ふぅーっと大きくため息をついたビロルがアニーに真顔で言いよる。
「……おい、ロックはどうやって解除したんだよ」
今や携帯にロック機能がないものなどないだろう。もちろん、ビロルもしっかりかけてある。指紋認証と六桁の数字。そう簡単に割り出せるはずもない。しかし。
「指紋は、前に握手した時に、ボクの手に特殊なライトに光る塗料を塗ってあったんですよ。それでビロルさんの手に付着させて、後日店内の触れた箇所から採取してます。解除の番号とかは、監視カメラをコマ送りで確認しました」
えへ、っと申し訳なさそうにアニーは舌を出す。
ビロルの背中に冷や汗が流れる。ピクピクと口元が痙攣する。
「店長、こいつヤバいです。早くなんとかしないと」
「キミも結構、片棒担いでるからね?」
店長に罪を被せようとしていた男がなにか言っているが、ダーシャは、ハイハイと一旦緩んだ空気を打ち切る。お客さんもちょくちょく入ってきていて、フロア担当であるもうひとりの子も、誰もフロアにいないことに気づく頃だ。自分にもズケズケと物申してくる、アニーとは違った意味で癖の強さを持つ。
「ちょっと! 店に私しかいないんだけど!」
数秒遅く、キッチンに怒鳴り込んできたのはカッチャ・トラントフ。学校は違うがアニーのひとつ上のゲザムトシューレ一二年生。ゲザムトシューレは一三年間一貫となっている学校である。こちらも、アビトゥーア獲得のために勉強を頑張っているが、空き時間にバイトをしている。
「申し訳ないっス、カッチャさん。店長がこんな忙しい時に、営業許可証を山に埋めたり監視カメラでカッチャさんをコマ送りで観てたと白状したところなんです。悪気はないんです」
なんか色々混じっているが、とりあえず三人に向けられた怒りは凝縮し、一点に向かう。「え、僕?」と、ダーシャは慌てて否定したが、
「あと、オーナーの悪口言いながら、包丁を研いでうっとりしてました。近々、実行するみたいっス」
と、どこか的確なアニーの妄想のせいで、ダーシャの思考回路はショート寸前となるが、カッチャは冗談の通じる子ではない。
ツカツカと近づき、胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「どうせアンタだろうがぁッ!」
「俺、関係ねえだろ!」
数センチ足が浮き、ビロルはなすすべなく壁に叩きつけられる。女子供には優しいので、力づくで抵抗することはしない。抵抗しないおかげでだいたい主犯格扱いされる。の流れ。
「いいから、もう働くよ。お客さん待たせない。アニーちゃんとカッチャちゃんも注文取りに行って。ビロルくんは調理すすめて。僕も忙しいほう手伝うから」
と、テキパキと割り振り、何事もないようにお店の流れを作る。欲を言えば、もうひとりくらい、自分と同じように立ち回れる人物がいてくれたら楽なのだが、いないものを嘆いても仕方ない。いる人材でなんとかするのが自分の仕事。
「よし、あと数時間、頑張りますか!」
「じゃあ店長、これ急いで持っていってください。たぶん待ってるんで」
と、ビロルはダーシャにモーツァルトトルテを手渡す。オーストリアの伝統的なチョコレートケーキ。ピスタチオとチェリーの相性が抜群の、お店の看板商品だ。は、今はどうでもよくて。
「ん? なにこれ? 注文?」
と、ダーシャがビロルに問うと、彼は深い深いため息をついて顔をアニーに向けた。
「アニー、モーツァルトトルテと紅茶の相性ってどうだ?」
フロアに出かけていたアニーを引き止め、答えを求める。「ん?」と、アニーは首を傾げて口を尖らせた。
「なんスか? 相性? そりゃ最高ですよぉ。甘すぎず、風味も食後のダージリンとバッチリです。もういいっスか?」
と、足早に駆けて行く。その背中を男二人で見送った。
「……そういうことです。笑っちゃうでしょ? じゃ、お願いしますね」
と、笑みを浮かべたビロルは、固まるダーシャの肩に手を置き、託したままキッチンで仕事を再開する。サーモンクロワッサンとアボカドクリームが注文に入っている。
「よし、さぁやりましょうか、ねぇ、店長!」
「学習してよぉぉッ!!」
