いつの時代も必ず君に逢いにいく 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜




自分の父や母の前でそう言えば、『ガキが戯言を抜かすな』と拳骨を一つ頭に喰らう程度で済まされるだろう。
しかし綺那李は家族に一言も伝えず、主祭殿の太い柱と壁をよじ登ってこっそりと大広間に侵入し女王直々に願い出たのだから、たいへん大事になってしまった。

他国の密偵や犯罪者等、誰人の侵入も許さなかったはずの主祭殿の警備を潜り抜け、たった十歳の少女が女王の元へ辿り着いたことに父親兼兵長の阿湯太那(アユタナ)は激怒したが、当の葉李菜はその力強さと勇気に感心し、手を叩いて喜んだ。
これでは阿湯太那も娘を叱る事が出来ず、女王の意のまま、綺那李を護衛として邪馬台国までお供させる事になってしまった。

伊代達としては、奴国の屈強な戦士よりも気心の知れた綺那李が同行するとなれば、緊張感がなくなると前向きに捉えた。
しかし綺那李の父は勿論のこと、母である加陽(カヤ)も娘に怒鳴り散らした。

その晩、送別の意味も込めて四人は兵長の竪穴住居で夕食に招待されたのだが、送別どころではなく母娘の喧嘩になってしまった。

「あまりにも無謀じゃないか!十の娘に何が出来ると思うんだい、思い上がるのもいい加減にしなさいよ!」
「うるさい!女王様が既にお認めになってるんだから、私を否定するのは女王様を否定することと同じよ!」
「そりゃ、女王様の命令に逆らうつもりはないさ。だが兵士の訓練も受けてない、年端もいかない女子が護衛だなんて、どこでも聞いた事ないわ。屈強な男の悪者が出てきたらあんた、姫巫女様達を護れるんかい?私なら恐ろしいね、命を預けられないよ。本気で戦った事のないくせに、よくもまあそんなに自信満々で幸せ者だわね」

綺那李は父親に何度も目配せをする。
加陽に何かを伝えて欲しい、とのアピールのようだ。
阿湯太那は妻の気迫に押されつつも、恐る恐る発言する。

「・・・・護衛が務まるのかどうかについては、心配は無い。その、なんだ、実を言うとこの冬の間に綺那李は兵舎に通い詰めていてな、剣の腕を磨き、屈強な男と組み合い、力をつけてだな、その・・・・」
延々にモゴモゴと結論のわからないことを話し続ける父に嫌気が差し、綺那李ははっきりと告げる。

「春先の決闘試合で二番を獲ったんだ。下っ端だけど兵士として認めてもらったんだよ、母様。父様から正式に授かったんだ」
「あ、あんたぁぁぁぁ!!!」

加陽は娘ではなく、娘を兵士として認めた夫に対して殴りかかろうとした。
どうにか隣にいた歌織や太市がそれを制したが、加陽の憤りは収まりを見せない。

「心配することないよ、加陽さん。私は目の前で決闘試合を見たんだけどさ、綺那李さんは本当に強かったよ。一回りも大きい体格の男をボコボコにしてたから。護衛としてとても心強いし、頼もしいよ。ぜひ一緒に来て欲しいと思うもん」
「歌織、それは今言う事じゃないかも・・・・」
と、太市は加陽の顔色を伺って歌織の口を塞ぐ。

「強いかどうかの問題じゃないよ。あれだけ兵士の真似事はするなと言ったのに、私にだけ黙って訓練をしていたなんて。それを旦那様も認めていたんだろう?邪魔者は私だけだったということかい。そこまでして兵士になりたいかね。たしかに女に生まれたから男よりも制限があるというのは、私も納得いかないことの一つや二つはあるよ。けれど女には女のやれることがある。女にしか出来ないことがある。それを捨てて別の方向を見るということは、本来やるべきだったことを誰かに押し付けているとは思わないのかい」
「それは・・・・家の仕事のことを言ってるんなら、母様に申し訳ないとは思うけど」
「私が押し付けられたとは言ってないだろう。小麻李を見てみなさいよ。小麻李は家の手伝いをし、巫女の修行も毎日熱心に取り組み、文句の一つも言わずに働いてるんだよ。あんたは何か女の仕事をすれば文句ばかり、文句のない日は一日たりとも無い。あんたの思いがこちらに向いてないのはまだ許せても、その態度だけはどうにかならないものかとずっと気にかけていたんだよ」

ずっと静かに家族のやりとりを見ていた小麻李は、汁を一口吸い、ようやく自分の話す番が回ってきたと、箸を置く。

「小麻李は別に、家の仕事や巫女の修行を、嫌だと思ったことはないよ。好きと思ったこともないけれど。言われたことはちゃんとやってきた。だからこそ、人から言われたことに真正面からぶつかっていく姉様のことをすごいと思った。羨ましいし、尊敬していた。違うことは違うって、はっきり言うことは小麻李は出来ないもの。だからこそ姉様には、やるべき大きな仕事があるんだと思う。男とか女とか、そういう区別では収まらない仕事」

わずか七歳の少女の悟ったような顔つきに、母親は涙した。父も同じく心を打たれた。
末娘の言い分に深く同意し、加陽は涙を流しながら、綺那李の巣立ちを許した。

「出立の前に喧嘩になってしまって、申し訳なかったね。綺那李が決めたことなら、ちゃんとやり遂げなさいよ」
「お前が授かった使命をやり遂げるまで、奴国に帰ってくることはならん。お前の一挙一動はすべて奴国の繁栄のため、そしてお前がお護りする四人の方々のためであることを忘れるな」

父母妹に鼓舞され、綺那李は感極まりながら彼らの言葉を心に刻んだ。
一家の話し合いを、囲炉裏の奥から老婆は静かに見守っていた。
父母が納得したことに安堵し、老婆は箸を置いて立ち上がる。

「さて、蒔いた種はすべて収穫した。そろそろ、眠りに着くとしようかね」