公園遊びは日曜日の恒例行事となった。朝の9時ごろに集合し、ブランコや砂場で遊び、11時には解散。湯ノ原の義父が同伴することもあれば、俺の母親が買い物がてら顔を出すこともある。そんなこんなで、俺と湯ノ原は家族ぐるみで仲良くなっていった。
湯ノ原を心晴の初恋相手として認めたわけじゃないぞ、そこは勘違いしないでくれ。ただ湯ノ原と遊んでいると心晴は楽しそうだし、湯ノ原にその気がないのなら公園で遊ぶくらいいいかなって。そう割り切っただけだ。
「今日の体育は体力テストをするぞー。記録係が必要だから、ペアになってくれ」
体育教師の指示を聞き、体育館はさわさわと騒がしくなった。俺と橘と林田も、誰ともなく顔を見合わせた。体育の授業では何かとペアを作らされることが多い。例えばバスケのパス練とか、キャッチボールとか、ストレッチとか。俺たちのような奇数の陰キャグループにとってはつらい時間だ。
「誰と誰が組む?」
「体格的には俺と林田がペアじゃね?」
「体力テストに体格は関係ないだろ」
そんなやりとりをしていると、俺の背後に湯ノ原がにゅっと顔を出した。
「佐倉、俺と組もうぜ」
「え、俺?」
「1人足りないんだろ?」
1人『余ってる』んじゃなくて、『足りない』という言い方をしてくれるあたりが湯ノ原らしいなと思ってしまった。
「俺と湯ノ原じゃ体格違いすぎない?」
「体力テストに体格は関係ないってさっき言ってたじゃん」
「運動能力に差がありすぎて俺のメンタルがやられる……」
「そこは頑張れ」
俺はまごまごと言い訳をするけれど、結局、湯ノ原と組むことになってしまった。橘と林田は俺と湯ノ原が公園友達だということを知っているから、あえて止めようともしない。湯ノ原の友人たちも、湯ノ原が陰キャな俺に構っていることを気にかけた様子もない。
公園遊びが恒例行事になってからというもの、俺と湯ノ原は教室内でも一緒にいる機会が増えたから、そんなものだと認識されているのだろう。ありがたいような、そうでもないような。
体育教師から記録用紙を受け取ったところで、体力テストが始まった。体育館のあちこちに置かれた測定ポイントをまわり、それぞれの結果を用紙に記入していくスタイルだ。ペアを作らされたのは記録係兼不正防止というところだろう。
「初めにどこ行く?」
俺が尋ねると、湯ノ原は体育館のはしっこを指さした。
「一番疲れるやつ終わらそうぜ。20mシャトルラン」
「俺は疲れる前に離脱するから疲れないけどな」
「テストなんだから少しは頑張れよ」
シャトルラン、立ち幅跳び、ハンドボール投げ、長座体前屈と順調にテストをこなしていった。残された種目は上体起こし(いわゆる腹筋)だけだ。
厳正な協議の結果、俺が先に測定をすることになったので、体育マットの上に膝をたてて座り込む。ストップウォッチを持った湯ノ原がつまさきにのる。そうやって押さえてもらわないと、足が浮いてしまって腹筋ができないからだ。
ベストポジションを模索する俺と湯ノ原に、クラスメイトが話しかけてきた。
「湯ノ原、佐倉。あとなに残ってんの?」
話しかけてきたのは俺のよく知らないクラスメイトだったので、湯ノ原が返事をした。
「上体起こしで最後。そっちは?」
「シャトルラン」
「めんどいの残してんな」
「湯ノ原、シャトルランどこまで行った?」
「114」
「やば。学年トップじゃね?」
「いや、全然。陸部のやつら、普通に120超えてるし」
「さすがの湯ノ原も本業には適わねぇか」
2人で笑ったあと、クラスメイトの視線は俺に方へと向いた。
「佐倉は?」
「……50」
「50? 湯ノ原の半分以下じゃん」
クラスメイトの声は軽い調子だったが、俺はいたたまれなくなって視線を逸らした。
こうして一緒に体力テストをしていると、湯ノ原は別の世界の住人なのだということを痛感した。握力でも、立ち幅跳びでも、ボール投げでも、すべての種目で俺のはるか上をいく。まぐれで一種目くらい勝てないかな、と思ったがまるでダメだった。
加えて湯ノ原はイケメンで、社交性も高い。公園遊びのたびにブランコに付き合わされても嫌な顔一つせず、それどころか気の利いた飲み物や菓子で子ども心をわしづかみ。すみっこぐらしのカード付きお菓子をもらったときの心晴のはしゃぎようと言ったら。『さとくん、ありがと♡』と湯ノ原のほっぺにチューなんぞするもんだから俺は発狂した。
湯ノ原とクラスメイトの会話はまだ続いていた。周囲には、ちらほらと計測を終えたペアの姿もある。さすがにそろそろおしゃべりを終わりにしてほしいと思い、俺は思い切って湯ノ原を呼んだ。
「さとくん。そろそろ――……あ」
違う、さとくんじゃねぇ。湯ノ原だ湯ノ原。心晴のことを考えていたせいで盛大に間違えた。
やっちまったと湯ノ原の方を見れば、見るからに嬉しそうな顔。
「何々、なんで急に名前呼び?」
「あの……ま、間違えたっ……」
「別に間違ってはいないだろ。いーよ、さとくんって呼んでも」
「呼ばねぇ!」
「俺も涼って呼ぼうか?」
「呼ぶな!」
わいわいと言い合いを始めた俺と湯ノ原の頭上に、クラスメイトの冷やかし声が降り注いだ。
「いちゃついてないで腹筋しろー」
いちゃついてねぇわ!
