今晩はここで休むようにと後宮の一室に通されて、ソフィアはひとりになった。
ここに来る前に、白亜の間ではしばらく寵姫の選定が続くと聞いた。けれどシーナ姫に選ばれる寵姫はめったにいないのではと、侍女に羨望交じりにささやかれた。
ソフィアは改めてこれが寵姫選びの祭典で、自分がその渦中にあることを自覚する。
「皇帝陛下が、新しい主になられるかもしれぬのか……」
その未来を言葉にしてみて、ソフィアは難しい顔をして黙った。
ふいにいたずらな風が流れてソフィアの黒髪を揺らす。
「至高の君が主で、何が不服なんだい?」
ソフィアが振り向くと、窓枠に肘をついてマルスが顔をのぞかせていた。空と同じ色をした瞳で、からかうようにソフィアを見ていた。
ソフィアは息をついて、マルスから顔を背けながら言う。
「開かれた祭典とはいえ、あまり後宮の奥に入り込むのは感心しないぞ。見とがめられれば罰を受けるかもしれない」
「僕は大丈夫だよ。今まで見つかったことがあった?」
マルスは軽い調子でソフィアの苛立ちを受け流すと、手を差し伸べるように問う。
「簡単なことだよ。どんなときでも仕事をしてきた君だろう? 寵姫として仕えるのは、皇后に仕えるのと何が違うんだい?」
「……まるで違う」
ソフィアは首を横に振って、目を伏せてつぶやく。
「彼の君がいなければ、今私は生きてさえいないんだ……」
そのまま押し黙ってしまったソフィアを、マルスは目を細めてみつめていた。
砂漠を吹き抜ける風が後宮にも届いていた。満ち始めた月が、天上に昇っていく。
マルスは息をついて、歌うようにソフィアにさとす。
「選定は進む。君は選ぶ側ではなく選ばれる側に回った」
マルスは優しい声でソフィアにささやいた。
「君の歩きたいところまで歩けばいいんじゃないかな」
ソフィアは子どものようなまなざしでマルスを見た。マルスは兄のようにソフィアの頭を叩くと、窓枠の向こうにひらりと姿を消す。
またひとりになったソフィアは、月を見て考えに沈んだ。
……衛兵が部屋に押し入ってきたのは、それからまもなくのことだった。
ここに来る前に、白亜の間ではしばらく寵姫の選定が続くと聞いた。けれどシーナ姫に選ばれる寵姫はめったにいないのではと、侍女に羨望交じりにささやかれた。
ソフィアは改めてこれが寵姫選びの祭典で、自分がその渦中にあることを自覚する。
「皇帝陛下が、新しい主になられるかもしれぬのか……」
その未来を言葉にしてみて、ソフィアは難しい顔をして黙った。
ふいにいたずらな風が流れてソフィアの黒髪を揺らす。
「至高の君が主で、何が不服なんだい?」
ソフィアが振り向くと、窓枠に肘をついてマルスが顔をのぞかせていた。空と同じ色をした瞳で、からかうようにソフィアを見ていた。
ソフィアは息をついて、マルスから顔を背けながら言う。
「開かれた祭典とはいえ、あまり後宮の奥に入り込むのは感心しないぞ。見とがめられれば罰を受けるかもしれない」
「僕は大丈夫だよ。今まで見つかったことがあった?」
マルスは軽い調子でソフィアの苛立ちを受け流すと、手を差し伸べるように問う。
「簡単なことだよ。どんなときでも仕事をしてきた君だろう? 寵姫として仕えるのは、皇后に仕えるのと何が違うんだい?」
「……まるで違う」
ソフィアは首を横に振って、目を伏せてつぶやく。
「彼の君がいなければ、今私は生きてさえいないんだ……」
そのまま押し黙ってしまったソフィアを、マルスは目を細めてみつめていた。
砂漠を吹き抜ける風が後宮にも届いていた。満ち始めた月が、天上に昇っていく。
マルスは息をついて、歌うようにソフィアにさとす。
「選定は進む。君は選ぶ側ではなく選ばれる側に回った」
マルスは優しい声でソフィアにささやいた。
「君の歩きたいところまで歩けばいいんじゃないかな」
ソフィアは子どものようなまなざしでマルスを見た。マルスは兄のようにソフィアの頭を叩くと、窓枠の向こうにひらりと姿を消す。
またひとりになったソフィアは、月を見て考えに沈んだ。
……衛兵が部屋に押し入ってきたのは、それからまもなくのことだった。