翌日は、誰もいなくなった放課後の教室で。
その翌日はばあちゃんちにたどり着く直前、とうもろこし畑の中で。
俺たちはキスをした。
天性喪失には突っ込めばいいだけなんだから、これはいらない行為なんだよなと思いながら俺は、なぜか「やめろ」ということが出来ずにいた。
原田は原田で、なにも言わない。
余計なことを喋らずにじっと俺を見つめてくるときの原田は、本当に美形だ。流されて、このままやらせてやってもいいかもな、とうっかり思ってしまう程度には。
そして金曜日。
「ん……っ、原田……、今日は、ここ……まで……っ」
放課後の橋の下、俺がそう告げると、仔猫を毛繕いする母猫みたいにざりざりと乳首を舐めていた原田は、ちょっと名残惜しそうにしつつも俺の上から離れていった。俺は草むらに横たわったまま、あられもなくめくれ上がっていたシャツを直す。
原田に撫で回され、舐め回された体には、快感の余韻と――物足りなさとが残っていた。
月曜に出会ったばかりの相手に、そんなことを感じるのは、俺が思春期だから? わからない。早いケースでは、なんと小学生のうちに天性喪失する奴もいるとも聞くけれど、今までそんなことを訊ける友だちもいなかった。
別にさせてやってもいい。女じゃないんだし。俺も元々早く天性喪失したいと思ってたんだし。
半分はそう思っているけれど、まだ踏ん切りがつかない。原田が言っていた、晴れなきゃ困る大事な用事は――日曜日か。
だとしたら今日か明日しかないわけだが、原田は原田で、どういうわけか初日のようにぐいぐい迫ったりはしてこないのだった。
どうすんだよ。頼まれてやってんのはこっちなんだから、「最後までしないのか?」なんて訊いてやるほど親切じゃないぞ、俺は。
ふっと水面に降り立った白鷺に目を奪われて面を上げると、原田と目が合った。
ずっとこっちを見ていたようだ。
やっぱり今日最後までしたかったのか? そうだよな。もし、強く望まれたら――ちらっとそんなことまで考えたのに、原田はふいと顔を背けた。
なんだ、と思いつつ、のそのそと橋の下の日陰から出る。なんとなく気まずい沈黙をお互い喉に詰まらせたまま、かんかん照りの道を家へと向かう。連日こんな調子なら、日曜だってきっと晴れだろう。
それに天候系の天性は、持って生まれた人間のメンタルに大きく左右される。
原田が雨男だったとしても、平常心を保てれば、つまりなにか特別悲しんだり動揺したりしなければ、雨が降ることはないはずなんだけど――
「あれ、なんだ?」
河原でなにか作業している人の姿が見えた。橋からは離れているから、俺と原田のことは見えなかったと思うが、少し気まずい。よく見ると、川沿いの道にも開店前の屋台のようなものがいくつか並んでいた。
「明日の花火大会の準備だな。――行くか?」
花火大会。やっと耳にしたちゃんとデートらしい単語に、俺は「行く」と答えていた。
「この村こんなに人住んでたのかよ……大丈夫か? みんなちゃんと鍵かけてきてんのか?」
こんなに総出で出払ってたら、空き巣にはパラダイスだろう。
俺の呟きに浴衣姿の原田が応じる。
「街のほうからも来るからな。天ヶ瀬のばあちゃんは?」
「婦人会の皆さんと見るってさ。なんかカラオケ大会にも出て、盛り上がったら集会所に泊まるかもって」
だから、今日だったら……というにおわせだったのに、原田は「元気だな」と笑うだけだ。
――なんだよ。
もしかして、原田の中で天性喪失のことはもうどうでもよくなったんだろうか。大事な用事とやらの予定が変わったとか?
いや、じゃあ昨日だって俺の乳首しゃぶる必要はなかったわけで。
こんな花火大会にだって、誘う必要も。
なんだ。なんでだ? っていうか、お願いされてたのはこっちなのに、なんでこんなに気を遣ってやらなきゃなんないんだ?
「俺あっち行くー! 場所取るー!」
「お兄ちゃん待ってー!」
突然駆け出してきた子供たちにぶつかられて、よろめく。俺もばあちゃんに着付けてもらって、慣れない浴衣に下駄だったから、大きくバランスを崩してしまった。
「わ――」
無様にひっくり返るのを覚悟した瞬間、原田の腕が手首を掴んだ。
この間みたいに水の中でもなかったのに、軽々と支えて立たせてくれる。
「……サンキュー」
「おう。……離れるなよ」
そろそろ打ち上げの時間が近いんだろうか。なんだか人の流れが増した気がする。原田の言葉に頷いて、流されるまま歩き出して気がついた。
手。
繋いだままだ。
――放さないのかよ。
まあ、この人ごみだし。
慣れない下駄だし。
繋いでてくれてたほうが有難いっちゃ有難い、けど。
「ちょっと曇ってるね。川風も吹いてきたみたい」
「花火ってそのほうが綺麗に見えるって言わない? 煙が流れるから。涼しいほうが見る分には楽だし」
すれ違う人が、そんなことを話しているのが耳に入った。
涼しい?
