そんなこんなで季節は本格的な夏。気温は連日30度を超え、幼児連れでの外遊びはつらくなってきた。涼しくなるまで公園遊びはお休みにしようか、湯ノ原と2人でそんな話をした数日後のこと。
「おにいちゃん。さとくんの誕生日、しってる?」
リビングテーブルでお絵描きをしながら、心春が尋ねてきた。
「んー……知らない」
「ともだちなのに知らないの? こはるはおともだちの誕生日、ぜんぶおぼえてるよ」
「高校生にもなると、友達の誕生日なんてあんまり気にしないからなぁ……」
俺はスマホの連絡先アプリを起動してみた。もし湯ノ原がアプリに誕生日を登録していれば、本人に聞かなくてもわかると思ったからだ。
湯ノ原のプロフィール画面を開く。しばらく試行錯誤したあと、ようやく誕生日の項目を見つけ、そして驚愕した。
「心晴! さとくん、明日が誕生日だ!」
「え!」
心晴はぴょこんと飛び上がった。
案の定、それから先は大変なことになってしまった。心晴は湯ノ原に誕生日プレゼントをあげるのだと言い、だからといって今から買い物には出かけられない。クッキーでも作ろうかという案も出たが、冷蔵庫にバターが少ししかない。
そこで最終的に、手紙と折り紙を渡そうという話でまとまったのだが、5歳の心春はそこまで折り紙が上手じゃない。「さとくんに、お花をいっぱいあげたいの」という心春の願いを叶えるべく、俺は夜なべして折り紙を折る羽目になったのであった。(心春は早々に寝た)
「おはよー」
「おはよー。朝から暑いな」
教室の中にさわやかな朝の挨拶が飛び交う中、俺はぐったりと机につっぷしていた。可愛い妹の願いを叶えるべく、延々と花を折り続けた俺の本日の睡眠時間は約3時間。日付を超えたあたりで見切りをつけて寝れば良かったんだけど、作り始めると妙にこだわってしまったのだ。そうしてできあがったのは「よくこんな凄いの作ったわね」と母親を驚愕させた超大作。
なんで俺、こんなに頑張っちゃったんだろね。
俺がうとうとと微睡み始めたところで、にわかに教室が賑やかになった。湯ノ原が教室に入ってきたのだ。
「湯ノ原、誕生日おめー!」
「おめっとー。昼休みに購買で好きな物買ってやるぜ!」
「ありがとー」
さすが、人気者の陽キャは違うぜ。俺はうたたね半分で湯ノ原の様子をうかがった。クラスメイトたちから祝いの言葉を浴びせられ、お菓子や飲み物のプレゼント攻撃。中には丁寧に包装された本気度の高いプレゼントもある。俺の誕生日なんて、橘と林田がコンビニ菓子をくれて終わりなのにな。
俺は机の中に手を突っ込んで、大作の折り紙に触れた。大半は俺が作ったとはいえ、心晴からのプレゼントなのだから、何としても今日中に渡さないと。
でもこんな目立つ物をどうやって渡せばいいんだろう?
悩んだ末、俺は湯ノ原を呼び出すことにした。昼休みに呼び出しては迷惑がかかるから、指定時刻は2限と3限のあいだ。「2限後、屋上階段」授業中に送ったメッセージにはすぐに既読がついた。
2限の数学が終わったあと、俺が約束の場所へと向かうと、30秒と経たずに湯ノ原がやってきた。柏台高等学校の校舎には屋上があるが、生徒は立ち入ることができない。会議用のパイプ椅子が置かれただけの空間に、めったに人はやってこない。
「よ、佐倉」
そう挨拶をする湯ノ原は、心なしか緊張した様子だ。
「湯ノ原、誕生日おめでとう。これ心春からのプレゼント。目立つから教室では渡せなくて、わざわざ呼び出して悪いな」
一息で言い切って、後ろ手に隠していたプレゼントを手渡した。水色の大きな画用紙に、赤とピンクのバラの花をこれでもかと貼りつけた超大作。『さとくん、たんじょうびおめでとう。またこうえんであそぼうね』と可愛らしい心春のメッセージつきだ。
気合いが入り過ぎて引かれるかとも思ったが、湯ノ原は嬉しそうに目を細めた。
「これ、もしかして佐倉が作った?」
「俺は心春ができないところを手伝っただけ。メインは心春、俺は補助」
とフォローを入れてみたものの、プレゼントのレベルは幼稚園児の工作をはるかに超えている。俺が頑張っちゃったことは火を見るよりも明らかだ。
「ふーん……」
湯ノ原がにやけ顔のまま動かなくなってしまったので、俺は強めにツッコミをいれた。
「心晴の字を見てニヤニヤすんじゃねぇ。通報すんぞ」
「字じゃなくて折り紙の方を見てたんだけど」
