宮殿の奥に続く両開きの扉が開いたとき、ソフィアは少し緊張した面持ちで現れた女性を見た。
「みなさま、ようこそおいでくださいました。共に陛下にお仕えする方にこれほどお集まりいただけて、わたくし共もうれしく思います」
流暢に口上を述べた彼女は、後宮の女官長テラだった。豊かな亜麻色の髪を束ねて首の後ろから垂らし、裾さばきもそつのない足取りで歩み出る。
ソフィアはアナベル皇后の第一の侍女であっても、女官長の指揮の下で働く女官の一人には違いない。その立場だけでも、テラに多少の圧を感じながら働いて来た。
テラはふいに底の見えない微笑みを浮かべて一同に告げる。
「……実はもう、第一の選定はさせていただきましたのよ。選定者は、既にみなさまの中に入り込ませております」
ソフィアは彼女に気づかれないように微かに口の端を下げた。
テラはあまり自分の考えを口にせず、穏やかそうに見せかけて実にしたたかな女性だった。後宮の秩序を乱した侍女を気づかれない内に裏方に回すなど、仕事の早い上司でもあった。
「ではお名前をお呼びしますので、選ばれた方は扉の内へどうぞ」
早速始まった選定に、動揺する姫たちも大勢いたようだった。
ソフィアも声こそ上げなかったものの、内心ではひやりとしたものを感じていた。テラの抜け目なさは部下としてよく知っている。道化と言葉遊びをしていたソフィアをあっけなく振り落としてもおかしくなかった。
扉の内に行けなければ、後宮で新たな主をみつけることは叶わない。どなたかの姫にお近づきになっておかなければいけなかったのに、自分はそれを怠った。
一つ、また一つ名前は呼ばれ、否応なしに中庭には緊張が立ち込める。ソフィアもじろりと女豹のような目でテラを見たまま動けなかった。
ふいにテラは小さく笑って、付け加えるように言う。
「……元アナベル皇后の侍女の、ソフィア。寵姫候補は以上です」
喜び勇んで扉の中に駆け寄る勝者たちと、うろたえる落選者たちで騒然となる中庭で、ソフィアは立ちすくんでいた。
テラはそんなソフィアに滑るように歩み寄ると、波の無い口調で問う。
「選ばれたというのに、喜ばないのかしら?」
ソフィアは苦い顔でテラに言い返す。
「……あなたの目では、私は失格のはずだ」
テラはうなずいてソフィアに同意した。
「そうね。侍女としてはあなたを評価するところはなかったわ。……ただ」
テラはそう言ってから、どこか謎めいた言葉を付け加える。
「寵姫としては大きな力が働いたものだから」
「大きな力?」
ソフィアが首を傾げると、テラはほほえんで踵を返す。
「では、ね。私は次の仕事があるものだから」
足音も立てずに去っていくテラに、ソフィアは何か不自然なものを感じていた。
「……寵姫として?」
そしてふいにテラが告げた言葉を繰り返して、ソフィアはぷっと笑う。
「まさかな。侍女の私がそんなこと」
ソフィアはあっさりと笑い飛ばして、扉の内に歩んで言ったのだった。
「みなさま、ようこそおいでくださいました。共に陛下にお仕えする方にこれほどお集まりいただけて、わたくし共もうれしく思います」
流暢に口上を述べた彼女は、後宮の女官長テラだった。豊かな亜麻色の髪を束ねて首の後ろから垂らし、裾さばきもそつのない足取りで歩み出る。
ソフィアはアナベル皇后の第一の侍女であっても、女官長の指揮の下で働く女官の一人には違いない。その立場だけでも、テラに多少の圧を感じながら働いて来た。
テラはふいに底の見えない微笑みを浮かべて一同に告げる。
「……実はもう、第一の選定はさせていただきましたのよ。選定者は、既にみなさまの中に入り込ませております」
ソフィアは彼女に気づかれないように微かに口の端を下げた。
テラはあまり自分の考えを口にせず、穏やかそうに見せかけて実にしたたかな女性だった。後宮の秩序を乱した侍女を気づかれない内に裏方に回すなど、仕事の早い上司でもあった。
「ではお名前をお呼びしますので、選ばれた方は扉の内へどうぞ」
早速始まった選定に、動揺する姫たちも大勢いたようだった。
ソフィアも声こそ上げなかったものの、内心ではひやりとしたものを感じていた。テラの抜け目なさは部下としてよく知っている。道化と言葉遊びをしていたソフィアをあっけなく振り落としてもおかしくなかった。
扉の内に行けなければ、後宮で新たな主をみつけることは叶わない。どなたかの姫にお近づきになっておかなければいけなかったのに、自分はそれを怠った。
一つ、また一つ名前は呼ばれ、否応なしに中庭には緊張が立ち込める。ソフィアもじろりと女豹のような目でテラを見たまま動けなかった。
ふいにテラは小さく笑って、付け加えるように言う。
「……元アナベル皇后の侍女の、ソフィア。寵姫候補は以上です」
喜び勇んで扉の中に駆け寄る勝者たちと、うろたえる落選者たちで騒然となる中庭で、ソフィアは立ちすくんでいた。
テラはそんなソフィアに滑るように歩み寄ると、波の無い口調で問う。
「選ばれたというのに、喜ばないのかしら?」
ソフィアは苦い顔でテラに言い返す。
「……あなたの目では、私は失格のはずだ」
テラはうなずいてソフィアに同意した。
「そうね。侍女としてはあなたを評価するところはなかったわ。……ただ」
テラはそう言ってから、どこか謎めいた言葉を付け加える。
「寵姫としては大きな力が働いたものだから」
「大きな力?」
ソフィアが首を傾げると、テラはほほえんで踵を返す。
「では、ね。私は次の仕事があるものだから」
足音も立てずに去っていくテラに、ソフィアは何か不自然なものを感じていた。
「……寵姫として?」
そしてふいにテラが告げた言葉を繰り返して、ソフィアはぷっと笑う。
「まさかな。侍女の私がそんなこと」
ソフィアはあっさりと笑い飛ばして、扉の内に歩んで言ったのだった。