季節はすっかり初夏だった。薄水色の空には綿菓子みたいな雲が浮いている。街路樹は気持ちよさげに枝を揺らし、「もうすぐ本格的な夏ですねぇ」なんて囁いているみたいだ。

 湯ノ原と連絡先を交換した、数日後の日曜日。俺と心春は、自宅から徒歩で10分くらいのところにある公園へとやってきた。砂場と、滑り台と、ブランコがあるだけの小さな公園だ。この公園のそばには大型の遊具がそろった大きな公園があり、大抵の子連れはそっちに行ってしまうから、日曜日の午前中に似つかわしくなく空いていた。

「佐倉!」

 公園のベンチのそばで、湯ノ原が手を振っていた。シンプルなカーゴパンツにTシャツを合わせただけだというのに、びっくりするくらい様になっている。
 そして佐倉の隣には、砂場バケツを抱えたかわいい男の子。

「俺の義弟(おとうと)の朝陽、今日はよろしく」
「お、おー……」

 クラスメイトと休日の公園で会うって不思議な感じだ。ただでさえ、俺と湯ノ原はそこまで仲がいいわけじゃない。連絡先を交換して、数度やりとりをしただけ。正直、顔を合わせたところで何を話せばいいのかわからなかった。
 返す言葉を探しまごつく俺の背後から、心春が飛び出した。

「さとくん、いっしょにブランコしよ!」
「ん、いいよ。佐倉、朝陽のこと見てて」
「え?」

 心春はブランコの方へと向かって駆けていき、湯ノ原はその後を追う。ベンチのそばには俺と朝陽君だけが残された。
 俺に、初対面の男児と2人きりで砂場遊びをせよと? 心晴と湯ノ原がキャッキャウフフとブランコする様を眺めながら? 拷問じゃん。

 ダッシュで心晴と湯ノ原を追いかけたい衝動に駆られながら、どうにか堪えた。朝陽くんをひとりぼっちにしては可哀想だと思ったからだ。
 できる限りの微笑みを浮かべ、朝陽くんに声をかける。

「な、何して遊ぶ?」
「……」

 朝陽くんは砂場道具を抱きしめたまま動かない。そうなっても仕方ないだろう。初対面の高校生と2人きりで遊べだなんてどう考えてもハードルが高すぎる。戻ってこい、湯ノ原。

「……」 
 
 無言のまま朝陽くんが動いた。砂場バケツを置くと、近くにあった木の棒を拾い、土の地面にお絵描きをはじめた。横長の長方形に、小さな丸と四角がたくさん。電車だろうか。

「朝陽くん、それは電車? あ、新幹線かな?」
「南海50000系電車特急ラピート」
「…………何だって?」

 素で聞き返してしまった。
 ぽかんと口を開ける俺の足元で、朝陽くんは見事な筆さばき(枝さばき?)で電車を描いていく。丸っこいの、角ばってるの、尖ってるの。それぞれ少しずつ形が違う。

「これはE5系新幹線はやぶさ。こっちはH5系。かたちは同じだけど、ラインの色がちがう」
「ふーん」
「こっちはトランスイート四季島。周遊型寝台列車」
「ふーん……」

 朝陽くん、ごめん。俺、電車や新幹線のことはよくわからないんだ。
 マジで戻ってこい、湯ノ原。