「あの、さっきはありがとう」
と、歌織は先ほどの侍女に声をかけた。
その侍女は柔らかく微笑んだ。
「どういたしまして。なかなか派手にやられてたから、放っておけなくて。おせっかいだったらごめんね」
「全然!本当に助かった。猪の捌き方なんて知らないし、適材適所に配置してくださいよってあのオバさんに抗議したかった」
「やめといた方がいいよ、また鞭が飛んでくる。心の中だけに留めておきな。所詮私たちのことは使い勝手のいい奴隷だとしか思われてないし」
「ほんっとにイライラした。奴隷になる為に遥々このクニに来た訳じゃないのに。もう少しで猪の肉をぶん投げてやるところだった」
「マジで?賛成はしないけど、でも妄想するだけでもせいせいするね」
二人はすぐに打ち解けた。
会話もごく自然に、同じ温度感で出来ることに歌織は心地よさを覚える。
それと共に、話せば話すほどその侍女に違和感が芽生えていく。
「・・・・なんか、すごく話しやすいね」
「そう?仲良くしてくれたら嬉しいな」
「それは勿論なんだけど、話しやすいっていうのは・・・・"マジ” って弥生時代でも使うの?」
歌織の持つ得体の知れない違和感は、相手が目を見開いたことで正体が見え始めた。
歌織と同じく驚いているところを見ると、彼女も歌織と同じ "人種” である可能性が出てくる。
続いて歌織が問いかけようとするも、男性の怒声がこちら側へ投げられた。
「遅い!日が暮れてしまうぞ!もたもたするな!!」
侍女達はその男性の言葉に肩を強張らせ、足早に男性のいる山麓の館へ向かう。
別れの挨拶も無しに去ろうとする侍女を、歌織は呼び止めた。
「ねぇ、名前だけ訊いてもいい?」
「・・・・でも、私たちは名前で呼び合ってはいけない決まりだよ」
「私たちの間だけでいいからさ。私は、歌織っていうの」
「!・・・・私は、遥」
そう言って侍女は小さく会釈をして、慌てて去っていった。
取り残された伊代と綺那李も、その光景を共に見ていた。
「早速お友達を作られたのですね。いずれ姫巫女様方にとって良い手駒になるかもしれません」
と、綺那李は言う。
「そんな、 "手駒" なんてあまり言い方が良くないよ」
と、伊代は侍女のことをあまり気に留めていない。
しかし侍女の名前を知ったことで、歌織の疑問は具体化された。
この時代の人々は、約1700年後の日本を生きる自分達にとって馴染みのない名前であることがほとんどだ。
あの侍女のように、よく耳にする名前を持つ者とこの時代に出会ったのは、これが初めてだ。
「・・・・もしかして?」
綺那李がいる手前、明言は避けた。
あの小屋に戻り四人だけになったタイミングで、歌織はこの疑問を共有することに決めた。


