何かが鼻をくすぐり、瞼を開けた。
伊代は、ぼやける視界に目を凝らし、自分は叢の上で眠っていることを知った。
我に帰りようやく目が覚め切った伊代は、飛び起きる。
陽光を浴びて輝く、黄金。それは収穫を間近に控える田園の風景だった。
見渡す限り一面が黄金色に染まり、光を放っているかのような美しさである。
空には、地元では見たことも無いような数の蜻蛉や雀が飛び交っている。
伊代は辺りを一望出来る小高い丘に倒れており、すぐ近くに歌織たち三人の仲間も倒れて眠っている。
「みんな、起きて。起きてよ」
伊代は急いで仲間たちを揺り起こす。彼らも同じく起き上がり、目の前の輝く光景を目の当たりにする。
「すごい数の、稲だな。すごい田舎まで来たらしいな」
と、太市は目を丸くする。
「それよりもさ、私たち空に投げ出されて、落ちて来たはずだよね」
と、歌織が自分の体を確認する。目立った傷や、痛むとこは全くない。仲間を見回しても怪我人はおらず、京平は身軽に立ち上がっていた。先程まで自分たちがいたはずの空の上から、真っ逆さまに落ちているはずだが、地上に落ちた記憶はすっかり消え去っている。
試しに伊代は、何度目かの頬を抓ってみる。今度はぐっと痛みを感じ、赤い跡が残った。
「痛みは、感じるみたい」
「よかった。もとの世界に戻って来れたみたいだな」
と、太市は安堵する。
「安心するのは早いぞ。まずは、ここがどこだか調べないと」
と、警戒心を絶やさない京平。
「そうだな。まあ、俺たちに与えられた時間に制限は無いんだし、一旦家に帰ってもいいよな?」
と、太市は余裕の表情を見せている。
「帰れるんだったらな」
京平は辺りを見渡した後、一人田園へ降りていく。
「おい、勝手に動くなよ!」
太市が呼び止めるも、応じない。
「いいよ、あんなヤツ放っておいて。一人で行動するの好きそうだし」
と、強く言い放つ歌織。歩き去ろうとする京平にも聞こえるように、大きな声で話す。
「ダメだよ、知らない土地で一人になるのは危険だよ。帰路がわかるまでは、逸れないように四人で行動した方がいいんじゃないかな」
と、提案する伊代。
太市は、伊代がうっすらと抱えている不安を感じ取る。四人の中で一番臆病な伊代であるが、それは人一倍空気を感じとる力に長けているからであり、かつ知識が豊富で聡明である故だということを、太市は知っていた。
「伊代の言う通りだ。手分けして調べるのは、土地勘が無い間は複数人で行動しよう。おれは京平についていくから、心配しないで。二人はここで待っててよ」
と、太市は軽やかに丘を下り、京平を追いかけて行った。