「あ、もう帰るんスか!?」

 ホール内で接客をしていたアニーが、帰り際のユリアーネに声をかけ、手を握る。これから一緒に働くことを想像しているのか、尻尾が生えていたらブンブン振り回しているであろうくらいに興奮している。

 驚きつつも、ユリアーネは笑みを浮かべ、返答する。

「いえ、面接だけですから。ありがとうございます」

 しかし、笑顔のまま離さないアニーは、近くのテーブル席を軽く払い、そこに促した。

「座って座って! せっかくだから、コーヒー党のユリアーネさんに一杯、紅茶をご馳走したいです」

 お近づきの印ということであろう、ヴァルトの味を知ってもらいたいということもあり、一杯提案する。

「いえ、そんなおかまいなく」

「いいからいいから」

 店内は現在、そこまで混んでいるわけではないが、なにか特別扱いされることに申し訳なさを感じ、丁重にユリアーネは断るが、半ば無理やりアニーにソファに座らされた。

 身を縮めて座るユリアーネに、変わらずニコニコとして美少女をアニーは眺める。男多めの職場において、これくらいの眼福は許されていいはずだと考える。

「ちょっと待っててください」

 と言うと、厨房へ向かっていき、なにかを伝えると、すぐに戻ってきた。

「今、作ってもらってます。ちょっとお待ちください」

 と言うと、バイト中にも関わらず対面のソファにアニーは座った。

 キョトン、としつつもユリアーネは少し間を置いて、言葉を切り出した。

「……ひとつ、お聞きしたいんですけど、えーと……」

「アニエルカ・スピラです。アニーと呼んでください」

 テーブルに手をつき、身を乗り出してアニーは自己紹介。会話できることが嬉しい。

 真っ直ぐ目を見つめ、ユリアーネは問いかける。

「アニーさん。どうしてカフェで働いているんですか?」

「え?」

 見つめられ、ドキっとしつつも、アニーは自分の未来予想図を広げる。

「ボクっスか? そりゃお店持ちたいですから。ここの店はボクが数年以内に紅茶専門店にするっス」

 と、テーブルをバンバンと叩く。

 少し笑みを浮かべ、一瞬俯いた後、ユリアーネは応援をする。

「そうなんですか。楽しみにしてます」

「へへ。ありがとうっス」

 照れながら感謝をして、思い出したように厨房へアニーは向かった。足取りは軽く、楽しそうなステップで踊るように、去っていく。気まぐれな風のようだ。

 少し空いた間に、ユリアーネはひと息つき、天井を見上げる。間接照明にのみ照らされ、華やかなカフェというよりは、少し薄暗いが雰囲気のある落ち着いたカフェ、というほうが正しい気がする。休憩というより『安らぎ』、そんな森の印象を受けた。そう考えると、入ってくるお客さんは心が疲れ、退店するお客さんは癒されて出ていくのだろうか。

 ユリアーネがそう思考を巡らせていると、急ぎ足でアニーが戻ってくる。トレーの上には、なにやら賑やかなものが乗っているようだ。

「はい、お待ちどうさまっス」