はたらく女子の真夜中ごちそうティータイム ~慌ただしい一日を添えて~

 あの時有紗に相談しなかったら、カフェ経営は誰にも言わずに諦めていたかもしれなかった。
 もしかしたら、何となく歳だからと言う理由で結婚相手を探して、結婚しようとしていたかもしれない。
 けれども、やりたいことを口にしたことで、百花にとっての目標が明確になったような気がする。

 相談してから一年後に始めたカフェは、内装はオシャレだけど、お客さんは近所の年寄りばかり。
 そもそも都会からわざわざ交通の便が悪い場所まで来てくれるひとは、滅多にいない。
 何かの特集に取り上げてもらえたら、話は別かもしれないけれども……それは夢のような話。
 早朝の農家の手伝いだって、売り上げの足しにしているような状態だ。

 百花はお客さんを選び好みするつもりはない。
 ただちょっぴり、都会のオシャレなカフェに憧れるだけ。

「今日は俺の負けか!」
「よーし、今日のケーキはお前のおごりだ! ははは!」

 人の少ない店内をぼうっと眺めていると、対局が終わって賑やかにしていた老人二人が百花に問いかけた。

「モモちゃん。今日のケーキは何かな?」
「キウイのレアチーズケーキですよ」
「じゃあそれを二つ、ブレンドも追加で頼むよ」
「儂はブルーマウンテンを一杯」
「ご注文ありがとうございます。ご用意しますね」

 お客さんは望むようには来ないけれども……。
 近所のひとたちにはとても世話になっている。
 もしかしたら彼らも、今までなかったような目新しいお店が出来て嬉しいのかもしれない。

 亡くなるかもしれなかった祖父との土地を守りつつ、やりたかったカフェ経営を安定してやっていけていることは幸せだと百花は思った。
 相談した時、有紗も「失敗するかもしれない」とも言っていたくらいなのだから。

 いつもお世話になっている敗者のケーキをちょっとだけ大きく切り分けつつ、百花はやりたいことが出来ることの喜びを噛みしめた。
 有紗の勤める会社はゲーム会社ではあるが、他の会社からの仕事を請け負っている会社でもある。
 今回のオンラインミーティングの相手は、仕事の発注元だ。

 有紗たちは、会議室の画面とスピーカー越しから放たれるメテオフォールを盛大に浴びていた。

「ソウデスカー。仕様変更ですかー」

 有紗は荒ぶる思いを口に出してしまいそうなのをなんとか堪えたが、カタコトになってしまった。
 なお、他の同僚たちもカメラに渋面が映らないように、必死に耐えている。

『そうなんですよ。上の方がですね、このように仕様変更した方がより継続率があがると判断いたしまして』
「ソウナンデスネー。あのそうしますと、元々の実装締め切りが来週金曜日ですよね? まだ実装中の箇所もありますし? 今からですと五営業日しかありませんが、仕様変更分の工数は頂けるのでしょうか……?」
「次バージョンのリリース日は変更できませんので、何とか出来ないでしょうか」

 相手は問いかけるわけではなく、どうにかしろと言っているようである。

「ところで、新しい仕様はいつ出来ますか?」
「そうですね。今まだ担当者が必死に対応しておりまして、週末も挟みますし、来週の…………水曜日でしょうか?」
「えっ?」

 スピーカー越しの発言に、会議室が一斉にざわついた。

「水曜日に頂ける仕様の実装を、二日後の金曜日までに……ですか。現在実装中の機能も含めて……ですよね?」
「……そう……ですね……」

 さすがに無理があると気づいたのか、相手の歯切れが悪くなる。

「もう少し早く仕様確定出来ませんか? その、月曜日までですとか」

『週末挟むせいで水曜日になるってことは、つまり土日働けるってことですよね!』
『そもそも水曜日に出来たものを当日中に貰える保障はないと思います。絶対翌日になるのでは』
『つまり我々に残される時間は二十四時間……』
 などと、会議室にいた同僚が社内のチャットに次々と書き込んだ。
 相手もブラックだが、社内も相当に社畜である。

『…………確認いたします』
「今日中にお願いします」

 結論が保留になった会議が終わると、有紗は即効でオンラインミーティングの通話を切った。
 すると、会議室にいた同僚がぼそっと呟く。

「メテオフォール降ってきましたね……」

 説明しよう!
 ここで言うメテオフォールとは、日本の代表的かつ最悪な開発手法、メテオフォール型開発のことである!
 神の一声によって様々な仕様がひっくり返される事象で、有紗も度々上層部から放たれる無慈悲な光を浴びていた。

