笑ってごまかして席を立つ。
 店の出入り口までいって、彼に電話しようとスマートフォンの画面を見つめた。

 私は考える。
 彼の着る服は、やたらと柔軟剤のいい香りがしていた。
 あれは彼女の洗濯のたまもの?

 いや、待て待て私。
 羊の言うことが真実とは限らない。
 それにさっきの宇宙空間は、やっぱり全部、夢かもしれない。

 祈るように電話をかける……でない。二回目もダメ。
 三回目、やっと彼がでてくれた。

 はじめてかけた夜の電話に驚きながら、接待中なんだよと、切ろうとする。

「待って、あなたの家のソファーは何色? 履いてるスリッパは何色?」

「なにそれ。赤いソファーと黄色いスリッパ。じゃあ、今忙しいから、またね」
 
 電話は一方的に切れた。
 あの羊が見せた、彼がいた部屋のものと、おんなじ色だ。
 愛した人に、この私がだまされるなんて――。 

 私は個室にもどるなり、焼酎を飲んでいた紗月に宣言した。

「決めたよ」

「お、決めたか!」

「……ニーヨークにはいかない」

「腹くくったんだねえ。よかった、これからも洋子と会えるね。でも、どうした? とつぜん」

「目が覚めた。私の中で仕事より彼のほうが、ずっと大きくなってた」

「でしょでしょ? そうくると思った。さすがはアリエス! まっすぐに突進するのが牡羊座。そんで、チャレンジャーでもあるんだよね。このまま結婚しちゃえばいいよ! なんなら私、披露宴で司会やっちゃうよ~?」

 紗月がにこにことして、焼酎を飲む。
 私の頭は怒りで熱い。
 
 あいつめー……ゆるすまじ!
 仕返しこそ、今の私の最大の仕事だ。

 ニューヨークには、すべて片づけたあとでいってやるんだ。
 必ず、運をつかんで。

「すごいよ、洋子! よく決心したよね。あんたってやっぱ最高!」

 彼のことは、お互いの酔いが醒めてから、紗月に教えよう。
 そうじゃないと、紗月は今すぐ、どんな仕返しをはじめるか、わかったものじゃない。
 昔から、私を心配してくれていたから。

「ありがとね。紗月はいっつも、私のこと応援してくれる。紗月といると、素の私でいられるんだよね」

「そう言ってもらえるの、うれしいな。それじゃ、洋子の決断を祝って、飲みなおそ。って、洋子のお酒ないじゃん」

 紗月が注文画面に向きあった。

「なにこれ、〝星の国〟だってー」

 そう言った紗月の前に、顔をぐっと近寄せた。

「ちょっと待って。紗月って、何座だっけ? なにか悩み、あったっけ?」

「洋子の次の、牡牛座だよ。悩みっていったら、一人暮らしのマンション、買っちゃうかどうかってこと!」

 彼女の指が、〝星の国〟をタッチした。
 画面からは、〝モォーッ!〟という、動物の声がする。   

                                      了