「ミツ、さっきのテスト。ラストの回答って何を選んだ?」

 ざわつく教室内で高松の声が妙に大きく聞こえた。屯していた俺たちの前の席にいる三ツ井が振り返り、首を傾げる。猫っ毛の髪がさらりと揺れた。
 少しの間、見つめ合う二人は視線で会話しているようだった。

「Dを選んだよ」
「よし、オレと同じ。点数獲得」
「マジかよ、あそこDなのかよ。絶対にAだろ」

 三ツ井の回答を受け、高松はガッツポーズをした。逆に高松の隣にいた大久保は大きく項垂れ、肩を落とす。
 高松に話題を振られた三ツ井はもうすでに前を向いている。前列に居る男子生徒と会話をしていた。
 俺は高松と三ツ井の間に流れた独特な雰囲気を流せないまま、三ツ井の丸い後頭部をぼんやりと眺めた。
 「今回は、俺の勝ちだな。今度、奢れよ」「いや、まだ分からないだろ。この中で一番成績が悪いの、清原かもしれないし」。唐突に話題を振られ、俺は「へ?」と間抜けな声を漏らした。「ほら、こんな腑抜けた反応をする奴が、俺よりいい点数を取れるとは思わないね」と大久保が胸を張る。

「いや、俺、大久保には勝てる自信あるし」

 変な考えをしていたと悟られないように、俺は鼻を鳴らした。大久保が「そんなわけ無い。勝機はまだある。俺はまだ、諦めていない」と拳を天に突き上げ、仰いだ。その様子を見て、高松は短い黒髪を掻きながら、哀れんだ目で見ている。「あるといいな、勝機」とひとりごちた高松を────いや、厳密に言うと、高松の唇を見て、俺はため息を漏らす。
 どうして俺はあんな場面を目撃してしまったのだろうかと凹み、彼らの会話についていけないまま愛想笑いをした。



 三ツ井晶をミツと呼ぶのは、このクラスで────学校で高松颯斗しかいない。元々、小学校と中学校を共にしてきた二人は、幼馴染というものに分類される関係性だ。大人しい三ツ井と活発な高松。全くタイプの違う二人だが、高校生になった今でも仲が良い。
 別に、幼馴染同士が仲良くすることはおかしいことではない。けれど俺は、通常の幼馴染以上に仲良くしている二人を目の当たりにしたことがある。
 放課後、サッカー部の練習着から制服に着替え、俺は夕日が差し込む廊下を走っていた。もう殆ど人がいないそこは、やけに静かで、どこかおどろおどろしさを孕んでいる。いつもは騒がしい場所が静かなのは不気味で、不安を煽った。
 俺は机の中に忘れてしまったスマホを取りに教室へ向かっていた。グゥと鳴る腹を撫でながら今日の夕食は何かと耽る。さっさと帰りたいなと思っていた俺の耳に、呻き声のような音が聞こえた。

「ん……」

 それは、俺を恐怖の底に引き摺り込むには十分な声だった。ビクンと体を跳ねらせ、耳を澄ませる。
 その声は、とある教室から聞こえていた。そこは、いつどのように使うか分からない場所である。ドアには幾重にも重ねて貼られたステッカーがあり、一番最新のものでは「自習室」と書かれていた。
 この高校に通い始めて日は浅くないが、未だにこの教室に踏み入れたことはない。

「はっ……」

 漏れた声に、再び体を跳ねさせる。
 ────ヤバい。俺、幽霊と対面できるかもしれない。
 ドキドキと胸が高鳴った。手に汗が滲む。恐怖もさる事ながら、好奇心も頭を擡げる。
 俺は薄く開いたドアの隙間から、中を見た。

