夏の終わり、車内でトモカちゃんが、宝物だと言って不思議なものをプレゼントしてくれた。
 真っ黒い小さな玉に、白いハート型の模様。
 それを三粒、私のてのひらに載せてくれた。

美幸(みゆき)ちゃん。これ、来年の春になったら、土に蒔いてね」
「かわいい……けど、なあに?」
「風船の実っていうんだよ」
「……風船の実?」
「緑色の、風船みたいな実をつけるの。でね、枯れると、このハートの模様の種がね、中からでてくるの」
「これ、種なんだ! メルヘンチックでいいね。かわいいね!」

 私はてのひらに三粒の種を載せて、長いこと見つめた。
 それからスイミングスクールにつくころ、たいせつにティッシュペーパーにくるんで、その上からハンカチで包んだ。


 いつからか私は、スイミングでいじわるをされるようになっていた。
 相手はトモカちゃんと同じ小学校の、一学年上の男子だ。
 バスの中で、私の水筒は彼にしょっちゅう取りあげられた。
 長く伸ばしていた髪を引っ張られた。
 かぶっている水泳帽を取られては、プールに投げられた。
 
 どうして私だけがこんな目に遭うのか。
 嫌なスイミングがなおさら嫌になって、そのたびに涙がにじんだ。ひどくみじめで、かなしかった。
 
 なにも言い返せない私のかわりに、トモカちゃんが毎回、いじわるな男子を本気で怒ってくれた。
 私は涙のたまった目で、トモカちゃんをぐっと見つめることしかできなかった。
 うれしくて、ほっとして、なにかしゃべったら、わんわん泣いてしまいそうだったから。
 
「美幸ちゃんはさ、おとなしくてかわいいから、男子にちょっかいされるんだよ」
 帰りのバスで、トモカちゃんに言われた。

「いいなあ、美幸ちゃん。清純派アイドルみたいなんだもん。あたしよりずっと、かわいいもん」
 首を横に振った私の髪は、まだすこし濡れていた。
 誰かが開けた窓からは、ミンミンゼミの声がよく聞こえた。

 トモカちゃんが耳もとでささやいた。
「こんどのプールのとき、今までの仕返し、まとめてしてあげるから」

 首をかしげるとトモカちゃんは、ウイスキーボンボンをひとつ差しだした。
 だけど私は、いらないと手を振って断った。
 トモカちゃんはそんな私を笑ったけれど、ちっとも嫌味な笑いではなかった。
 

 約束のときがきた。
「仇討ちって、こういうことかもしれないね」