「へぇー、モンフェルナ学園の中ってこんななってんだ。初めて入った。とりあえず、あなたの部屋行こうか。えーと」

「ブランシュです……無理だと思いますけど……」

 一旦、落ち着いて話そう、そう女性に言われ、カフェにでも行こうとしたが、誰かとカフェに行ったこともなく、パリジェンヌ達に混じって田舎の自分がエスプレッソを飲んでいいものか、という葛藤に苛まれ「じゃあ寮で……」とブランシュは提案してしまった。

 学生寮に興味があるのか、女性は「気になるし、行ってみよう」と快諾したが、学内はともかく寮へは部外者が入っていいわけもなく、歩きながら、なんてことを提案してしまったんだ、とブランシュは自責の念に駆られた。

「ブランシュ。姉妹ってことにしときゃ、なんとかなるでしょ。それともなに、ここはそれすらも許してくんないわけ? 心が狭いねぇ」

 結局、押しに負けてブランシュは女性を受け入れることにした。ほぼ無理やりではあるが、抵抗しようとは思わなかった。

『私のおじいちゃんなのよ、マジで』

 頭の中で何度もグルグルと、その言葉が走り回る。ということは、この人はお孫さん? たしかに年齢でいえば、これくらいの孫がいてもおかしくはない。いや、初対面の相手を犯罪者に仕立てようとしてくる人だ。なにを言われても信じる気はない。だが。

(私は……意志の弱い人間です……諦めとは口だけ……)

「ブランシュ?」

 女性が顔を覗き込んでくる。それにハッと我に返り、返答をする。

「髪の色も違いますし、なにより似てません」

 いっそ捕まってしまえば、そう心の隅でブランシュは願った。私の心をこれ以上掻き乱さないでほしい。今なら、この人が捕まってもよく知らない人なのだから、悲しむことはなく、いつもの日常が戻ってくる。

 そんな心の内を知ってか知らずか、全く意に介さず話を女性は進めていく。相手の都合などは考えないタイプのようだ。

「母親が違うってことにしよう。それなら許容範囲でしょ」

 私って頭いいでしょ? そんな屈託のない笑顔を向けてくる。

 果たして今の私はどんな顔をしているのだろうか。そんなことを、この女性を見ているとブランシュは考えてしまう。

「だから無理ですって……そういえばお名前……」

 そこでこの人の情報をまだ、なにももらっていないことにブランシュは気づいた。呼び方に困ることにさえ、気づいていなかった。それほどまでに自分自身で精一杯だった。

 少し困ったように目線を泳がせると、女性はどもりながらも教えてくれた。

「あー……ニコルでいい。ニコル・フィオーリ。その前に食堂見たい」