そんな声がキッチンにこだまし、平日の午後はまったりと過ぎていく。
「……おい、ロックはどうやって解除したんだよ」
今や携帯にロック機能がないものなどないだろう。もちろん、ビロルもしっかりかけてある。指紋認証と六桁の数字。そう簡単に割り出せるはずもない。しかし。
「指紋は、前に握手した時に、ボクの手に特殊なライトに光る塗料を塗ってあったんですよ。それでビロルさんの手に付着させて、後日店内の触れた箇所から採取してます。解除の番号とかは、監視カメラをコマ送りで確認しました」
えへ、っと申し訳なさそうにアニーは舌を出す。
ビロルの背中に冷や汗が流れる。ピクピクと口元が痙攣する。
「店長、こいつヤバいです。早くなんとかしないと」
「キミも結構、片棒担いでるからね?」
店長に罪を被せようとしていた男がなにか言っているが、ダーシャは、ハイハイと一旦緩んだ空気を打ち切る。お客さんもちょくちょく入ってきていて、フロア担当であるもうひとりの子も、誰もフロアにいないことに気づく頃だ。自分にもズケズケと物申してくる、アニーとは違った意味で癖の強さを持つ。
「ちょっと! 店に私しかいないんだけど!」
数秒遅く、キッチンに怒鳴り込んできたのはカッチャ・トラントフ。学校は違うがアニーのひとつ上のゲザムトシューレ一二年生。ゲザムトシューレは一三年間一貫となっている学校である。こちらも、アビトゥーア獲得のために勉強を頑張っているが、空き時間にバイトをしている。
「申し訳ないっス、カッチャさん。店長がこんな忙しい時に、営業許可証を山に埋めたり監視カメラでカッチャさんをコマ送りで観てたと白状したところなんです。悪気はないんです」
なんか色々混じっているが、とりあえず三人に向けられた怒りは凝縮し、一点に向かう。「え、僕?」と、ダーシャは慌てて否定したが、
「あと、オーナーの悪口言いながら、包丁を研いでうっとりしてました。近々、実行するみたいっス」
と、どこか的確なアニーの妄想のせいで、ダーシャの思考回路はショート寸前となるが、カッチャは冗談の通じる子ではない。
ツカツカと近づき、胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「どうせアンタだろうがぁッ!」
「俺、関係ねえだろ!」
数センチ足が浮き、ビロルはなすすべなく壁に叩きつけられる。女子供には優しいので、力づくで抵抗することはしない。抵抗しないおかげでだいたい主犯格扱いされる。の流れ。
「いいから、もう働くよ。お客さん待たせない。アニーちゃんとカッチャちゃんも注文取りに行って。ビロルくんは調理すすめて。僕も忙しいほう手伝うから」
と、テキパキと割り振り、何事もないようにお店の流れを作る。欲を言えば、もうひとりくらい、自分と同じように立ち回れる人物がいてくれたら楽なのだが、いないものを嘆いても仕方ない。いる人材でなんとかするのが自分の仕事。
「よし、あと数時間、頑張りますか!」
「じゃあ店長、これ急いで持っていってください。たぶん待ってるんで」
と、ビロルはダーシャにモーツァルトトルテを手渡す。オーストリアの伝統的なチョコレートケーキ。ピスタチオとチェリーの相性が抜群の、お店の看板商品だ。は、今はどうでもよくて。
「ん? なにこれ? 注文?」
と、ダーシャがビロルに問うと、彼は深い深いため息をついて顔をアニーに向けた。
「アニー、モーツァルトトルテと紅茶の相性ってどうだ?」
フロアに出かけていたアニーを引き止め、答えを求める。「ん?」と、アニーは首を傾げて口を尖らせた。
「なんスか? 相性? そりゃ最高ですよぉ。甘すぎず、風味も食後のダージリンとバッチリです。もういいっスか?」
と、足早に駆けて行く。その背中を男二人で見送った。
「……そういうことです。笑っちゃうでしょ? じゃ、お願いしますね」
と、笑みを浮かべたビロルは、固まるダーシャの肩に手を置き、託したままキッチンで仕事を再開する。サーモンクロワッサンとアボカドクリームが注文に入っている。
「よし、さぁやりましょうか、ねぇ、店長!」
「学習してよぉぉッ!!」
そんな声がキッチンにこだまし、平日の午後はまったりと過ぎていく。