空気が和やかになった事を感じ取り、歌織は話を切り出す。
「ねぇ、聞いてもいい?・・・・前にさ、私の路上ライブを見に来てくれた事あったよね?」
「ライブくらい、大学の時よく見に行ってただろ。伊代や太市と一緒に」
「卒業した後だよ。たぶん、一ヶ月くらい前かな。駅前の広場で歌ってて、私の目の前はガラ空きなのに、なぜかずーっと後ろの自販機の影に隠れて聞いてる人がいたの。黒いフードを被ってて、まるで存在を隠してるみたいだったけど、なんだか京平じゃないかなって直感したんだよね」
「・・・・まぁ、たぶん、俺、かも」
と、京平は口をもごつかせる。
「やっぱり!その時何も連絡してなかったのに、わざわざ来てくれたんだ?」
「・・・・連絡とってない時も、歌織のSNSはよく目についてたんだよ。定期的に路上ライブとか、動画配信してるのとか知ってたし」
「SNS見てくれてたの?私のファンも同然じゃん」
「・・・・あの日歌ってた曲、俺のお気に入り」
「え、本当に?有名な曲じゃなくて、私が書いた曲なんだけど」
「わかってるよ、大学で作曲してるところを見かけたし。頑張ってんなって思って、すごい記憶に残ってたんだな」
「確かに大学の入学前後くらいに書いてた曲だけど・・・・そこまで私の曲を聴いてくれていたなんて、初耳なんだけど」
「動画で上げてる曲はよく聴いてる。たまたまあの辺を歩いてたら聞き覚えのある歌声が聞こえて、歌織の路上ライブに遭遇した。思わず足を止めて聴き入ったよ。懐かしさと切なさと、歌織の真っ直ぐで清らかな歌がストンと心に入ってきて、気づいたら感動してた」
「めっちゃ嬉しい・・・・あの時、声をかけてくれたら良かったのに」
歌織の問いかけに、京平は言葉を返さなかった。
二人の間に流れていた和やかな空気が、少し冷たくなったのを歌織は感じ取った。
「・・・・あの時、もう日本に帰ってきてたって事だよね。連絡してくれれば、会いに行ったのに」
「・・・・・。」
「たしか留学は夏までって聞いてた気がするけど、帰国は早まったの?」
「・・・・まぁ、そんな感じ。そこまで気にする事じゃ無いから」
京平はそう返すも、歌織には "気にすることでは無い” 程度の問題だとは到底思えなかった。再開した時の京平は引きこもり状態であり、留学先で何か問題が生じた事は容易に想像できる。
しかし京平の横顔からは、これ以上立ち入るべきでは無い何かを確かに感じ取れた。
京平は自分を語る事を明らかに拒んでおり、京平に近づこうとすればする程、京平の心は距離を取ろうとする。
壁を作られた、と歌織は思った。
不安を隠すように歌織は顔を背け、立ち上がる。
「小麻李の様子を見てこようかな。さっきの事、謝った方がいいかも」
「・・・・その方がいいと思う」
京平がどんな表情をしているか、歌織は恐ろしくて窺うことが出来なかった。
歌織は打ってつけの口実を見つけて、すぐに京平の元を離れる。
たとえ喧嘩をしていなくても、二人の間に友情のようなものが垣間見えたとしても、この一年で京平の心に立てられた壁を超える事は容易ではないと悟った。

