探し求めていたものは金印ではなかった、振り出しに戻って考え直さなければと思われたが、京平は一人さらに考察を深める。
目の前にある金印については使い物にならないだろうが、伊代の知識が正しいものとすれば他にも金印は日本国内に存在しているのではないか。
自分たちは初めから奴国に飛ばされた為、この奴国で試練を果たさなければいけないと無意識に思い込んでいるが、もし他の国にも金印があるのだとすれば、そのいずれかが探し求めるものである可能性は高い。
「伊代、金印はこれしかないのか?奴国以外にも金印を持っている国はないか?」
「うーん、あるかもしれないけど、史実に記録されている例はほとんど無いし・・・・あっ」
京平の問いかけにより、伊代はあることを思い出した。
僅かな記憶だが、魏志倭人伝の中に魏の皇帝が日本の国に対して金印を授けたという記載があるかもしれない。その国とは邪馬台国であり、女王卑弥呼が魏に使者を遣わせて貢物を献上したことで、金印を授かり日本の正当な女王であることを世に知らしめたのである。
しかし手元に史書がある訳ではなく、魏志倭人伝を深く読み込んだことも無い為、伊代は自分の記憶に確信を持てなかった。
不確実なことは容易く口にするものではない、それは伊代が大学院で研究を発表する機会があった時、度々教授から受けていた注意である。
歴史家は史実と証拠から事実のみを追い求める必要があり、推測だけで研究を行っていては、小説を書くようなものだ。
伊代は日本史を愛するが故にロマンを求めがちになっており、そのことを牽制する意味もあって教授から度々、"女学生は夢見がちで困る” と面と向かって言われていた。"女学生は” という言い回しは少々軽蔑的であるが。
その差別的な発言への抵抗も相まって、伊代は自分の考えから棘を取り除き、できる限り思いを秘め、付け入る隙を与えないよう発言を控えるようになった。
そのような経緯もあり、先刻の「・・・・あっ」という伊代の声の後に言葉が続かない訳なのだが、伊代の話を待っていた三人は首を傾げ、追求する。
「伊代、何か思いついたことがあるの?」
「いや・・・・記憶違いかもしれない。あの夢を見て、歴史書を読んで確認してから、みんなに話したいんだけど・・・・」
「それじゃいつになるかわからないだろ。思いついたことは言わないと、議論は堂々巡りになる。記憶違いでも何でもいいから、とにかく停滞する思考を打開しないと」
と京平は鋭い目つきで伊代を追い立てる。
伊代は戸惑い、後ろに退こうとする。自分の発言に強気になれない伊代の肩に、太市は優しく手を置いて後退を止める。
「伊代、心配しなくていい。正しくかどうかわからなくても、俺たち四人で知恵を出し合って考えれば、きっと正解に辿り着けるよ。だから躊躇わず、何でも気軽に話して欲しい」
太市の温かく力強い手の感触に、伊代は躊躇いながらも不明瞭な考察を伝える。
「・・・・間違っていたら申し訳ないんだけど」
「謝らなくていいから」
「・・・・たぶん、邪馬台国に金印があるかもしれない。女王卑弥呼が中国から金印を授かったっていう文献を読んだことがある気がするんだけど、ただいつの時代かわからないから、既に授かっているのか、もしくはこれから起こることなのか、検討が全くつかなくて・・・・」
伊代の拙い説明にも、三人は耳を傾け、時に頷く。
決して伊代に責任を押し付けることはなく、何とか元の世界に戻れる可能性を少しでも感じたいという希望を、伊代の言葉から見出そうとしていた。
そして伊代の主張を元に、京平はその希望の在処を見定めた。
「だとしたら、行くしか無いな・・・・邪馬台国へ。ちょうどこのタイミングで卑弥呼自らが俺たちを呼び出しているのは、偶然では無い気がする」
「あの難斗米って人たちの話を、受けるのね?」
「あぁ。伊代の話を信じるのであれば・・・・いや、俺は信じる。邪馬台国にある金印を手に入れるんだ」
「そうすれば、俺たちは家に帰れるはずだよな!」
「邪馬台国ってどこにあるんだろう、雪の中を旅するのは嫌だなぁ」
「バカ、流石に春を待って出発するもんだろ」
すっかりその気になった三人に、伊代は小さく息を吐いた。
迷いや怯えから無意識に呼吸が浅くなっていたようで、三人が受け止めてくれたことで安堵の溜め息が出たのだ。
伊代は壊れた金印を祠に入れ、祭壇の上に戻す。
そしてこの決断が無駄になることの無いよう、文字通り神頼みで手をあわせる。
雪が解け暖かな風が吹き始める頃 ———四人は邪馬台国へ来訪することを使者に告げた。

