タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜





ムラですれ違う民一人一人が、伊代の存在に気づくと足を止め、頭を下げる。
それはあの駕籠彦(カゴヒコ)王の恐怖政治を終わらせ、野分(のわき)の襲来を言い当て民の暮らしを守った、勇敢な巫女のことを信じているからだ。
奴国(ナコク)の民が頭を下げて道を譲るのは、奴国王と姫巫女、そして政治を行う大人達だけである。伊代に対して頭を下げるような命令は誰からも出ていないし、これは民の感謝と善意によって広まったものである。

「これだけお前さんに期待するものがいる、ということよ」
と、老婆は告げた。

老婆はかつて巫女だったからという事もあるだろうが、とても勘の冴え渡る女性だった。
他人が一話す事から十を解いて応えるし、言葉を発していない秘め事でも彼女には見透かされているように思えた。

心の純粋な子供達から好かれるのはそんな理由だろうし、ムラの大人達も老婆の前では心を開かざるを得ない。何故なら隠し事をしても無駄であるからだ。
その事をようやくわかってきた伊代は、老婆に一人呼び出されただけで心臓の鼓動を速めている。

老婆が伊代を誘った場所は、あの祭壇だった。冬の時期に祈祷は行われないため、何の変哲もない小高い丘のように簡素である。

「伊代殿はあまり、巫女の修行に加わろうとはしないね。神に祈りを捧げたのも、あの野分襲来が最後だった。奴国の祈祷は、お前さんの故郷の祈祷様式とは合わないのかね」

伊代は返事に迷う。それもそのはずだ、何せ伊代は本物の巫女ではないからである。
故郷の祈り方なんて知らなければ、そんなもの存在していない。葉李菜からも度々巫女達の儀式に誘われていたが、理由をつけていつも断っていた。

「神から遠ざかってはいけないよ。いつも近くに神々はいて、儂らを護っているのだからね。サボるのは良くない」
「は、はぁ・・・・そうですよね」

伊代は適当に返事をして逃れようとする。
しかし老婆には見通されている。伊代に対する問いかけも説教に見えるような言葉も、全ては伊代の心の内を開かせる為のものだ。

「お前さんの中に、迷いがあるね。それはどんよりとした霧の如く、見えるようで見えない。でも確実にお前さんの心に巣食っている」
「ま、迷いは、その・・・・」
「無理に全てを話そうとする必要はないよ。問題なのは隠している事ではなく、それがお前さんの足枷に自然となっている事だよ。前に進むのを拒む何かがあるんだろう。その何かが、心の内にある事が儂には許せないのだよ」
「迷っているわけではないんです。その・・・・誘ってもらった祈祷を断ったり、友人にもはっきりと伝えられない事があったりするのは、私の性格の問題で。優柔不断なところがあるのは昔からなので、別に悩みという程の事では・・・・」
「それこそが、お前さんの足枷なんだろうに」

老婆は目を細めて笑った。
辺りにはまた、雪がちらつき積もり始めていた。老婆から吐かれる息は一層白く、頬の血色も悪くなっているように感じる。
伊代は羽織ってきた藁みのを脱ぎ、老婆の肩にかける。老婆はまたニコリと微笑むが、その肩は寒さによって震えてはおらず、杖をついていながらも強くどっしりとした頼もしさを感じた。