目が覚めたら、部屋の中に透明なひかりが充満していた。溺れそうだった。その光が、薄く開いた瞼の隙間から私の中まで満たそうとしてきて、思わず目を眇める。それからすぐに、あっ、と思う。部屋の中にちいさな虹がかかっていたのだ。七色の、ちいさな虹が、ベッドで横になっていた私を見守るようにして宙に浮いていた。まるで、神様が息を吹きかけたみたいにその辺りの空間だけが薄くなっている。
思わず触れたくなって右手を持ち上げた時、「あっ、起きた?」と霧吹きを手にしている莉子と目が合う。天井から吊るされている、プランターに入った観葉植物に水をあげているようだった。身体を伸ばし「おは」と声をかけると、莉子はオウム返しのように同じ言葉を呟きながら、それに霧吹きを一度吹きかけた。
「なんでメイクしてんの?」
胸元まで流れた莉子の茶色の髪はゆるく巻かれており、目元までばっちりメイクをしていた。身長168cmというスタイルの良さと大きな目が特徴的な彼女は、すっぴんの時もそうだがばっちりとメイクをしておしゃれな服に身を包めば、よりモデルさんのようにみえた。今日は月曜日のはずだ、と枕元にあった携帯に指を滑らせる。画面に表示された曜日をみて、やっぱりと思う。
「お店休みだよ?」
「知ってるよ。今日は出かけるから」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「違うよ。小春と出かけるの」
そう言って私の名を呼びながら霧吹きをかけてくる。放たれた霧が陽の光を弾きながらふわりと広がっていき、その瞬間またちいさな虹が現れた。
「ねぇ、つめたいんだけど」
あっ虹だと思った時には、私の身体はもろに莉子の放った霧を直撃していて顔を拭いながら訴えかけると、莉子はいたずらっ子のちいさな女の子のような笑みを浮かべ、声をあげて笑った。その表情をみている内にふと思い立った。
「もしかしてさ、私が寝てる時にもそれやった?」
「あっ、バレた?」
「目が覚めた時、ちょうど虹がかかってたんだよね。少しでも綺麗だと思ってしまった自分を殴ってやりたいわ」
「綺麗だと思ったんだ」
「思ったよ?」
「乙女じゃん。可愛い」
「うるさい」
これ以上話しているとばっちりメイクを決め込んでいる莉子の顔めがけて私も霧吹きをかけたくなってしまうと思い、ひとまず顔を洗って冷静になろうとベッドから起き上がった。そんな私に「ねぇ、そんなことよりさ」と呼び掛けてきたので振り向くと、「小春も早く準備して」と促してくる。
「どこいくの?」
「お店に飾る小物もみたいし、この家の家具も揃えたいしさ、いい感じの雑貨屋さん見に行ったりおしゃれなカフェ行ったりしようよ」
ベージュのノースリーブのワンピースを身に纏っている莉子は、すっきりとした白い両腕を持ち上げて子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。それをみていると、鏡を映すように私も笑みを溢していて「うん。行こっか」と口にしていた。
身支度を終えてからアパートのエントランスを抜け、二人で外に繰り出した。莉子がノースリーブのワンピースを着ていたので私も同じようなカーキのワンピースにした。部屋の中ではクーラーが効いていたが、外に出た瞬間ずっと聴こえていた蝉の鳴き声がわっと大きくなり、もわっとした暑い空気の塊に閉じ込められたような感じがする。今は九月の中旬。本土ではそろそろ秋めいた風が肌に触れてもおかしくはないが、私達が住むこの沖縄では夏がまだ取り残されている。
「おや、二人でおめかししてどこいくの?」
声をかけてきたのは私達の住むアパートの大家さんだった。建物の入口にある花壇を手入れしているようで、大きな麦わら帽子を被り軍手をはめながら柔らかい笑みを浮かべている。入居当初から優しくしてくれている素敵な女性だ。
「二人で買い物に行くんです」
莉子がそう言うと、「そうなの。あんた達二人はほんとに姉妹みたいに仲が良いね。みてると、こっちまでほのぼのするよ」と剪定していたサルスベリの花を「部屋にでも飾ったら」と渡してくれる。ピンクのちいさな花弁が、わたがしみたいに咲き乱れてる。
「姉妹みたいだって、私達」
花瓶にそれを活ける為に一度部屋に戻り、再び外に繰り出してから莉子が言った。
「言ってたね」
「りこはるコンビは健在ってことだ」
高校の入学式で出会った私達は、その日の内に初めて会ったとは思えないくらいに打ち解け、それから高校を卒業するまでの間ずっと一番の親友だった。私達があまりにも仲が良いものだから、いつからか小春と莉子の二人の名前を組合せて周囲の友人たちから“りこはるコンビ”と言われるようになった。大学は別々のところに行くことになったが、高校を卒業してから十年以上経ち、社会に出た今も当時の関係は続いている。
「ねぇ、みてこれ! めちゃくちゃ可愛くない?」
莉子が目を輝かせながら手にしていたのは、ガラス製のブドウの房のかたちのベッドサイドライトだった。家を出てから以前からSNSで話題になっていたおしゃれなカフェで昼食をとり、今は那覇市内にある雑貨屋さんでかわいい雑貨でもないかと物色しているところだった。
「いいじゃん! 私達の部屋の感じにも合いそうだけど、お店にもいいんじゃない?」
「確かに! とりあえずこれと、あっ向こうにもいい感じのやつあるよ」
