端的に言って人生はクソだ。齢十六歳にして俺はもうそれを知っている。

 ――でも、さすがにこれは想定してなかったよな。



「じゃあ俺とセックスしてくれ!!!!!!」



 転校初日の挨拶早々、そんなことを言われるなんて。





 俺に自己紹介を促した担任の穂高先生がおもむろにパイプ椅子から立ち上がり、教室の後ろのほうで立ち上がっている生徒に近づくと、丸めたプリントでぱこ、と頭を叩いた。

「いきなりなにを言ってるんだおまえは。――ごめんな、天ヶ瀬(あまがせ)

「いえ……一瞬この地方特有の挨拶なのかなとは思いましたけど。違ったみたいで良かった(?)です」

 素直な感想を口にすると、教室の中がどっと沸く。いやほんとに、こんなクソ田舎だから他に娯楽がなくて、性に関してあけっぴろげな風土なのかなと思っただけなんだけど。

「天ヶ瀬もたいがい面白いな……はいみんなざわざわしない。ほら原田、おまえもちゃんと謝れ」

 原田、と呼ばれた生徒は他のクラスメイトよりひときわ目立つ上背をしていた。どちらかというと小柄でおっとりしているように見える穂高先生は、見た目に反してそんないかつい生徒にも動じない性格なようだ。

「だって、先にそいつが早く天性てんせい喪失したいとか言うから――」

 そう、そいつの言う通り、俺にも責任がなくはない。十分の一くらいではあるけど。



 いつの頃からか研究が進んで、子供は皆それぞれ「天性」を持って生まれるということがわかっている。



 ここでの天性というのは、単なる学術的な呼称で、昔ながらの「なにか素晴らしい才能めいたもの」という意味ではない。

 たとえば電話が鳴っただけで相手が誰かわかる、とか。

 ご近所の奥さんの妊娠に本人より先に気がつくとか。

 そういう比較的プラスの方向のものもあれば、

 自分が乗りたいときに限っていつも遅れがちな公共バスが時間ぴったりに来て、絶対乗り遅れる、とか。

 個室はいくつもあるのに絶対にトイレットペーパーがあと一周分しかないところに入ってしまう、とか。

 調味料の小袋がこちら側のどこからも切れない、とかいうものもある。要するに「あってもなくても困らない」能力だ。

 子供時代から特に思春期の間強くなり、最初の性交と同時に喪失すると言われている。



 東京から来ました、宜しくお願いしますというテンプレの挨拶を終えたあと、誰かが訪ねた。俺の天性はなんなのかと。

「晴れ男」

 と応じたとき、ちょっと教室がざわめいた。あってもなくてもいい、時にはマイナスの要素なものもある「天性」のなかで、天候系は数が少なくてレアだとされていた。その中でも晴れ男はなんとなく上位ランクなイメージだから。 

俺はいらだちを感じて、重ねた。

「――でも、さっさと喪失したいと思ってます」と。



 天性の喪失=セックスした、ということだから、もう天性がないことを隠す女子もいる。もともとあってもなくても困らない能力だが、セックスと結びついているという、実に微妙なものなのだ。思春期の俺たちにとって。東京から来た、金髪のチャラっとした男(つまり俺)が喪失したいとちらつかせれば、多少の反応はあるだろう。

 だけど男が。そんな大声で。

「原田君は学校一の雨男だもんねー。降水確率百%」

 教室のどこからかそんな声が聞こえた。そうなのか。ただでさえ少ない気候系天性持ちの上そんな事情があれば、下品な冗談をちょっと言ってみたくなる気持ちも、まあわからなくはない。

 雨男原田はあらためて先生に促され「すみませんでした」と直立で頭を下げる。

 茶番は終わりだ。このときはそう思った。



「俺とセックスしてくれ!」

 ――放課後、下駄箱で待ち受けていた雨男・原田は馬鹿の一つ覚えのようにくり返す。

「まだ言ってんのか。彼女にさせてもらえ」

「そんなものはいない」

 原田はなぜかちょっとむっとした様子で唇を引き結んだ。

「いやおまえが不機嫌になるところか、今の流れ」

 靴を取り出しながらそう言ってやると、原田ははっと我に返って「すまん」と眉尻を下げた。悪い奴ではない……のか? 

 まあ絶望的に思慮深さは足りてないけど。

「わけあって天性喪失したいだけだから俺は。女の子に頼むのは流石に可哀想だろ」

「俺なら可哀想じゃないってわけか」

 原田はまたはっと我に返る。やっぱりあほだなこいつ、と俺は背を向けた。

「だいたい、そのうち彼女でもできて、そういうことになったら自然と消えるんだから、そんなに焦ることないだろ」

「それは……」

「なに。今度の天性中になんかあんの」

「……まあ、そんなとこだ」

 あってもなくても困らない能力とはいえ、ずっと発動するとさすがに生活に支障をきたすと神様も考えたのだろうか。天性が特に強く出る期間は限られていて、ひと月のうちの数日だ。

 周期は人によってそれぞれだった。ちなみに俺はちょっと頻発気味で、二十四日周期。ギリギリでバスに乗れない天性の奴の周期がちょうど修学旅行に当たったりすると、ちょっと気の毒だな、とは思う。

 こいつの天性は雨男。天候系の影響力はせいぜい半径一キロ程度だが――

「その用事っていつ」

「今度の日曜日。大安」

 そんな情報までいらない。っていうか今度の日曜って。すぐじゃん。

「他を当たれ」

「そこをなんとか! 先っぽだけでも!」

「おっまえ最低だな!」

「だっておまえだって早く喪失したいんだろ? ちょうどいいだろ!?」

「ちょうどいいかどうかは俺が決めるんだよ! っていうか、俺にだって選ぶ権利あんだろ! いや俺にしかないだろ!」

 強く求める男と、そうでもない俺。需要と供給のバランスでいったら完全に売り手市場なわけで。

 わかるか? と諭すように説明してやると、原田は神妙な顔つきで「わかった」と頷いた。

「つまり、させてやってもいいかって俺がおまえに思わせればいいってことだな?」

「ちが、……いや、理屈としては違わないけど、違う!」

 人の話聞いてたかおまえ。いや、聞いてはいたのか。解釈の問題か。日本語ムズカシイデス。  

 釈然としない思いがぐるぐる渦巻いてなにも言えずにいるうちに、原田は正面に回ると、やけにいい笑顔で俺の両肩をがっしりつかんだ。

「そうと決まったら早速デートだな!」

 ――なんでだよ。