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“ 例えるなら 桜の花びら
花咲く季節の僕は 春の瞬きしか知らなかった
移り変わる未来は眩しいものだと疑わない
信じる事も 夢を描く権利も手にしていた
前のめりで歩く日々は
簡単にブレーキはかからない
輝く何かを手にしますように
ときめく何かに出会えますように
必ず何かを手にします
ときめく誰かを見つけます
最後の花びらが散る頃には
どんな僕になっているのだろう ”
大学の入学式から数日経った、或る春の日。
京平は一人、校内探索をしていた。
都内郊外の山の上に建設されている校舎はとても広く、何棟にも分かれている為その造りをすぐに理解する事は不可能だ。
講義でよく利用する学部棟の他にも、サークルの部室が集まる学生センターや、式典やコンサートに使われるホール、学生食堂やコンビニを構える建物等に分かれている。
都心から離れアクセスも良くない中で、都内屈指の生徒数を誇っているのは、校舎の広さや豪華さ、次々と新校舎を建設する程の私立ならではの財力からだろう。
どこへ行っても生徒で溢れ返り、図書館ですらも人口密度が多く話し声が飛び交う。一人で落ち着いて講義の予習が出来る場所を京平は求めていた。
入学したばかりで大学の構造を理解していないものの、探索をする好奇心を持っていた。
目的は自習であったが、ここまで広い大学の敷地内であれば、自分しか知り得ないお気に入りの場所を探し出せるかもしれない。
この日京平が向かったのは、学生センターの真裏にある、今は使われていない旧校舎だ。
かつて教育学部の専用学部棟だったというが、新校舎の増設に伴い、正門から距離があり利便性に欠けていた古い校舎は使用されなくなった。
旧校舎自体は学生向けに開放されているものの、講義に使用されなくなって以降、生徒の足は遠ざかっているようで、京平が訪れた昼過ぎの時間も人の気配はなかった。
ここは一人静かに自習をするのに丁度いいだろう。京平はそう思い、重い扉を開けた。
すると、人の気配は無いはずだが、上の階からピアノの音が聞こえてくる。
階段を昇り近づいていくと、ピアノの演奏に合わせて人の声も聞き取れた。
勉強する場所を探していたはずなのに、いつの間にか京平の足は音のする方へ向かっていた。
“音楽練習室” と古い木の板に書かれた教室のガラス扉から中を覗き、演奏者の姿を確認しようとする。
グランドピアノの天板に隠れて顔はよく見えないが、一人の女子生徒がピアノに向かっている姿が見えた。
彼女は時折、譜面台の上に広げたノートに書き記しながら、歌詞を推敲し、何度か歌い直している。
自作の曲を練習しているのだろう。
京平がその姿に釘付けになったのは、彼女の透き通る歌声に聴き惚れたのか、歌詞に心を奪われたのか。
もしくは真剣にピアノに挑む彼女の瞳が輝いているように見えたのだろうか。
この時の京平は、いずれの理由であるかをまだ知らない。
“ 例えるなら 桜の花びら
花咲く季節の僕は 春の瞬きしか知らなかった
移り変わる未来は眩しいものだと疑わない
信じる事も 夢を描く権利も手にしていた
前のめりで歩く日々は
簡単にブレーキはかからない
輝く何かを手にしますように
ときめく何かに出会えますように
必ず何かを手にします
ときめく誰かを見つけます
最後の花びらが散る頃には
どんな僕になっているのだろう ”
一通り歌い終えた彼女は、ふうっと一息つく。
そして顔を上げると、ようやく一人の観客がいた事に気がついた。
目が合った瞬間、京平は素早く拍手を彼女に送った。
それは歌に対する賞賛でもあるが、初対面の彼女の歌を勝手に盗み聞いた事への照れ隠しでもある。
彼女は突然の拍手に驚きを隠せない。
しかし素直に賞賛を受け止め、京平へ朗らかな笑みを向けた。
「ありがとう!君は、一年生?」