小走りで駆けていく莉子をみていると、自然と笑みが溢れていた。小物から家具までと可愛いものばかりで、たまたま訪れた雑貨屋さんだったが私も莉子も胸の高鳴りを抑えられなかった。気付けばそのお店で二時間程滞在しており、ブドウの房のかたちのベッドサイドライトを二つとおしゃれなコースターとグラスをお揃いで買った。
思わず触れたくなって右手を持ち上げた時、「あっ、起きた?」と霧吹きを手にしている莉子と目が合う。天井から吊るされている、プランターに入った観葉植物に水をあげているようだった。身体を伸ばし「おは」と声をかけると、莉子はオウム返しのように同じ言葉を呟きながら、それに霧吹きを一度吹きかけた。
「なんでメイクしてんの?」
胸元まで流れた莉子の茶色の髪はゆるく巻かれており、目元までばっちりメイクをしていた。身長168cmというスタイルの良さと大きな目が特徴的な彼女は、すっぴんの時もそうだがばっちりとメイクをしておしゃれな服に身を包めば、よりモデルさんのようにみえた。今日は月曜日のはずだ、と枕元にあった携帯に指を滑らせる。画面に表示された曜日をみて、やっぱりと思う。
「お店休みだよ?」
「知ってるよ。今日は出かけるから」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「違うよ。小春と出かけるの」
そう言って私の名を呼びながら霧吹きをかけてくる。放たれた霧が陽の光を弾きながらふわりと広がっていき、その瞬間またちいさな虹が現れた。
「ねぇ、つめたいんだけど」
あっ虹だと思った時には、私の身体はもろに莉子の放った霧を直撃していて顔を拭いながら訴えかけると、莉子はいたずらっ子のちいさな女の子のような笑みを浮かべ、声をあげて笑った。その表情をみている内にふと思い立った。
「もしかしてさ、私が寝てる時にもそれやった?」
「あっ、バレた?」
「目が覚めた時、ちょうど虹がかかってたんだよね。少しでも綺麗だと思ってしまった自分を殴ってやりたいわ」
「綺麗だと思ったんだ」
「思ったよ?」
「乙女じゃん。可愛い」
「うるさい」
これ以上話しているとばっちりメイクを決め込んでいる莉子の顔めがけて私も霧吹きをかけたくなってしまうと思い、ひとまず顔を洗って冷静になろうとベッドから起き上がった。そんな私に「ねぇ、そんなことよりさ」と呼び掛けてきたので振り向くと、「小春も早く準備して」と促してくる。
「どこいくの?」
「お店に飾る小物もみたいし、この家の家具も揃えたいしさ、いい感じの雑貨屋さん見に行ったりおしゃれなカフェ行ったりしようよ」
ベージュのノースリーブのワンピースを身に纏っている莉子は、すっきりとした白い両腕を持ち上げて子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。それをみていると、鏡を映すように私も笑みを溢していて「うん。行こっか」と口にしていた。
身支度を終えてからアパートのエントランスを抜け、二人で外に繰り出した。莉子がノースリーブのワンピースを着ていたので私も同じようなカーキのワンピースにした。部屋の中ではクーラーが効いていたが、外に出た瞬間ずっと聴こえていた蝉の鳴き声がわっと大きくなり、もわっとした暑い空気の塊に閉じ込められたような感じがする。今は九月の中旬。本土ではそろそろ秋めいた風が肌に触れてもおかしくはないが、私達が住むこの沖縄では夏がまだ取り残されている。
「おや、二人でおめかししてどこいくの?」
声をかけてきたのは私達の住むアパートの大家さんだった。建物の入口にある花壇を手入れしているようで、大きな麦わら帽子を被り軍手をはめながら柔らかい笑みを浮かべている。入居当初から優しくしてくれている素敵な女性だ。
「二人で買い物に行くんです」
莉子がそう言うと、「そうなの。あんた達二人はほんとに姉妹みたいに仲が良いね。みてると、こっちまでほのぼのするよ」と剪定していたサルスベリの花を「部屋にでも飾ったら」と渡してくれる。ピンクのちいさな花弁が、わたがしみたいに咲き乱れてる。
「姉妹みたいだって、私達」
花瓶にそれを活ける為に一度部屋に戻り、再び外に繰り出してから莉子が言った。
「言ってたね」
「りこはるコンビは健在ってことだ」
高校の入学式で出会った私達は、その日の内に初めて会ったとは思えないくらいに打ち解け、それから高校を卒業するまでの間ずっと一番の親友だった。私達があまりにも仲が良いものだから、いつからか小春と莉子の二人の名前を組合せて周囲の友人たちから“りこはるコンビ”と言われるようになった。大学は別々のところに行くことになったが、高校を卒業してから十年以上経ち、社会に出た今も当時の関係は続いている。
「ねぇ、みてこれ! めちゃくちゃ可愛くない?」
莉子が目を輝かせながら手にしていたのは、ガラス製のブドウの房のかたちのベッドサイドライトだった。家を出てから以前からSNSで話題になっていたおしゃれなカフェで昼食をとり、今は那覇市内にある雑貨屋さんでかわいい雑貨でもないかと物色しているところだった。
「いいじゃん! 私達の部屋の感じにも合いそうだけど、お店にもいいんじゃない?」
「確かに! とりあえずこれと、あっ向こうにもいい感じのやつあるよ」
小走りで駆けていく莉子をみていると、自然と笑みが溢れていた。小物から家具までと可愛いものばかりで、たまたま訪れた雑貨屋さんだったが私も莉子も胸の高鳴りを抑えられなかった。気付けばそのお店で二時間程滞在しており、ブドウの房のかたちのベッドサイドライトを二つとおしゃれなコースターとグラスをお揃いで買った。