ある朝、伊代は一足早く起床した。
住居の裏の井戸へ行き、いつものように顔を洗う。
真冬の井戸水の冷たさに震えながら眠たげな瞼をすっきりさせると、足元に赤い砂が落ちていることに気がついた。昨日までは無かったものである。
疑問に思いながらも気に留めることなく、住居の中へ戻ると加陽や小麻李らも次々と起床し始めていた。
珍しく小麻李から、朝の祈祷に誘われる。
今まで何かと理由をつけては、巫女の集いを避ける様にしていた伊代だったが(なぜなら伊代は偽物の巫女だからであることは言うまでも無い)、あまりにも小麻李が必死に誘ってくるので同行することにした。
小麻李は歌織にも声をかけたが、あまり乗り気では無かった。
「私はいいや。巫女の集まりは私には向いてないし。それに昨日、ようやく新しい土笛を焼いてもらったから完成が待ち遠しいんだ。冬は薪が貴重だからなかなか釜を使わせてもらえなかったんだけど、他に土器を焼くついでに土笛を焼いてもいいって加陽さんが言ってくれてさ。今日の朝には出来上がってるだろうって」
「歌織、すごいね。結構土笛に熱中してるね」
「こんなにハマるとは思わなかったわ。楽器を一から作るって面白いと思う。小麻李ちゃん、朝の祈祷が終わったら早速、土笛を試してみようよ?」
「あ・・・・小麻李は、今日用事があって・・・・巫女になるための修行なのです」
「そっか。じゃあ、私一人だけでも釜見てくるよ」
「い、いや・・・・まだ行かない方がいいかと。朝早いので」
小麻李がどうしても土笛の仕上がりを見る事を後回しにしたいようなので、歌織は仕方なく家で待つことにした。
伊代と小麻李は、祈祷に向かう巫女達の列に合流し、祭壇へ向かった。
いつも道中では小麻李から話しかけてくることが多いのだが、この日の小麻李は黙々と歩いている。
「小麻李ちゃん、どこか体調でも悪い?」
「い、いいえ。どうして?」
「いつも小麻李ちゃんはたくさん話してくれるのに、今日は無口だから。具合が悪いのか、悩み事でもあるのかなって」
「い、いえ・・・・」
また小麻李は口を閉じる。
伊代は小麻李を気遣い、何か話題はないかと画策する。
「そういえば、今朝ね。井戸で顔を洗っていたら、見かけないものがあったんだ」
「へぇ、何ですか?」
「井戸のすぐそばの地面に、赤っぽい砂が散らばっていたの。昨日の夕方くらいまでは無かったと思うから、何かなって思って」
「・・・・き、気のせいじゃないですか?」
「いや、たしかに赤っぽいものがあったんだよね。見た感じ、砂だと思うんだけどな。例えるなら・・・・小麻李ちゃんや歌織が作ってる、土笛の原料になってる土があるでしょう?あれが乾いて細かい砂になったようなイメージ」
小麻李は会話を続けられなくなり、足を止める。
予想外のことに伊代は驚き、膝を曲げて小麻李の様子を窺う。
「え、大丈夫?やっぱり具合悪い?どこかで休もうか」
「・・・・伊代様」
「なぁに?」
「・・・・小麻李は、悪いことをしました。歌織様の・・・・作ったばかりの土笛を割ってしまいました」
溜め込んでいたものが堰を切ったように、小麻李の柔らかな頬に涙が落ちる。
伊代は巫女の列から抜け、小麻李を近くの木陰に連れていき、腰を下ろすのにちょうどよい石を見つけて座らせた。
巫女達は小麻李と伊代が列を離れたことに気がついたが、日の出と共に祈祷をしなければならない、と足早に去っていった。

