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あと、もう少し。
もう少し深く、深くまで行けば、きっと。
夢と現実の間で、伊代はまた同じ事を目論んでいた。
夢の中の、亡き父の書斎に戻ることができるように感じているのだ。
あの夢を見る時にだけ感じた、独特の空気感。
それが手の届くところまで迫っているような気がする。
辿り着くまでどうか、目が覚めないで欲しいと伊代は祈る。
「・・・・伊代!遅刻するぞ、起きろ!」
意識の向こうで、太市の声がする。
遠くから小鳥の囀りも聞こえてくる。朝を迎えたのだろう。
もう少しで、あの不思議な夢が見れるかもしれないと言うのに。
「もう少し、寝かせて・・・・あと10分」
「そんな時間ないぞ。それにこの世界に時計は無いんだから、正確に10分は計れないよ」
伊代は意識の中で腕を振り回し、辺りを探る。
どこかに扉はないか、書斎のドアノブはないか。
それとも亡き父が、『ここだよ』と場所を教えてくれるのではないか。
「・・・・もうちょっとだから」
「伊代、いい加減にしな。いくら巫女の館に行きたくないからって、サボりは無しだよ」
歌織の不機嫌な声が聞こえ、伊代ははっきりと意識を覚醒させる。
恐る恐る瞼を開ければ、顔を顰める友達の姿があった。
伊代は大きく溜め息を吐き、渋々体を起こして身支度を始める。
「何よ、そんな嫌そうに。こっちは起こしてあげたんだよ」
「・・・・あ、ごめん。この溜め息は歌織に対してじゃないから」
「まあまあ、朝からカッカすんなよ。一日の始まりは爽やかにいこうぜ」
と太市がフォローする。
京平と綺那李はすでに庭へ出ていた。
日が完全に昇る前に起床し、身支度を整えていたらしい。
事情を知らない綺那李は、昨日よりも早い時間に起床した京平に気づいて驚き、慌てて朝餉の準備を始めたのだと言う。
「館へ行くには、時刻は早いと思いますが」
と綺那李は京平に尋ねる。
「余裕を持って準備をするのは、悪い事じゃないだろ」
「そうですが、昨日は皆様お疲れでしょう。もう少し休んでいても良かったのでは?」
「・・・・実は、ある人に会いに行こうってなったんだ。もしかしたらその人は・・・・俺たちの同郷かもしれなくてさ」
「そうなのですね!ではその方にお会いすれば、故郷に帰ることが出来るのでしょうか?」
「い、いや、それはわからないけど・・・・俺たちが故郷に帰りたがってるって思ってたのか?」
「皆様がそう話しておられたのを耳にしました。あ、盗み聞きではないのですが、申し訳ございませぬ。たまたま聞いてしまいまして」
「いや、悪い事じゃないよ。むしろ今までちゃんと話してなくて、ごめんな」
「いえ。皆様をお支えすることが、姫巫女様から賜った私の務めです。だからと言って何でも仰って欲しいという訳ではございませんから!・・・・ですが、何か私が力になれることがあれば、少しでも頼っていただけると・・・・いや、無礼でなければ、です!必要なければ、今のは独り言として捨て置きください!」
最後はごにょごにょとして聞き取り難く、綺那李は居た堪れずに小走りで小屋の中へ去っていった。
京平はその様子を見て、もしかしたら時々四人だけで話し合っているのを知っていて、綺那李は寂しく感じているのではないだろうか、と考えた。
もしそうであれば申し訳なく、なるべくそう感じさせずにいて欲しい。
しかし弥生時代を生きる10歳の少女に、自分たちの事をどこまで話して良いのだろうか。
この時代に来てから、自分たちの "正体” を話した人は一人もいない。
真実を話す事で何か障害が出てくるのではないか、そもそも話したところで信じる人はいるのだろうか。
自分たちに課せられた試練を果たす為に、要らぬ混乱は極力避けたい。
遥、という人物についても、探りを入れれば逆に自分たちの素性を明かすことになりかねないだろう。
果たしてそれは、得策なのだろうか。
京平が一人悶々としていると、身支度を整えた全員が庭に出てきた。
「なぁ、今日はさ・・・・あまり話しかけるのはやめないか?」
「え、どうして?」
と、伊代は尋ねる。
「その人の顔を見るか、挨拶くらいだけにして、あまり深く関わるのはもう少し様子を見てからの方が良い気がする」
「京平、すごい慎重だね。なんか・・・・らしくないね。いつもの京平なら突撃していきそうなのに」
と、歌織が茶化す。
「うるせぇ、こういう時もあるだろ。・・・・太市は問題ないか?提案者だけど」
「あ、うん。それでいいと思うよ」
と、太市は頷く。


