*蒼視点


「あっ……」

 そう言いながら優香ちゃんは顔を逆側に向けた。明らかな拒否反応だ。

 今、無意識に優香ちゃんの顔に自分の顔を近づけすぎて……優香ちゃんを怖がらせてしまったっぽい。
 
「ご、ごめん」
「う、うん。大丈夫」

 優香ちゃんの表情は歪んでいて、大丈夫そうではない。こんな繊細そうな女の子を怖がらせてしまうなんてと、ものすごく反省をした。

 ちょっと気まずい空気が流れていたけれど、少し経つと優香ちゃんのおばあさんがこっちにやってきた。

「ゆう、足湯気持ちいかい?」
「うん。ばあちゃんも入ってみな?」
「長いズボン履いてるけど大丈夫かな?」

 優香ちゃんのおばあさんが首を傾げている。優香ちゃんは自分の足を持ってきていたタオルで拭くと、おばあさんの足元にしゃがんだ。そして「こうしたらいいよ」と言いながらズボンの裾を折ってあげていた。

 優香ちゃんは柔らかい表情に戻っていて、俺は安堵する。

「はい、出来た!」
「ゆう、ありがとね」

 おばあさんがお湯に足を入れると、それを確認した優香ちゃんも再び足を入れた。

「ゆう、これ気持ちいいね」
「でしょ? 今日来てよかったね。また来ようね!」

 満面な笑みでおばあさんを見つめる優香ちゃん。咲良に対してもだけど、この子は誰にでも優しいんだな。

 その笑みを、俺にも向けて欲しい――。


 帰り道は、あっという間に優香ちゃんの家に着いてしまった。

 優香ちゃんたちを家まで送ったあとも、もっと一緒にいたかった。おばあさんは先に家に入っていく。

「今日はありがとう、またね」
「優香ちゃん……」

 優香ちゃんが家に入る直前に、呼び止めてみたけれど。特に何も話すことは無いから「じゃあ、また」と、彼女に背を向けた。

「あ、そうだ! ちょっと、玄関で待ってて?」と後ろから声がして再び振り向いた。玄関に入って待っている間、白くて小さな犬が足元に来て、クンクンと俺の足の匂いを嗅ぎだす。

 この犬、優香ちゃんみたいに白くて顔立ちがはっきりしていて、可愛いな。

 犬の頭を撫でていると、ピンクのリボンで入口が結ばれている、水色の小さな袋を持って優香ちゃんは戻ってきた。

「あのね、これ、プレゼント。ひょう花に連れていってくれたお礼」
「お礼なんて……」
「こういうの、迷惑だったかな? ごめんね」

 プレゼントを胸元で抱きしめながら、うつむく優香ちゃん。

「……いや、ありがとう」

 優香ちゃんからのプレゼント、迷惑なわけがない。嬉しすぎる。手を伸ばすと、優香ちゃんからプレゼントを受け取った。

「本当にありがとう。じゃあ、また」
「うん、こっちこそありがとう! ばいばい」

 優香ちゃんは小さく手を振った。

「あ、あの優香ちゃん! また一緒に……ひょう花に行きたい!」
「うん、行こう」

 優香ちゃんは笑顔でうなずいてくれた。
 
「じゃ、ばいばい」
「帰り道、気をつけてね!」

 また一緒に足湯に入れることと、プレゼントの嬉しさで、自分の笑顔が鳴り止まない。

 帰りにプレゼントの中を覗くと、チーズ味のスナック菓子ふたつとひんやりする飴、咲良の好きなグミが入っていた。

 このスナック菓子の小袋は、こないだ食品表示の欄を店で読んでたやつだ。

 ひとりになると、ひょう花で過ごした時間を思い出す。優香ちゃんは足湯を気に入ってくれたみたいだ。

 誘ってみてよかった。

 人の気持ちとか、正直あまり気にならない。けれど、優香ちゃんに関してのことだけは些細なことでも気になる。

 今日もまた、優香ちゃんが俺の心の奥に入ってくる。日に日に奥へ。

 優香ちゃんと駄菓子屋で初めて出会った時。その瞬間から、優香ちゃんが頭の中から離れなくなった。こうしてどんどん優香ちゃんを知るほど俺は、優香ちゃんのことを――。

 その気持ちは、本を読んでも得られない。
 その気持ちは、優香ちゃんにしか感じない。

 特別な感情だ。
 これは多分、恋だろう。

――生まれて初めての恋。

 見上げると、空の星は満開。