「店長、ボク、次の給料いらないんで、代わりにお店もらっていいですか?」

 と、いつものように、程度が過ぎるわらしべ長者をアニーが提案してくる。ダメ、というとオーナーを山に埋めようとする危険な思想を持った子だ。

 が、そこに注目するより、ダーシャは先に確認しなきゃいけないことがある。周りをキョロキョロと注意深く観察し、場を把握。

「紅茶飲んでない? 注文忘れてるものは? ビロルくんも! 大丈夫!?」

 ここ最近、彼女が雑談をしようとした時には罠が仕掛けられており、すっかり人間不信になっていた。キーとなるのは、アニーが食後の一杯を飲んでいるかどうか。彼女は大の紅茶党であり、飲まないと終われないタチであることは、経験上見抜いていた。

 それに勘づいてか、不満そうな顔でアニーは返答してくる。

「なんですか、急に。疑っちゃって。ストライキしていいっスか?」

 と、その後も不満をぐちぐち言いながらも、流れるような動きでお湯を沸かし、ストレーナーと陶磁器のポットを準備する。ティーカップはいつの間にか専用のものが戸棚から出てきた。

「キミはなんでもかんでも、都合が悪くなるとストライキするのやめなさい。あと勝手に紅茶淹れようとするのも」

 一応ダーシャが嗜めるが、心に響かずアニーは目を見開いて無感情になる。

「困ったらストライキ。これ地球でも大切なこと」

「なんでミスターポポみたいな喋り方になってんの。ちゃんと貯めて開業しなさいよ」

 と、正論で攻め込まれ、アニーは口を尖らせる。

「なら店長がオーナーやってくださいよ。あたしが店をいじるんで、店長は山に埋まっててください」

「とりあえず上司を埋める癖やめようか」

 どこまで本気なのかわからないが、この子のことだから結構本気な可能性が高い。夜の帰り道、背後に注意しようとダーシャは肝に銘じる。

 すると、キッチンにカッチャが駆け込んでくる。視線が定まらず、落ち着いていない様子。

 それに気づき、ダーシャが声をかける。

「どうしたの? 混んできた?」

 しかし、カッチャは首を傾げて眉を顰めながら事態を説明する。

「アルバイトの面接の方が来てますけど……そんな話、してましたっけ?」

「面接? ウチ?」

 一瞬、ヤバい! 忘れてたか!? とダーシャは思ったが、しかし、いくら振り返ってもそんな予約を取り付けた記憶はない。たぶん店の間違いだろう。近所にはカフェは何店舗かある。

「ウチじゃないんじゃない? 他の店と間違えてるとか」

 頭を振ってカッチャは否定した。そのことならもう確認している。

「そうかと思って聞いてみたんですけど、電話口で店長を名乗る男性に、面接の予約を引き受けたとーー」