昼休み、2-Aの 沢渡幸生(さわたりゆきお)の隣の席では中学からの幼馴染である 森鉄郎(もりてつろう)が、パンを片手に意気揚々と言葉を並べている。
「で、話が弾んでさー、そこで美羽ちゃんに《連絡先交換しよう》って言ったらさ、教えてくれてんだよ!」
 鉄郎は一年の頃から隣のクラスの 山下美羽(やましたみう)に絶賛片思い中で、ここ最近で距離が縮まり始め、現在はいい雰囲気のようだった。
「そっか、良かったじゃん」
 幸生はニコニコと笑みを浮かべ、その笑顔を鉄郎に向けた。
「幸生が背中押してくれたお陰だよー。ありがとな、幸生!」
 鉄郎は嬉しそうに幸生の肩をバンバンと叩く。
「痛いよ、鉄郎」
 (痛いのは肩じゃない……心だ)
 幸生の胸がチクチクと痛んだ。

 幸生は中学一年の頃から高校二年の現在まで、この森鉄郎に恋心を抱いていた。
 鉄郎とは中学の時、通っていたテニススクールが同じで偶然にも中学が同じであった為、それ以来テニスではダブルスペアを組み、普段も常に行動を共にしている。
 幼少期、人見知りが激しく内気な性格だった幸生に、鉄郎は何の躊躇いもなく話しかけてきてくれた。明るく元気な鉄郎は人気者で、いつも鉄郎の周りには人が集まっていた。そんな鉄郎にいつも元気を貰っていた。鉄郎といると楽しくて嬉しくて、こうしてずっと隣にいられたら、と思った。

 現在もこの文英高校のテニス部に所属し、ダブルスのペアを組んでいる。
 はっきりと鉄郎を好きだと自覚したのは中二の時、鉄郎を思い浮かべて自慰をした事で自分は同性である鉄郎が好きなのだと自覚した。
 だが、思いを告げようなどとは微塵も思わない。鉄郎の側に居られれば良かった。思いを告げて、もし嫌悪感を抱かれ鉄郎が自分から離れていってしまうくらいなら、思いを告げず友達として隣にいる事を幸生は選んだ。

 高校に入り、同じクラスだった山下美羽に鉄郎は恋をした。話を聞いた時は酷くショックを受けた。だが、思いを告げない事を決めた幸生にとって、鉄郎の相談相手になるのは当然の流れで、当たり前のように女子に恋心を抱いた鉄郎に対して絶望感を抱いた。愚かにも鉄郎も自分を好きになってくれるなどと、心のどこかで期待していた自分に呆れた。
 同性である自分に勝ち目などあるわけがないのだ。鉄郎が彼女に恋をしていく様を、目の前でずっと見つめてきた。どれだけ鉄郎が彼女を好きなのか知っていた。だから鉄郎の前ではいい親友を演じ続け鉄郎の相談にのり、励まし背中を押した。

 (鉄郎の幸せは俺の幸せだ。鉄郎が幸せならそれでいい)
 幸生の鉄郎への恋心はこの先もずっとひた隠し、鉄郎の幸せだけを願っていく、そう幸生は心に決めたのだ。