「っ!」

 目が眩むほどの橙に包まれた教室内で、少年二人が口付けを交わしていた。俺は後ろにひっくり返りそうになり、しかしなんとか足を踏ん張り、物音を立てぬようその場に留まった。
 そこには、先程まで同じサッカー部で和気藹々と練習を共にした高松と、同じクラスの三ツ井が居た。
 自習室にぽつねんと置かれた机に座った三ツ井の薄い唇に高松が舌を這わせる。三ツ井は「くすぐったいよ」と肩を震わせ、けれどまともな抵抗をしないまま、彼の舌に翻弄されていた。
 何度も唇と唇を重ね合わせ、やがて我慢ができないと言いたげに高松が三ツ井の頬に手を伸ばし、包み込んだ。「たかまつ、く……、だめ、ね、帰ってからに、しよ」と唇が離れる合間に呟く三ツ井を無視し、高松は強引に舌を捩じ込んだ。震える手で高松に縋る三ツ井の目はとろんとしていて、蠱惑的に見える。
 不意に、高松が三ツ井の制服を捲り上げ、手を入れ込んだ。見えた白い肌に、俺は無意識に唾液を嚥下した。「たかまつくん、続きは、僕の家にかえってから……」。喘ぎに似た声を漏らす。日焼けした手を、生白い手が静止する。
 「えー。俺、ノってきたところなんだけど?」「ダメ、誰が来るか、分からないでしょう」「来ねーよ。大丈夫だって」。高松の聞き慣れた楽観的な声が鼓膜を弾く。いつも友人として聞く時とはまた違う声音に、心臓が脈を打つ。
 「な? ほら……」と高松の強引さに呑まれた三ツ井を見て、そこでようやく我に返った俺は、狩人から逃れるウサギの如く、そそくさと静寂に包まれた廊下を忍び足で去る。
 全身に自分でも驚くほどの汗を滲ませ、下駄箱まで向かう。やっとまともに呼吸ができるようになった。「ひっ」。勢いよく空気を吸いこみ、咽せて咳き込んだ。頭が真っ白になる中、やけに色が濃い橙が焼き付いて離れない。
 ────なんだったんだ、あれ。
 何度も状況を整理しようと脳内で映像を再放送させる。けれど、どう辿っても同じサッカー部の高松と、彼の幼なじみである三ツ井がキスをして、それ以上の行為へ縺れ込もうとしている場面しか出てこない。
 ────俺、もしかしたらとんでもないもの見ちゃった?
 無意識に、笑みが溢れた。人間という生き物は予想外のことが起こると笑ってしまうのだなとその時、妙に実感した。



「おい、清原。何ぼーっとしてんだよ」

 声をかけられ、俺は体を大袈裟に揺らした。サッカー部の練習着を身に纏った大久保が、腕を組んだまま俺を見つめている。ポカンと口を開けた。

「え? 俺?」
「お前以外に、誰がいるんだよ。なに考えてたんだ?」

 揶揄うように言われ、肘で体を突かれる。高松と三ツ井のいけない場面を思い出して上の空になっていただなんて口が裂けても言えない俺は、無理に口角を上げて微笑んでみた。
 「ごめん、ちょっと考え事してた」と後頭部を乱暴に掻きながら頬を引き攣らせる。大久保は「ちゃんとストレッチしろよな」と言い、アキレス腱を伸ばしている。
 ふと、高松へ視線を投げる。彼も同様、サッカー部の練習着を身に纏っていた。ストレッチを終えた彼は、どこかを見つめている。視線の先を辿ると、彼は校舎を見上げていた。
 窓辺にいる黒髪の猫っ毛を発見し、一気に身体中の体温が上がる。
 ────自習室だ。
 そこは、自習室だった。顔を覗かせているのは紛れも無く三ツ井である。そうか、いつも彼はあそこから高松の様子を眺めていたのか。そう理解し、一人で頷きそうになる。

「おい、清原」

 大久保の声に、俺は返事をした。彼らの関係を覗き見していたとバレたくなくて、大袈裟に振り返る。「ウォーミングアップするぞ」と言われ、彼が蹴ったボールを足で捉えた。
 脳裏に微かによぎったあの日の光景をかき消すように、俺はかぶりを振った。



 部活が終わると同時に、高松はいそいそと着替えを始め、部室を流れるように去った。俺はその背中を見て、慌てて練習着を脱ぎ捨て、制服の袖へ腕を通す。「じゃあまた明日」と部員と目も合わすことなく立ち去り、外へ出る。遠くにいる高松を捉え、その後をバレないように追った。
 ────別に、興味があるわけじゃない。
 単純に、彼が何処へ行くのか気になっただけだ。あの二人の逢瀬を覗き見しようだなんて、そんな悪趣味が心の中で疼いているわけじゃない。
 自分を正当化するかの如く言い聞かせ、陰に隠れながら唇を舐めた。
 案の定、彼は自習室へ向かった。ガラガラとドアを開け、中へ入る。俺も一つ間を置いて、こそこそとドアの前まで近寄った。