「イツモノコトダネー」
「白石さんが壊れたー!?」
 有紗の勤める会社の定時が過ぎた頃。
 相手先からはいまだ、仕様のスケジュールに関する連絡は来なかった。

 有紗は内心焦りながらも、真剣にディスプレイを睨みつつキーボードを叩いている。
 そんな中、同僚が有紗に声をかけた。
 ミーティング中にほとんど喋らなかったが、彼がプロジェクトのリーダーだ。

「白石さん、もう帰ったら? 帰るって言っていた十七時をとっくに過ぎているよ。それに連日終電だったんでしょ?」

 時計を見ると、二十時を過ぎている。

「仕様変更が来るかもしれないので、今できることは今のうちにやっておかないと来週死ぬ……。来るべき未来に死なぬため、私は戦う……」
「カッコイイこと言ってるけど、今日死にそうな顔して頑張ったものが来週ひっくり返されたとしたら、来週余計に心が死ぬよ?」
「いやでも……」
「それに先方、もう帰ってるよ」
「ハァ!?」
「あそこいつも定時で上がるし。仕様変更の件どうなりましたか? 今日中に何か分かりますか? って投げたら、ステータスがオフラインだった」
「マジで!?」
「マジで」
「じゃ、じゃあ仕様変更どうするの? 来週どうなるの? みんな死ぬの? 世界は滅び、そして新世界が始まるの? メテオフォールなだけに?」
「大丈夫! 死ぬときはみんな一緒だヨ!」
「ヤッタネ!」

 度重なる仕様変更と残業により、有紗とリーダーのテンションは相当バグっていた。

「二人とも、思考がバグってるので早く帰って土日休んでください。相当ヤバいです」

 なお、彼らのバグを直すには長期休暇が必要な模様である。

――

 素直に帰ることにした有紗は、百花にメッセージを送った。

『と言うわけで、予定よりも遅いのですが早く帰ることになりました、まる……と』
『予定よりも遅いのに早いってなにw』
『それによりも、今日はご馳走の日でしょ。何か買って帰ろうか?』
『それよりケーキの残りがあるから、食べるの手伝って!』

 百花から送られてきたキウイのレアチーズケーキの画像に、有紗は思わず涎が垂れそうになる。

『もちろん!! ご馳走になります!!』

 何か買おうと思ったものの、百花からは要らないと言われてしまったので手ぶらで帰ることになる。
 寄ろうと思っていた紅茶専門店も、都会とは言えさすがに今日は店じまいをしている。

(まあこの時間にやってるお店だと、ご馳走って感じじゃないし。それに私たち、お酒飲まないからねえ……)

 顔を上げた有紗はふと、隣に立っているひとがスマホを横持ちにしてゲームを遊んでいることに気付く。
 職業的な興味もあって、ゲームを遊んでいると思しき人物が近くにいると有紗は気になって仕方がない。
 チラチラッと気付かれない程度にチラ見してみると、それは有紗が平日よく見ている画面だった。

(わー! 私の関わったゲームだ! しかも結構レベルが高い! 沢山遊んでくれてるんだね、嬉しいな~!!)

 仕事で理不尽なことは多々あるけれども、誰かが遊んでくれているのはとても嬉しい。
 それに、有紗はなんだかんだ言っているけれども、この物を作る仕事が好きなのだ。
 ただただ、働き方がブラックなだけで。

(いつか……スタッフロールに名前が載る仕事をしたいなあ……)

 電車に揺られながら、有紗は小さくも大きな夢に思いを馳せた。
 二十二時過ぎ。
 同居中の百花の家に到着した有紗が、引き戸をガラガラと開く。
 すると玄関で寝そべっていたトロロが有紗を出迎えた。

「ただいまー」
「わん! わん!」
「トロロ待っててくれたのー? 良い子だねー! よーしよしよし!!」

 百花と有紗がルームシェアをしている理由は単純だ。

 百花は出来るだけ出費を抑えたい、有紗はもふもふと甘いもので癒されたい。
 そんな百花に家賃を払う形で、有紗はもふもふなトロロをなで回す権利と、カフェの残りをご馳走になる資格を得た。

