感はあった。自分は鉄郎を忘れる為に太雅を利用したはずだったが、太雅とのセックスの快楽を体がすっかり覚えてしまった。あれだけ達したというのに、思い出すと再び下半身が疼き始めた。

 次の日、学校には行ったものの、とてもではないがテニスをできる状態ではなく仕方なく部活を休むと、太雅からは、「無理させて悪かった。ゆっくり休め」そうメッセージが届いた。
 少なくとも、この体の痛みがある間は太雅を思い出すのだろう。