湯ノ原を心晴の初恋相手として認めたわけじゃないぞ、そこは勘違いしないでくれ。ただ湯ノ原と遊んでいると心晴は楽しそうだし、湯ノ原にその気がないのなら公園で遊ぶくらいいいかなって。そう割り切っただけだ。
「今日の体育は体力テストをするぞー。記録係が必要だから、ペアになってくれ」
体育教師の指示を聞き、体育館はさわさわと騒がしくなった。俺と橘と林田も、誰ともなく顔を見合わせた。体育の授業では何かとペアを作らされることが多い。例えばバスケのパス練とか、キャッチボールとか、ストレッチとか。俺たちのような奇数の陰キャグループにとってはつらい時間だ。
「誰と誰が組む?」
「体格的には俺と林田がペアじゃね?」
「体力テストに体格は関係ないだろ」
そんなやりとりをしていると、俺の背後に湯ノ原がにゅっと顔を出した。
「佐倉、俺と組もうぜ」
「え、俺?」
「1人足りないんだろ?」
1人『余ってる』んじゃなくて、『足りない』という言い方をしてくれるあたりが湯ノ原らしいなと思ってしまった。
「俺と湯ノ原じゃ体格違いすぎない?」
「体力テストに体格は関係ないってさっき言ってたじゃん」
「運動能力に差がありすぎて俺のメンタルがやられる……」
「そこは頑張れ」
俺はまごまごと言い訳をするけれど、結局、湯ノ原と組むことになってしまった。橘と林田は俺と湯ノ原が公園友達だということを知っているから、あえて止めようともしない。湯ノ原の友人たちも、湯ノ原が陰キャな俺に構っていることを気にかけた様子もない。
公園遊びが恒例行事になってからというもの、俺と湯ノ原は教室内でも一緒にいる機会が増えたから、そんなものだと認識されているのだろう。ありがたいような、そうでもないような。
体育教師から記録用紙を受け取ったところで、体力テストが始まった。体育館のあちこちに置かれた測定ポイントをまわり、それぞれの結果を用紙に記入していくスタイルだ。ペアを作らされたのは記録係兼不正防止というところだろう。
「初めにどこ行く?」
俺が尋ねると、湯ノ原は体育館のはしっこを指さした。
「一番疲れるやつ終わらそうぜ。20mシャトルラン」
「俺は疲れる前に離脱するから疲れないけどな」
「テストなんだから少しは頑張れよ」
シャトルラン、立ち幅跳び、ハンドボール投げ、長座体前屈と順調にテストをこなしていった。残された種目は上体起こし(いわゆる腹筋)だけだ。
厳正な協議の結果、俺が先に測定をすることになったので、体育マットの上に膝をたてて座り込む。ストップウォッチを持った湯ノ原がつまさきにのる。そうやって押さえてもらわないと、足が浮いてしまって腹筋ができないからだ。
ベストポジションを模索する俺と湯ノ原に、クラスメイトが話しかけてきた。
「湯ノ原、佐倉。あとなに残ってんの?」
話しかけてきたのは俺のよく知らないクラスメイトだったので、湯ノ原が返事をした。
「上体起こしで最後。そっちは?」
「シャトルラン」
「めんどいの残してんな」
「湯ノ原、シャトルランどこまで行った?」
「114」
「やば。学年トップじゃね?」
「いや、全然。陸部のやつら、普通に120超えてるし」
「さすがの湯ノ原も本業には適わねぇか」
2人で笑ったあと、クラスメイトの視線は俺に方へと向いた。
「佐倉は?」
「……50」
「50? 湯ノ原の半分以下じゃん」
クラスメイトの声は軽い調子だったが、俺はいたたまれなくなって視線を逸らした。
こうして一緒に体力テストをしていると、湯ノ原は別の世界の住人なのだということを痛感した。握力でも、立ち幅跳びでも、ボール投げでも、すべての種目で俺のはるか上をいく。まぐれで一種目くらい勝てないかな、と思ったがまるでダメだった。
加えて湯ノ原はイケメンで、社交性も高い。公園遊びのたびにブランコに付き合わされても嫌な顔一つせず、それどころか気の利いた飲み物や菓子で子ども心をわしづかみ。すみっこぐらしのカード付きお菓子をもらったときの心晴のはしゃぎようと言ったら。『さとくん、ありがと♡』と湯ノ原のほっぺにチューなんぞするもんだから俺は発狂した。
湯ノ原とクラスメイトの会話はまだ続いていた。周囲には、ちらほらと計測を終えたペアの姿もある。さすがにそろそろおしゃべりを終わりにしてほしいと思い、俺は思い切って湯ノ原を呼んだ。
「さとくん。そろそろ――……あ」
違う、さとくんじゃねぇ。湯ノ原だ湯ノ原。心晴のことを考えていたせいで盛大に間違えた。
やっちまったと湯ノ原の方を見れば、見るからに嬉しそうな顔。
「何々、なんで急に名前呼び?」
「あの……ま、間違えたっ……」
「別に間違ってはいないだろ。いーよ、さとくんって呼んでも」
「呼ばねぇ!」
「俺も涼って呼ぼうか?」
「呼ぶな!」
わいわいと言い合いを始めた俺と湯ノ原の頭上に、クラスメイトの冷やかし声が降り注いだ。
「いちゃついてないで腹筋しろー」
いちゃついてねぇわ!