「同じことだわ」
何にせよすべきことは終わったので、俺は教室に戻ることにした。2限と3限のあいだの休み時間は10分間。次の授業の準備もしなければならないから、のんびりしている暇はなかった。
「じゃあ、用はそれだけだから――」
「あ、佐倉」
「何?」
「えーと……もし良ければなんだけど、さ」
湯ノ原にしては珍しく言い淀んだ。
「……次の日曜、遊びにいかない?」
俺はさらっと返事を返した。
「涼しくなるまで公園遊びはお休みしよう、ってこないだ話したばっかだろ」
「いや、公園じゃなくてさ……」
「あ、児童館的な?」
「いや……」
湯ノ原は不自然に視線を泳がせた。こんなにすっきりしない湯ノ原は初めて見た。いつでも誰に対しても、清々しいくらいはっきりした物言いをするやつなのに。
やがて、決意を固めた表情で湯ノ原は言った。
「俺と、佐倉の2人で、どこかに遊びに行きませんか」
「…………何で?」
しかし湯ノ原の決意の方向がわからなかったので、俺は思わず聞き返してしまった。
湯ノ原は明らかに動揺した。聞き返されることは想定していなかった感じだ。なんかすまん。でも俺と湯ノ原はそういう関係じゃないと思うんだよな。心晴と朝陽くんありきの関係というか。普通の友人関係とは一味ちがうというか。
あー……と湯ノ原がうなった。ガシガシと頭を掻いて言葉を探している。やがて、気のせいか少し投げやりな口調で言った。
「心晴ちゃんに、誕生日プレゼントのお返しを買いたいからさ。ついてきて助言してほしいんだけど」
「あ、そういうこと? オッケー」
そういう事情なら、と快諾。心晴のためと前置きをされれば、俺に誘いを断る理由はないのだ。
こうして次の日曜日、俺と湯ノ原は2人きりで外出することになった。
「おにいちゃん。さとくんの誕生日、しってる?」
リビングテーブルでお絵描きをしながら、心春が尋ねてきた。
「んー……知らない」
「ともだちなのに知らないの? こはるはおともだちの誕生日、ぜんぶおぼえてるよ」
「高校生にもなると、友達の誕生日なんてあんまり気にしないからなぁ……」
俺はスマホの連絡先アプリを起動してみた。もし湯ノ原がアプリに誕生日を登録していれば、本人に聞かなくてもわかると思ったからだ。
湯ノ原のプロフィール画面を開く。しばらく試行錯誤したあと、ようやく誕生日の項目を見つけ、そして驚愕した。
「心晴! さとくん、明日が誕生日だ!」
「え!」
心晴はぴょこんと飛び上がった。
案の定、それから先は大変なことになってしまった。心晴は湯ノ原に誕生日プレゼントをあげるのだと言い、だからといって今から買い物には出かけられない。クッキーでも作ろうかという案も出たが、冷蔵庫にバターが少ししかない。
そこで最終的に、手紙と折り紙を渡そうという話でまとまったのだが、5歳の心春はそこまで折り紙が上手じゃない。「さとくんに、お花をいっぱいあげたいの」という心春の願いを叶えるべく、俺は夜なべして折り紙を折る羽目になったのであった。(心春は早々に寝た)
「おはよー」
「おはよー。朝から暑いな」
教室の中にさわやかな朝の挨拶が飛び交う中、俺はぐったりと机につっぷしていた。可愛い妹の願いを叶えるべく、延々と花を折り続けた俺の本日の睡眠時間は約3時間。日付を超えたあたりで見切りをつけて寝れば良かったんだけど、作り始めると妙にこだわってしまったのだ。そうしてできあがったのは「よくこんな凄いの作ったわね」と母親を驚愕させた超大作。
なんで俺、こんなに頑張っちゃったんだろね。
俺がうとうとと微睡み始めたところで、にわかに教室が賑やかになった。湯ノ原が教室に入ってきたのだ。
「湯ノ原、誕生日おめー!」
「おめっとー。昼休みに購買で好きな物買ってやるぜ!」
「ありがとー」
さすが、人気者の陽キャは違うぜ。俺はうたたね半分で湯ノ原の様子をうかがった。クラスメイトたちから祝いの言葉を浴びせられ、お菓子や飲み物のプレゼント攻撃。中には丁寧に包装された本気度の高いプレゼントもある。俺の誕生日なんて、橘と林田がコンビニ菓子をくれて終わりなのにな。
俺は机の中に手を突っ込んで、大作の折り紙に触れた。大半は俺が作ったとはいえ、心晴からのプレゼントなのだから、何としても今日中に渡さないと。
でもこんな目立つ物をどうやって渡せばいいんだろう?
