てのひらに風船

 トモカちゃんが、はしゃいだようにささやいた。 

 敵は六年生の佐々木くん。
 あの日も私は、髪を結んでいたシュシュをはずされて返してもらえなかったり、水泳帽を取られたりした。
 大人の見ていないところで。
 
 最上級生といっても、トモカちゃんは怖くないらしい。
 私を従えて、彼女はバスの中にいる敵に近寄った。

「佐々木くん、グミ、好きだったよね? これおいしいんだよ」
 グミの袋をさしだした。帰りのバスが発車する直前だった。
「ありがとー」
 開けてあった袋の口から、佐々木くんが手を入れた。

 次の瞬間、
「うわっ!」

 大声をあげて、だした手を思い切り振りまくった。

「おまえっ、なに入れたんだよっ!」

「わかんなかったかなー? ナメクジだよ、ナメクジ!」

 トモカちゃんは大量のナメクジを、グミの空き袋に仕こんでおいた。
 夜の庭にお父さんのビールを置いて、おびき寄せて捕まえたらしい。

「ふざけんなよ! ……うわああ気持ちわりいーっ!」
 みるみるうちに、佐々木くんが涙ぐんだ。

「佐々木くんさあ、いじめ、いいかげんにしたら? これくらい、どうってことないでしょ?」 

「くっそー、ぬるぬる、取れねえよー」

 半泣きの状態で、手をタオルでふきまくっていた。
 誰かが、「手、洗ってこいよ」と言ったとき、扉が閉まって、運転手さんがマイクでしゃべった。
「発車するから、ちゃんと座ってー」

「やったね、美幸ちゃん」
 喜ぶトモカちゃんだったけれど、私はどうにも後味が悪かった。

 ありがとう、そのひとことが、言えなかった。 


 あのときの佐々木くんは、とてもかわいそうだった。
 自分が同じことをされたらと考えると、トモカちゃんはやりすぎだと思った。
 だからあのあとは話す気になれなかったし、別れ際のばいばいも言わなかった。
 私のためにやってくれたことではあるけれど、していいことと悪いことがあると思った。
 
 佐々木くんは私にいじめを、いっさいしなくなった。
 代わりに私を無視するようになり、やがてスイミングをやめてしまった。
 
 トモカちゃんはというと、ナメクジ事件の次から、スイミングにこなくなった。
 あの仇討ちのせいかと心配になった。
 二週間経っても、全然こない。
 私はバスの中で勇気をだし、彼女と同じ学校の女子たちに理由を訊いてみた。