それから更に4か月が経ったある日、春の息吹が地上に吹き抜け草木が歓喜の声をあげているような温かい日に、美優は子供を産んだ。名前は、沙結(さゆ)。女の子だった。

 出産予定日は予め聞いてはいたが、陣痛が始まった時、私と莉子は店にいて、その日だけは夕方前に店を閉めさせて貰った。

 病院に駆けつけた時には赤ちゃんは産まれていて、美優はひとつの役目を果たしたような、安らかでとても美しい顔をしていた。その姿をみて私と莉子は声を上げて泣き、生まれたばかりの赤ちゃんをみて更に泣いた。こんなに幸せな事はもうないかもしれない、と思わずにはいられないくらい胸の中で穏やかな感情が濁流のように溢れ返っていた。

 病院からの帰り道、莉子に赤ちゃん本舗に寄ろうと声を掛けられ、ベビーカーやおむつを買った。さすがに早すぎるんじゃないとは言ったが、「今買わないと私の中にある幸せな気持ちの行き場がない」などと訳の分からないことを言っていた。帰り道にコンビニでビールを二本ずつ買い、二人で横並びになって海沿いの道を歩いた。

「明日さ、仕事出来るかな。私、泣きすぎて目ぱんぱんかも」
「私も」

 互いに笑みを向けながら、手にしていた缶をぶつけた。

「ねぇ、莉子」
「何?」

 莉子は缶ビールを口元へと運ぼうとして止めた。

「運命って信じる?」
「莉子ママの口癖のやつ?」

 私が頷くと、莉子は一瞬考え込むような素振りをみせ宙を見上げた。ビールを喉の奥へと流し込み、「前はさ」と私の目をみつめてくる。

「信じてなかったかも。自分の人生は自分で切り開くもんだって考えてたし、運命のせいにしてる人を甘えだと思ってた。言っちゃ悪いけど、莉子ママにもね」
「分かるよ」
「でも、間違ってたのかもって最近思うようになった」

 その言葉を聞いた瞬間、「えっ、いつ?」と問い掛けた。

「美優と出会った時から」
「嘘……私も」
「まじ?」
「うん、大まじ!」

 二人して声を上げて笑った。何故こんなにも笑いが込み上げてくるのか、自分でも分からなかった。でも、高校の時から人生を共にしてきた莉子とのシンクロ率というのか、互いに同じ考えを持ちそのタイミングまで同じだったことが可笑しくてたまらなかった。

「時々考えるんだよね。あの日、もし私達がゆいレールに乗ってたら、少なくとも今の私達と美優の関係性はない訳じゃん? そしたら、今日はこんなに幸せな気持ちになれなかっただろうし、莉子とこの話で笑い合うことも無かった。だからさ、たぶん運命ってあるんだよね」
「かもね」
「でも、私が思うに全部が全部そうって訳じゃないと思う。たぶん人生の大きな分岐点みたいなところだけは予め決められてるけど、それまでの道筋には無限の可能性が広がってるんじゃない? 結局のところ、どれが運命だったかなんて私達には分かんないし、自分の人生は誰かの手を借りながらでも自分で切り開いていかないと駄目なんだよね。運命に抗えって、よく映画とか小説のキャッチコピーであるじゃん? あれってさ、そういうことなんじゃない?」
「そうかもね。たとえ何が起ころうとも、幸せでありたいと願い、そうあろうと努力する人が、最後に幸せになれるのかもね」

 言い終えたあと、莉子がふいに思い付いたように笑う。

「なんか私達、哲学を語り合うみたいになってない? しかも、暗い夜道で」
「確かに。完全に変質者だよね」

 再び笑い合い、莉子が缶ビールを空に掲げた。

「幸せに!」
「幸せに乾杯!」

 無数の星が瞬く星の下、私達の掲げた缶ビールが合わさった。