悩んだ末、俺は湯ノ原を呼び出すことにした。昼休みに呼び出しては迷惑がかかるから、指定時刻は2限と3限のあいだ。「2限後、屋上階段」授業中に送ったメッセージにはすぐに既読がついた。
2限の数学が終わったあと、俺が約束の場所へと向かうと、30秒と経たずに湯ノ原がやってきた。柏台高等学校の校舎には屋上があるが、生徒は立ち入ることができない。会議用のパイプ椅子が置かれただけの空間に、めったに人はやってこない。
「よ、佐倉」
そう挨拶をする湯ノ原は、心なしか緊張した様子だ。
「湯ノ原、誕生日おめでとう。これ心春からのプレゼント。目立つから教室では渡せなくて、わざわざ呼び出して悪いな」
一息で言い切って、後ろ手に隠していたプレゼントを手渡した。水色の大きな画用紙に、赤とピンクのバラの花をこれでもかと貼りつけた超大作。『さとくん、たんじょうびおめでとう。またこうえんであそぼうね』と可愛らしい心春のメッセージつきだ。
気合いが入り過ぎて引かれるかとも思ったが、湯ノ原は嬉しそうに目を細めた。
「これ、もしかして佐倉が作った?」
「俺は心春ができないところを手伝っただけ。メインは心春、俺は補助」
とフォローを入れてみたものの、プレゼントのレベルは幼稚園児の工作をはるかに超えている。俺が頑張っちゃったことは火を見るよりも明らかだ。
「ふーん……」
湯ノ原がにやけ顔のまま動かなくなってしまったので、俺は強めにツッコミをいれた。
「心晴の字を見てニヤニヤすんじゃねぇ。通報すんぞ」
「字じゃなくて折り紙の方を見てたんだけど」
「同じことだわ」
何にせよすべきことは終わったので、俺は教室に戻ることにした。2限と3限のあいだの休み時間は10分間。次の授業の準備もしなければならないから、のんびりしている暇はなかった。
「じゃあ、用はそれだけだから――」
「あ、佐倉」
「何?」
「えーと……もし良ければなんだけど、さ」
湯ノ原にしては珍しく言い淀んだ。
「……次の日曜、遊びにいかない?」
俺はさらっと返事を返した。
「涼しくなるまで公園遊びはお休みしよう、ってこないだ話したばっかだろ」
「いや、公園じゃなくてさ……」
「あ、児童館的な?」
「いや……」
湯ノ原は不自然に視線を泳がせた。こんなにすっきりしない湯ノ原は初めて見た。いつでも誰に対しても、清々しいくらいはっきりした物言いをするやつなのに。
やがて、決意を固めた表情で湯ノ原は言った。
「俺と、佐倉の2人で、どこかに遊びに行きませんか」
「…………何で?」
しかし湯ノ原の決意の方向がわからなかったので、俺は思わず聞き返してしまった。
湯ノ原は明らかに動揺した。聞き返されることは想定していなかった感じだ。なんかすまん。でも俺と湯ノ原はそういう関係じゃないと思うんだよな。心晴と朝陽くんありきの関係というか。普通の友人関係とは一味ちがうというか。
あー……と湯ノ原がうなった。ガシガシと頭を掻いて言葉を探している。やがて、気のせいか少し投げやりな口調で言った。
「心晴ちゃんに、誕生日プレゼントのお返しを買いたいからさ。ついてきて助言してほしいんだけど」
「あ、そういうこと? オッケー」
そういう事情なら、と快諾。心晴のためと前置きをされれば、俺に誘いを断る理由はないのだ。
こうして次の日曜日、俺と湯ノ原は2人きりで外出することになった。