「そんなもんかね。ま、いいや。お、ポトフ発見」

 勝手に冷蔵庫を開けて、お腹を満たそうとニコルはいいものを見つけた。部屋に物はないが、キッチンにはそれなりにある。音楽家は指にケガをしないように料理などはしない人もいるというが、そういえば彼女は調香師を目指していた。無地の皿にラップで蓋をしてある。

「……昨日の残りです。食べますか?」

 本当であれば、今日のお昼に温め直して食べる予定ではあったが、今は不思議とお腹が空かない。理由はわかっている。その理由となった人物が食べたそうにしているので、それでかまわない、とブランシュは考えた。

「そう見えた?いやー、なんか悪いね」

 すでにニコルは電子レンジで温め出している。ダメと言われても食べるつもりだったのであろう。学食にも興味があったが、やっていないなら仕方ない。電子レンジが中で高周波を発しながら唸っている。

「ところで、そろそろ貸しっていうのは……」

 待っている間を有効活用しようと、顔色が若干悪くなったブランシュが問う。ここでやっと本題に入る。勇気を出してカフェにしておけばよかった。そうすればこんなややこしくならなかった上に、自身の昼ご飯まで奪われなかった。

 しかしニコルはそれを右手一本で制す。左手にはスプーンとフォーク。食べる準備は万端だ。

「まぁまぁ、あ、ピアノもやんの?」

 まだもう少しかかりそうなので、あまり物はないが部屋を見ると、壁のコルクボードには譜面が貼り付けてある。ニコルはよくわからないが『ショパン ピアノ協奏曲 第一番 ホ短調 一一』と書いてあるのできっとピアノなのだろうと予想した。

 背後にいる俯いたままのブランシュはなにも答えない。聞こえているのかもわからない。

「ま、いっか。とりあえず、コレ見て」

 その様子を見、ニコルはポケットからガラスの球体のようなものを取り出す。手のひらよりワンサイズ小さい、小瓶のようだが少し楕円だ。その上部に突起のようなものがついている。それを、顔をやっと上げたブランシュに手渡す。

 見たことないが見たことある。そんな形容しがたい感情がブランシュの内部から漏れ出てくる。このためにパリへ来て、そして諦めたもの。

「これは……香水のアトマイザーですか? なんか不思議な形……」

 手に持ち、様々な角度から眺めてみる。蛍光灯の光に当ててみたり、軽く叩いてみる。ガラスでできた、正真正銘のアトマイザー。ノズルキャップを外してみる。中に小さな紙切れが入っていた。反対にしてみると、ポトリと手のひらに落ちてくる。

「が、一○個」

「一○!?」