「お待たせ」

 聞こえてきたのは甘ったるい声だ。俺は目を見開き、間抜けに口を開いた。その声の主が高松だと知り、驚愕した。友人の初めて聞く声色に、何処かムズムズとした感覚を抱く。

「お疲れさま、高松くん。じゃ、帰ろうか」
「えぇ、良いじゃん。ちょっと、キスして」

 高松が唇を尖らせ、三ツ井の顎を掴む。唇同士を合わせ、何度も喰む高松に「もう」と呆れ、眉を八の字にして拒む三ツ井は、しかしさほど困っていないように見えた。
 目を細め、愛しげに高松の制服に縋る三ツ井に目が釘付けになった。

「ん、っ……ダメだって、ば、もう……」

 口を離すと、唾液の糸が引いていた。淫猥な光景は、哀愁が漂う夕陽に包まれた教室とミスマッチしている。
 高松は三ツ井の首筋に舌を這わせた。同時に、三ツ井の指先が跳ねる。「あっ」「声、我慢すんなよ」。戯れ合う二人は、この世界から切り取られたかのようだ。

「好きだ、ミツ」

 高松の目は、愛おしげに三ツ井を見つめている。砂糖のように甘く、それでいて猛毒のように射るその瞳に応えるように、三ツ井が彼の首に腕を回し、抱きしめた。

「知ってるよ」

 食い入るように見ていた俺の首筋に、汗がだらりと滲む。カラカラに乾いた喉に、無理やり唾液を送り込んだ。
 二人はそのまま強く抱きしめ合い、時折キスをしている。
 ────このまま見続けていたら。
 二人は何処までするのだろうか。いや、俺が知りたいのはそこじゃない。二人は「何処」までする仲なのだろうか。
 頭の奥がぼんやりと痺れる。男同士の行為なんて、見たことない。でも、どうやるかは知っている。二人が絡み合う姿を想像し、目の前が霞んだ。

「あ、っ、だめっ」

 三ツ井の上擦った声で、ブレていた視界がハッキリとする。彼らは今にも行為を始めてしまいそうな勢いだ。高松がシャツの中に手を入れ、三ツ井の耳をべろりと舐めた。「あっ、たかまつ、くんっ!」。三ツ井が目をとろんとさせた。
 俺は思わず前のめりになる。

「っ!」

 不意に、目が合った。三ツ井が、こちらを見ていた。黒い瞳をまん丸とさせ、隙間から覗いている俺を凝視している。三ツ井の驚き具合と同様、俺もその場から動けないほど、驚いていた。心臓が一突きされたようにドクンと跳ね、後ろに尻餅をつきかける。しかし、音を立ててはいけないという無意識の考えがそれを拒んだ。
 三ツ井は声を上げることもなく、高松からの愛撫を受けている。ここで声を上げたら、高松にバレると思ったのだろう、彼は口を噤み、顔を青ざめさせていた。

「……ミツ? どうした?」

 声を漏らさない三ツ井を不審がった高松が、顔を覗き込んだ。三ツ井が「あ、えっと、べ、別に……」と歯切れの悪い返事をしたと同時に、俺は弾けるようにその場から走り去った。
 ────見られた、見られた、見られた。
 いや……これは、互いにそう思っているに違いない。
 三ツ井は行為をしている場面を見られたと思っているし、俺は覗き見しているところを見られたと思っている。
 ────いや、しかし。
 忙しなく動かしていた足をゆっくりと止める。
 あの隙間から覗いていたことが、果たしてバレるのだろうか。目だけが出ているのだ。誰か、判断もできないはずだ。そう考えると、激しく脈を打っていた心臓が穏やかになる。
 そうだ、バレないさ。バレない。俺だって、バレるわけ、ないさ。

