文化祭が終わるとテストがあって、その次は薫がコンクールに向けて猛練習で、秋が深まっていくけれど、俺と薫が二人きりで会う機会はなかなか訪れなかった。教室でも、あまり仲良く話していてはいけないと思うと、挨拶程度。ただ、昼休みは自然と彰二と津田が協力してくれて、四人でつるむようになっていた。四人一緒なら俺と薫が目立たないだろうということで、渡り廊下へ出たりして、そこで俺と薫がくっついて座って、彰二と津田がその横に立っていたり、それで何となく四人でしゃべりながら過ごすのが唯一の逢瀬になっていた。
薫たちは、四人ずつ二組でそれぞれコンクールにエントリーしていた。十月の初めに関東大会が行われる。俺はそれを見に出かけた。演奏を聴いて、その後にロビーへ出ると、薫たち四人と、例によって松永も一緒にロビーへ出てきた。
「あ、京一!」
薫は学校ではないと思って、遠慮せずに俺の元へかけてきた。本番が終わって晴れ晴れとした表情だった。
「薫、今日もかっこよかったぞ。」
そう言って、俺は薫の肩を抱いた。そう、学校じゃないのでちょっと安心している俺。そこへ、例のフルートのが奴がやってきて、なんと、
「矢木沢君、僕の薫に手を出さないでくれるかな。」
冗談とも本気ともつかぬ調子でそう言うと、薫を俺から奪って抱きしめた。おいおい!だが、ここで本気で奪い返すとまずいよな。すごーく悔しいけれど、俺は何もできない。薫、お前自力で抜け出しなさい!
「あれー、薫は俺のものだと思ってたけどなー。なー、薫?」
俺は冗談めかしてそう薫に問いかけた。薫は顔を赤くして、フルートの奴、確か高橋だ、高橋の腕から抜け出そうとしているのに、けっこう強い力で抱きしめているようで抜け出せないようだ。
「こらこら、公衆の面前で何やってるんだ?」
そこへ松永がやってきて、薫を高橋から取り返してくれた。いや、取り返してくれたのではなく、松永が薫を抱きしめるかっこうに!
「先生こそ、何やってるんですか!公衆の面前ですよ!」
俺は、俺だってやってないのに、我慢してるのに、という本気の怒りをちょっとだけ見せ、だけれども冗談をまとってそう言った。
「もう、みんな辞めてよ!」
薫は高橋と松永を両手で押しやって、やっと自由になれた。そして、さっと俺の背中に隠れた。高橋と松永は、それを見てはははと笑った。俺、ものすごく不安に襲われた。薫はいつもこいつらにこんな風に可愛がられてるのか?許せん!
だが、その後は薫と二人で並んで客席に座った。まだハラハラする気持ちが収まらない。心配だよ、薫。やっぱり可愛いもんなー。人気者なんだよなー。
俺は、プログラムで隠して、薫の手を握った。薫はびっくりして俺を見たが、また、もう一方の手でこぶしを作って胸に当て、うつむいた。俺は握る手に、更に力を込めた。
そして、結果発表になった。薫たちは六位だった。三位までが全国大会に行けるのだが、残念ながらここで終わりだ。また三学期にある演奏会に向けて練習するそうだ。俺はそこで別れた。薫をあいつらの元に置いて行くのが心配だったが、そんなことを言っていたら毎日の部活だって心配で心配で。だから、仕方ない。俺は一人で帰ってきた。はああ。切ない。もっとたくさん抱きしめたいのに。今日はあいつらが抱きしめたのに、俺は抱きしめてないじゃないか。もっと一緒にいたいなあ。