夢だったらなんでもありだ。
 クロールで泳いでみる。
 平泳ぎもしてみる。
 なにこれ、楽しい。
 宙返りをしてみたら、さっき食べたオムそばが喉もとまで押し寄せた。
 反省していると、正面が明るくなった。

「よくきたね」

 光の中に大きめの動物がいて、私に話しかける。白い毛がむくむくしている。

「あたしゃ、羊だよ」

 目の前の動物が言う。たしかに羊だ。羊が羊と名乗るなんて、なんかウケる。

「ああ……私も、羊みたいです」

 羊がしゃべるのも、酔ったあげくの夢のせいだ。
 それなら会話を楽しんでやろうじゃないか。
 私がにんまり笑ってみせると、羊はくしゃみを放った。

「あたしゃね、アリエス生まれの洋子の洋の字のよしみで、あんたを守ってやってるものさ。それにしても……なんなの、洋子。毎晩眠れずにあんた、羊を数えてるじゃないの。あたしや仲間たちが、いっつも動員されてるんだよ!」

 あれ……なんか怒ってる?

「だいたいね、洋子。あんたその歳で結婚歴なし、彼氏いない歴十三年、この先ひとりで生きていくって決めた矢先、ちょっといい男に好きだって言われてほだされて、この人と一生一緒に生きていくって、腹くくったんじゃなかったのかい?」

 そのとおりだ。
 この羊、詳しい。
 彼とはこれからだ。
 つきあって三ヶ月ちょっと。
 洋子を離さないとか、きみなしの人生は考えられないとか、うれしすぎることばかり言ってくれる。
 もう恋はしないと思っていた私に、愛される悦びを教えてくれる。
 結婚しちゃうんだって、強く確信している。彼のほうも、ぜったい。

「それがなんだい? 英語がちょっとできるからって、ニューヨークの支店に栄転の話もらって、こんどはそっちも捨てがたいって?」

 うなずくことしかできない。へたに反論したら、噛みつかれそうで。

「目の前にふたつのエサぶら下げられて、あっちもこっちもおいしそうってね……こたえなんかわかりきってんのに。とっとと決めちまいな! 悩んで眠れないのも、たいがいにしておくれよ。こっちこそ、あんたに寝床で毎晩数えられるから、眠る暇もなく柵を乗り越えてさ、まいってんだよ」

 なに言ってんのこの羊。
 守ってくれてるだかなんだか知らないけど、だったらなおさら、眠れない夜にちょっとでも役に立ってほしい。

「……お言葉ですが……」

 私は慎重に言葉を選ぶ。