「そんなの自分がいちばんわかってるでしょ? 逃した魚は大きかったって、彼よりも仕事を取ってから嘆くんじゃ遅いの。洋子(ようこ)ってばホント、じれったい。そんでもって、はがゆい、もどかしい!」

「だって……」

「だってじゃないの。何回言えばわかんの?」

 紗月(さつき)が煙草を吸って、ふうっと吐きだした。ひとつ年上の紗月に、私はこの調子で延々二時間も言われている。ふたりきりの、居酒屋の個室で。

 彼女は従姉妹であり、いちばん仲のいい友人だ。
 腹心の友、そう思っているし、彼女のほうでもそう思ってくれているという、手ごたえがある。
 だけど言葉にはしない。
 私たち、親友だよね。そんなふうに口にだしたとたんに噓っぽくなり、あるいは逆に意識して、親友ってなんだっけと戸惑ってしまいそうで。

「そういえばあれだね、洋子ってさあ、羊だよね」

 唐突になにを言いだすんだろう。私がだまって冷酒を飲み干せば、紗月は得意げに笑った。

「洋子は未年。おまけにアリエスの乙女。牡羊座だもんね」
「ああ、そうだよね」
 
 干支のほかに星座まで持ちだす彼女は、占い好きの三十四歳、独身、彼氏なし。
 こうして月に何度か、夕飯と称して、ふたりきりで飲んでいる。
 師走の風の冷たい今夜は、忘年会を兼ねていた。

「それに、洋子の洋の字には、羊がついてる。パーフェクトだね! でもって今の洋子は、かなりもどかしい羊。ちょっとトイレ」

 煙草をもみ消して紗月が立つ。
 ぴしゃりと個室の戸が閉まると、私は狭い空間にひとりきりになった。
 
 たゆたう煙が目にしみた。迷子にでもなったように、途方に暮れる。

 ああそうだ。いい歳して、迷える子羊みたいだ、私。

 だいたい今夜の飲み会は、忘年会+私の悩み相談会だったはず。
 恋を取るか仕事を取るか、人生の岐路に立つ私へ、アドバイスをもらえると期待していたのに。
 
 冷酒はもうなくなった。お代わりだ。やさぐれてもいる。

 テーブルの隅の画面をタッチした。この端末で注文できるなんて、便利な世の中。

 お酒を選んでいると、〝星の国〟というキーがある。
 酔いのままにタッチしてみた。
 なんだろう、ゲームができるんだろうか。
 
 ふいに画面から、〝メエ~〟という、のんきな動物の鳴き声がした。

 ……めえ?
 羊かな。

 やがて星屑が画面からあふれだして……気づけば私は、無数の星が輝く宇宙にいた。
 
 ふわふわと浮かんでいる。
 息はできる。
 怖くないのは、酔いのせいかな。
 冷酒どれだけ飲んだっけ。
 酔いつぶれるほど私、疲れていたんだ。