つながっていた糸が、ぷつんと切れた。心から愛した人が、私のもとを去っていった。
 手を離れて飛んでいく風船のように、彼はもうもどらない。
 
 彼のいない部屋は広すぎる。ひとりきりのアパートには帰りたくなくて、残業することで気をまぎらわせている。
 そのあとはひとりで飲みにいくのが、ここ最近のルーティンだ。 

 そうしてバーをでた今、深夜0時の街中を、やみくもに歩いている。
 歩いても歩いても、私がたどりつくどこかに彼はいない。
 だったらもう、あしたなんて、こなければいいのに。
 
 彼とは三年のあいだ、一緒に暮らしていた。
 三十路になる前に、籍を入れるのもいいかなと、私は思いはじめていた。
 それなのに、裏切られた。二十歳そこそこの彼女がいたなんて、青天の霹靂だった。
 
 だからこそ、自暴自棄にもなるものだ。歩きつづけて繁華街はとうに過ぎ、いつしか私は住宅街に入りこんでいた。
 
 夏の終わりのねっとりした湿度の中、季節を先取りした蟋蟀の声がする。
 見知らぬ場所にいるのに怖くないのは、さっきまで飲んでいたワインと、やっぱり彼の不在のせいだろう。
 
 明日は休みだ。いや、休みじゃないけれど、休みにしよう。
 月明かりと街灯を頼りに気ままに進んでいくと、見知らぬお宅のフェンスが目にとまった。 
 そこには一面、緑のつるが絡まっていた。まるくふくらんだ実を、いくつもつけて。
 歩道の縁石に腰かけ、私はその実をぼんやりとながめた。ほとんどが緑の実で、茶色く枯れているものもある。
 
 夜風に吹かれながら目をこする。これは、もしかしたら……。

『風船の実っていうんだよ』