「ボク、店持ちたいんですよ」

「うん。いつも言ってるね。でも今、混んでるお店のフロアにいるよね。働こうか」

「そうっスね」

 平日の水曜日。

 学校は一二時三〇分までで終わるため、アニーにとっては午後からはしっかりとアルバイトに精を出せる、うれしい曜日だ。首都ベルリンにおいて、カフェはどの時間も混んでいる。

「ここのお店くれたら楽なんですけどね。どうしたらいいですか?」

 と、ティーカップに入った紅茶を飲みながら、アニーは浮かんだ疑問をダーシャにぶつけた。左手にはちゃんとソーサー。上品に取っ手は親指と人差し指でつまんでいる。

「……キミはいつも何かしら飲んでるね。今日はアッサム?」

「ダージリンです。香りで間違えないでください。ストライキの対象です」

「重すぎない?」

 なんとか空いてきた時間を見計らい、アニーはキッチンでダーシャに問いただす。彼女にとって自分の店を持つことは目標なのだが、手段は選ばない。それが今、働いているお店であってもだ。

 子供をあやすように、ダーシャはひとつひとつ順を追って説明する。

「僕に言われてもなぁ。まずオーナーがいいって言わないとダメじゃない? 言わないと思うけど、それでオッケーが出たら、治安局で酒類の営業許可証とかを取るんじゃないかな。その他に営業許可証とか、感染予防法のセミナーとか、保健衛生規定とか、駐車法とか……」

「そういうのはもうたくさんです」

「たくさんです?」

 聞いてきたから答えただけなのだが、怒られたようでなぜかダーシャはシュンと縮こまってしまう。なにか間違ったことを言っただろうか。

 腕を組み、うんうん唸りながらアニーは店内を歩き回る。予定していた流れとは違い、変更を余儀なくされた。

「うーん、そういうの考えると、オーナーさんには生きててもらうしかないみたいっスねぇ。しょうがない、このままで」

「しょうがないってどういうことよ。怖いよ。普通に開業の方法を調べようよ」

 一体、どんな形でお店を構えようと思っていたのかわからないが、とりあえずロクな方法ではないだろう。効果があるかはわからないが、ダーシャは思いとどまるように説得する。

 しかし、膨れっ面でアニーは不満を述べる。

「『ドイツ 山 見つからない場所』とかで検索かけていたんですけど、徒労に終わりましたね。時間を返してほしいです」

「バカだなぁ。なにやってんだよ」

 いつもは乗っかってしまうビロルだが、さすがに呆れてしまったのか、アニーを咎める。かと思いきや。

「自分の携帯で検索かけたら、警察に足がつくだろ。そういうのは店長のでやらないと」

「そっち?」

 なんだか話が変な方向に行っている気がする、とダーシャは怖くなってきた。田舎から出てきて、必死に大都会で働いていたら、オーナーを山に埋めた容疑で逮捕されました、なんて三文小説もいいところだ。どうせ捕まったら「たしかに、オーナーの悪口を常日頃から言っていました」とか、「閉店後、包丁を研ぎながら、うっとりと笑ってました」とかマスコミに言うに違いない奴らだ。背中には気をつけよう。

 あ、っとなにかを思い出したようにアニーは手を叩いた。

「それなら大丈夫です。ビロルさんの携帯で調べたんで」

 あっけらかんと暴露。一瞬、場が静まり返る。ジュージューとなにかが焼ける音がよりよく聞こえる。香ばしい香りだ。