明日からの "奉公” に備え、夕飯を食べ終えた後はすぐに床に着くことにした。
奴国で客人として毎日のように食事を用意して貰っていた立場だったため、囲炉裏で土器を使った炊事の方法を心得ているはずはなく、ここは綺那李を頼みの綱とした。
簡単な汁物や煮る物なら調理できると綺那李は言い、すでに用意されていた食材で山菜の粥を作った。
邪馬台国の人々の手によって食料が運び込まれたらしいが、一晩で食べ切る程度の量しかない。
明日以降の食事はどうなるのだろうか。
長旅で疲労も溜まっており、特に男性は精のつく食料を欲していたが、魚料理に慣れていないといった綺那李は早速、囲炉裏で串刺しにした鮎を焦がしてしまい、食べる部分が無いほどに黒くなってしまった。
「ご、ごめんなさい、魚をダメにしてしまった。だって、護衛としてやってきたから炊事の特訓は受けていないし・・・・」
綺那李は謝罪の言葉を口にしつつも、上手くいかなかったことに腹立たしいのか口を尖らせている。
十歳の子供を責めることは流石に憚られ、五人で囲炉裏を囲み、湯を増した粥を掻き込んで腹を膨れさせた。
その後床の準備をし、就寝の体制に入った。
綺那李が敷物の中で寝息をたてていることを確認すると、四人は静かに床を抜け出し、月夜の庭に出た。
四人の内でしか話せない、今後の動きを話し合う為である。
「とにかく、今は言われた通りに従うしかないよな。このクニでは俺たちはまだ部外者だし、下手な動きをしない方がいいだろう」
と太市は意見を述べ、場を仕切り始める。
「まずは情報収集だ。伊代が言ってた金印はどこにあるのか、そして俺たちを邪馬台国に呼び寄せた卑弥呼の企みも調べよう」
「卑弥呼の企みなんて、私たちをただの労働力としてこき使いたいだけなんじゃないの?」
と歌織は臍を曲げている。
「それだけの理由でわざわざ奴国から呼び寄せる訳はないだろう。俺たち四人を指名しているのも気がかりだ。俺たちのことを知っているのなら、試練のクリアに関わりのある可能性は高いだろ?」
「味方とは限らないぞ」
と京平は冷たく言い放つ。
「それって、敵ってこと?」と歌織が尋ねる。
「俺たちを混乱させるために、意味のないことをして邪魔をしている可能性もあるってことだ」
「・・・・でも仮にそうであれば、やっぱり卑弥呼は試練のことについて何か知っているってことだよね。だったら踊らされるのも一つの手かもしれないよ」
と伊代は提案する。
普段あまり聞くことのない違った視点の投げかけに、三人は驚きつつも頷く。
「何でもいいから、情報を集めるよ。重要かどうかは、歴史に疎い俺たちより伊代に判断してもらった方が早いだろうからな。俺と京平の配属先は大人の館、伊代と歌織は巫女の館って言ってたな。どっちも探りを入れるにはうってつけの場所じゃねえの?」
と太市は意気揚々とする。
"大人” とは奴国の場合と同じく政治に関わる男性のことを指し、その近くにいれば邪馬台国の内部事情について知ることが出来る可能性が高い。
巫女についても、卑弥呼が葉李菜と同じく国王と巫女の両方を兼ねているという知識を伊代が持っていた為、卑弥呼に会うことができるとすれば巫女の館の可能性がある。
四人は、話し合ったことをまとめるために地面の砂を掻き、石で文字を掘った。
真夜中であっても文字を読み書きできるのは、白く輝く月光が地面を眩しく照らしてくれるお陰である。
「・・・・月って、こんなに眩しかったんだな」
と、太市は夜空を眺める。
ちょうど南の空に昇った月は少しだけ欠けており、まもなく満月を迎えるであろうと思われる。
「弥生時代に来てから何回か満月を見たけど・・・・覚えてる?初めての夜、真っ赤な満月だったの」
と歌織が問いかける。
「あぁ、牢屋の隙間から見た気がする」
「え、そうだったか?・・・・やべぇ、あんまり覚えてないわ。京平は記憶力あるな!」
「太市、そういう問題か?まあ正直、あの時は月どころではなかったけどな」
「なんだか、すごく不気味だった」
と伊代は、月を眺めて回想する。
突然別の世界へ飛ばされた自分たちの、これからの運命を啓示しているかのような、怪しげに真っ赤に光る月。
あまりにも非現実的なことが重なり、まるで本物の月だとは思えなかった。
「今昇っている月も、何だか偽物のように感じちゃうな」
「偽物?・・・・あの月は、よく見るいつもの月なんじゃない?」
と、歌織は目を凝らして空を見上げる。
「この世界自体が、本当の弥生時代なのかって、今でもずっと疑ってる。夢の中にいるみたいだなって」
「だったら早く目が覚めて欲しいよ」
と太市は大きくため息を吐く。
「伊代の気持ちはわかる」
と京平が珍しく、賛同する。
「果たしてこれはタイムスリップしてきたのか、パラレルワールドなのか。俺たちが成すことはすべて、本来の歴史上では起こり得るはずのないことだ。これが俺たちの本来生きている時代にどう影響が出るのか、懸念されるところではある」
「幸か不幸か、弥生時代についてわかっている史実がとても少ないということは、私たちがそういう懸念に縛られず自由に動いてしまうことが出来る。歴史を変えるほどの大きな出来事を起こしても、気が付かないかもしれないね」
四人が月夜に秘密の会談をしていることを、床の中で綺那李は気づいていた。
その話の内容は聞こえないが、自分に隠していることがある————と、眠気に朦朧としながら感じていた。
そのことで、はっきりとしない何か良くない気持ちが心の中に芽吹いた。