「はぁ……」

 なんで覗き見なんかしてしまったのだろうか。俺はどうしようもない後悔の念に襲われ、がくりと肩を落とした。



「清原くん。ちょっといいかな」

 次の日。朝の教室。三ツ井に呼び止められ、俺は体を揺らせた。ぎこちない笑みを貼り付け「なに?」と聞いてみる。彼が今から話す内容を全部知っているにも関わらず、道化師を演じるのはあまりにも滑稽だ。

「話があって」

 「は? ウルセェよ朝からダルいな。俺はそれどころじゃないんだよ」と返したいのは山々だったが、舌が回らなかった。俺は歪に口角を歪ませ「わかった」と返した。
 朝礼まで、時間がある。時計を確認し、俺は憂鬱な気持ちになった。教室から出ていく三ツ井の背中を眺め、深呼吸をする。
 不意に視線を感じた。きっと高松だ。じっとりと絡みつく眼差しを振り払うように、小走りでその場を去る。
 廊下を抜け、男子トイレまで向かう。そこはやけに静かで、朝のピンと張った空気を孕んでいた。
 「呼び出して、ごめんね」と頭を下げて謝る三ツ井に申し訳なくなった。昨日のことだろうと腹を括り、しかし俺には突破口があるのだと内心で強がる。

「昨日、自習室に来た?」

 そう問われると分かっていたのに、全身に汗をかいた。「あー……」と間の抜けた声を漏らし、唇を舐める。

「なんで?」
「……清原くんらしき人を見かけて」
「は? お、俺、いなかったけど?」
「……清原くんは、目元が特徴的だから……そうか、清原くんじゃ、ないのか……」

 隙間から出ているのは目だけだ。だからバレない。そう思っていた俺は予想外の言葉に固まってしまった。パッと真横にある男子トイレの鏡を見てみる。いつも見ている目元に、なんら違和感はなかった。

「清原くんは切れ目で、右目の下に、ホクロが三つあるから────」

 ホクロが三つ。そんなこと言われるまで、気にしたことがなかった。目を凝らすと、確かに三つある。それも縦に並んで。まるで夜空に浮かぶ星座のようだ。
 もしこの目元が隙間から見えていたとしたら、俺だと確信するのも頷ける。
 乾いた笑いを漏らしながら、後頭部を掻く。「アッハハ、そ、そうか。俺に、似た目元のやつが、この学校には、いるのかも、なぁ」と下手な笑い声をあげた。ぎこちない動きは、まるで長年使われていない機械仕掛けの人形のようだ。自分の滑稽さに恥ずかしさを覚えつつ、三ツ井を見る。彼は申し訳なさそうに俯き「勘違いだった、ごめんね」と謝罪した。

「でも、もし。昨日の光景を覗き見していたのが、清原くんだったら」

 途端、彼がぐいと俺に接近する。鼻先が触れ合うほどに近づいた俺たちの間に、言い表せないような緊張感が走った。

「……黙っていて欲しいな」

 彼の目は、真剣そのものだった。焦りを滲ませた表情に、ゾクリとした何かが背筋を駆ける。

「彼を誘惑したのは僕だし、彼にああいう行為をして欲しいと強請ったのも僕だ。全部、僕がやった。だから、お願い。もし、あの光景を見ていたのなら。黙っててほしい。もし言いふらすのなら、全て僕の責任にして欲しい」

 「高松くんは、何も悪くないんだ」。三ツ井の真剣な声音が、静かなトイレ内に響く。二人の呼吸音が、妙にうるさく感じた。

「僕が、無理やり誘ったんだ」

 ────嘘だ。
 俺は、二人の関係性を深く知らない。幼馴染で、ちょっと人には言えない関係性で。そのくらいしか、知らない。
 けれど、三ツ井の発言は嘘だと見抜けた。だって、彼らは相思相愛に見えた。
 いや、更に言うなら────多分、高松の愛の方が重いに違いない。
 そんな彼らの関係は、他人である俺からも見て汲み取れた。自習室で行われていたあの行為の最中、高松の目は愛に満ちていた。呟く言葉は本物だったし、孕む空気は長年愛し合っている恋人さながらだった。
 だからこそ、三ツ井が放った「無理やり」という言葉が虚言だと理解できた。
 ────好きなんだなぁ。
 高松を好きだからこそ、同級生同士で行っていた行為を噂されて、立場を悪くしたくないのだろう。
 三ツ井は、ひたすらに彼を守りたいのだ。
 その献身的な行動に、何故か胸がぎゅうと締め付けられた。同時に、目の前にいる男がひどく色っぽく、性的に見えた。
 ────何を、考えてるんだろう俺。