俺は今滅茶苦茶顔が暑いんだけど、なんでだ。
その翌日はばあちゃんちにたどり着く直前、とうもろこし畑の中で。
俺たちはキスをした。
天性喪失には突っ込めばいいだけなんだから、これはいらない行為なんだよなと思いながら俺は、なぜか「やめろ」ということが出来ずにいた。
原田は原田で、なにも言わない。
余計なことを喋らずにじっと俺を見つめてくるときの原田は、本当に美形だ。流されて、このままやらせてやってもいいかもな、とうっかり思ってしまう程度には。
そして金曜日。
「ん……っ、原田……、今日は、ここ……まで……っ」
放課後の橋の下、俺がそう告げると、仔猫を毛繕いする母猫みたいにざりざりと乳首を舐めていた原田は、ちょっと名残惜しそうにしつつも俺の上から離れていった。俺は草むらに横たわったまま、あられもなくめくれ上がっていたシャツを直す。
原田に撫で回され、舐め回された体には、快感の余韻と――物足りなさとが残っていた。
月曜に出会ったばかりの相手に、そんなことを感じるのは、俺が思春期だから? わからない。早いケースでは、なんと小学生のうちに天性喪失する奴もいるとも聞くけれど、今までそんなことを訊ける友だちもいなかった。
別にさせてやってもいい。女じゃないんだし。俺も元々早く天性喪失したいと思ってたんだし。
半分はそう思っているけれど、まだ踏ん切りがつかない。原田が言っていた、晴れなきゃ困る大事な用事は――日曜日か。
だとしたら今日か明日しかないわけだが、原田は原田で、どういうわけか初日のようにぐいぐい迫ったりはしてこないのだった。
どうすんだよ。頼まれてやってんのはこっちなんだから、「最後までしないのか?」なんて訊いてやるほど親切じゃないぞ、俺は。
ふっと水面に降り立った白鷺に目を奪われて面を上げると、原田と目が合った。
ずっとこっちを見ていたようだ。
やっぱり今日最後までしたかったのか? そうだよな。もし、強く望まれたら――ちらっとそんなことまで考えたのに、原田はふいと顔を背けた。
なんだ、と思いつつ、のそのそと橋の下の日陰から出る。なんとなく気まずい沈黙をお互い喉に詰まらせたまま、かんかん照りの道を家へと向かう。連日こんな調子なら、日曜だってきっと晴れだろう。
それに天候系の天性は、持って生まれた人間のメンタルに大きく左右される。
原田が雨男だったとしても、平常心を保てれば、つまりなにか特別悲しんだり動揺したりしなければ、雨が降ることはないはずなんだけど――
「あれ、なんだ?」
河原でなにか作業している人の姿が見えた。橋からは離れているから、俺と原田のことは見えなかったと思うが、少し気まずい。よく見ると、川沿いの道にも開店前の屋台のようなものがいくつか並んでいた。
「明日の花火大会の準備だな。――行くか?」
花火大会。やっと耳にしたちゃんとデートらしい単語に、俺は「行く」と答えていた。
「この村こんなに人住んでたのかよ……大丈夫か? みんなちゃんと鍵かけてきてんのか?」
こんなに総出で出払ってたら、空き巣にはパラダイスだろう。
俺の呟きに浴衣姿の原田が応じる。
「街のほうからも来るからな。天ヶ瀬のばあちゃんは?」
「婦人会の皆さんと見るってさ。なんかカラオケ大会にも出て、盛り上がったら集会所に泊まるかもって」
だから、今日だったら……というにおわせだったのに、原田は「元気だな」と笑うだけだ。
――なんだよ。
もしかして、原田の中で天性喪失のことはもうどうでもよくなったんだろうか。大事な用事とやらの予定が変わったとか?
いや、じゃあ昨日だって俺の乳首しゃぶる必要はなかったわけで。
こんな花火大会にだって、誘う必要も。
なんだ。なんでだ? っていうか、お願いされてたのはこっちなのに、なんでこんなに気を遣ってやらなきゃなんないんだ?
「俺あっち行くー! 場所取るー!」
「お兄ちゃん待ってー!」
突然駆け出してきた子供たちにぶつかられて、よろめく。俺もばあちゃんに着付けてもらって、慣れない浴衣に下駄だったから、大きくバランスを崩してしまった。
「わ――」
無様にひっくり返るのを覚悟した瞬間、原田の腕が手首を掴んだ。
この間みたいに水の中でもなかったのに、軽々と支えて立たせてくれる。
「……サンキュー」
「おう。……離れるなよ」
そろそろ打ち上げの時間が近いんだろうか。なんだか人の流れが増した気がする。原田の言葉に頷いて、流されるまま歩き出して気がついた。
手。
繋いだままだ。
――放さないのかよ。
まあ、この人ごみだし。
慣れない下駄だし。
繋いでてくれてたほうが有難いっちゃ有難い、けど。
「ちょっと曇ってるね。川風も吹いてきたみたい」
「花火ってそのほうが綺麗に見えるって言わない? 煙が流れるから。涼しいほうが見る分には楽だし」
すれ違う人が、そんなことを話しているのが耳に入った。
涼しい?
俺は今滅茶苦茶顔が暑いんだけど、なんでだ。