「……あ、あっそ。別に俺、覗き見なんてしてないし。お前の間違いだろ。話は、それだけ?」
「うん」

 三ツ井がこくりと頷く。彼の瞳は、まだ疑心に満ちていた。俺はため息を漏らし、腰に手を当て目を伏せる。

「例え、何かを見てたとしても、言いふらさないって。俺のこと、信じろよ」

 その言葉に、三ツ井が「ありがとう」と呟いた。唇の動きが蠱惑的で、自習室で見た光景がフラッシュバックする。夕陽に包まれた二人。重なる唇。何度も絡まる舌と短い喘ぎ────。

「……清原くん、大丈夫?」

 三ツ井の声で我に返る。俺は何を考えてるんだ、と恥ずかしくなり「朝礼が始まるから、早く帰ろう」と促した。浅く頷き、踵を返した三ツ井の背中を追う。まだ騒がしい教室へ入るなり、まるでヘドロのようでマグマのような視線が纏わり付いた。
 高松へ視線を投げると、彼がじっと俺を見ていた。やがて席を立ち、こちらへ近づいてくる。

「……どこに行ってたんだ?」
「あ、あぁ……」

 短いとはいえ常日頃一緒にいる友人。そんな彼の嫉妬に焦がれた声音を初めて聞き、俺は狼狽えた。言葉ひとつひとつに鋭い棘があり、俺は呑み込むのさえ一苦労である。
 ────言い訳をしたら、後で厄介だな。
 グッと唇を噛み、頭をフル回転させた。

「……いやさぁ、三ツ井に勉強教えてくれって頼んだんだよ。ほら、アイツって頭いいじゃん? だから、時間ある時に指導してくれないかって」

 高松が片眉を上げた。「ふぅん」と平然な声を漏らしたが、どうも腑に落ちていない様子だった。
 やがてニコッといつも通りの笑顔を見せ、肩を叩く。

「じゃ、俺も一緒に習おうかな」
「え……」
「実は、俺もテスト期間前は必ずアイツの家で予習するんだよ」

 語尾を強めながら語る高松は、まるでマウントをとっているようだった。俺の方が三ツ井と深い仲なんだぞと言いたげな目に、狼狽える。
 別に俺は三ツ井のことが好きじゃないから嫉妬はしない。高松がテスト前に三ツ井の家で勉強してようが、知ったこっちゃない。
 けれど彼は、まるで釘を刺すかの如く、そう告げた。

「ミツは教えるのが上手いからなぁ。小学生の頃から、そうなんだよ。多分、アイツは教師にむいてると思うんだよなぁ」

 アハハと笑った彼は近くにあった机に座り、足を組んだ。自慢げに三ツ井について語る高松が目を細め「ミツ、英語だけは苦手だから、そこは勘弁してやってくれ」と歯を見せる。俺はうまく笑えずに頬を引き攣らせた。
 ────ヤバい、嫉妬の対象にされている。
 高松の「らしくない」一面を目の当たりにして、俺は動揺した。普段は三ツ井のことを語らないのに、俺が三ツ井に触れた途端に、流暢に彼の話をする。そんな高松がちょっと恐ろしかった。
 不意に三ツ井へ視線を投げる。彼は俺たちの間に流れる微妙な空気に気がつくことなく、友人と戯れていた。

「どうした? ミツに興味でもあんの?」

 高松にそう言われ、俺は弾けたように顔を元の位置に戻した。高松は口元を孤にしているが、目は笑っていない。
 視線を遣っただけでこんな反応をされると思っていなかった俺は、肩を竦めて笑った。

「いや、別に……」
「……そっか。じゃ、大久保も誘って、次のテストでいい結果を出そうぜ」

 やけに明るい声でそう言われ、肩を組まれる。「な? 頑張ろうぜ」と目が笑っていない高松に言われ、俺はこんなことになるなら覗き見なんかするんじゃなかった、二人の関係を知るべきではなかった、と後悔した。