 なので、有紗はひたすらにトロロをなで回す。

「あー。このもふもふ具合がたまらん……至福……」

 そんな有紗の元に、百花が呆れた表情をしながらやってきた。

「癒されるのは分かるけど、いつまで玄関でそれやってるの?」
「はっ、思わず現実逃避してしまった」
「有紗が帰ってきたことだし、金曜夜のご馳走タイム、始めようか」
「待たせちゃってごめんね、モモ」
「わん!」
「……トロロは寝ようね」
「くぅ……」

――

 金曜日の夜、ふたりが楽しみにしているのは有紗の帰宅後のご馳走の時間。
 有紗の帰りが遅くなく、百花も付き合いでの飲み会がないときは、だいたいこの小さくも幸福なひとときが開催される。

「今日は、トウモロコシのおすそ分けしてもらったの」

 百花が皮付きのトウモロコシを二本手に取って、有紗に見せびらかした。
 ゆずってくれたのは、今日百花が手伝いをしたのとは別の農家で、カフェの常連さんだ。

「わ〜! 採れたてトウモロコシ! 実がずっしりしてるね。これは食べ応えがありそう~! 焼く? 蒸す? それとも……煮る?」
「醤油で焼くのも良いね」
「あ〜いいね〜! しょっぱい感じのがたまらないよね!」
「けどせっかくの採れたてだから、醤油かけるの勿体ないよね」
「じゃあ蒸そうか」

 有紗は蒸し器を取り出すと、水を入れて沸騰させる。
 その間にトウモロコシの皮とヒゲを取っていく。

 百花はと言うと、蒸し器の隣のコンロでスパゲッティを茹で始めた。

 普段のふたりは、残り物は勝手に食べて良し、それ以外は各自で作る……というスタイルだ。
 金曜夜のご馳走タイムのときは、作業を協力している。

 ダイニングテーブルに並ぶのはだいたいがカフェのお昼に提供していた料理の残りだけれども、殆どの野菜がその日の採れたてで作られている。
 有紗にとっては、残り物ではない。ご馳走なのだ。

 百花が今日のランチの残りのミートソースを鍋で温めている間に、有紗がサラダを作る。
 百花が庭で育てている家庭菜園のキュウリを刻み、サニーレタスと一緒にお皿に盛りつけて、百花特製のニンジンドレッシングをかけた。

 出来上がったスパゲッティや蒸し上がったトウモロコシをお皿に盛りつけて、コップに麦茶を注いでテーブルに並べて……。

「出来上がり!」
「じゃあ頂きます~!」
「頂きます」

 ふたりは手を合わせて頂きますをすると、さっそく思い思いの料理を口にした。

 百花はサラダから。
 本日カップ麺以来の初食事でお腹が空いていた有紗は、トウモロコシも気にしつつトマトのミートソーススパゲッティを食べ始める。

「ミートソースはトマトの酸味が程よく効いていて、おいしいね~!」
「夏はやっぱりトマトだと思うな」
「トマトも良いけど、夏はやっぱりトウモロコシでしょ! 今日は蒸したのだけど、焼いたやつも食べたいな~!」
「次も貰えるか分からないから、食べたいなら買ってくるしかないよ?」
「もちろん!」

 そう言いながら、ふたりしてトウモロコシを食べた。

「うん。甘味があっておいしい」
「これは醤油つけて食べるの勿体ないね。蒸して正解!」

 今日もご飯が美味しいね、と笑いながら、ふたりは遅めのご馳走を食べるのだった。
 真夜中のご馳走の後。
 待ち受けているのはお風呂タイム……ではなく。

「待ってました~! 食後のティータイム~!」

 ご馳走会第二部のティータイムが始まった。

「待ってたのはお茶よりもケーキでしょ」
「そうとも言う」
「今日のデザートは、キウイのレアチーズケーキです!」

 彼女たちのティータイムはダイニングテーブルではなく、同じダイニングにあるソファーの前にあるテーブルで楽しんでいる。

 百花が綺麗に盛り付けたケーキをテーブルに並べる。
 タルト生地の上にレアチーズを乗せ、さらにその上にゼリーでキウイを固めた二層のチーズケーキだ。
 飾り付けに生クリームをくるくると可愛く絞って、ブルーベリーとミントをそっと添えている。

「わ〜! おいしそう!」

 あとは飲み物を用意するだけ。
 アルコールの飲めないふたりの真夜中ご馳走のティータイム部門のお供は、もちろんお茶。

 百花が濃い目に淹れたブドウフレーバーの紅茶を氷で冷やし、シャンパングラスに注ぐ。
 そこに炭酸水を注ぐと、紅茶と混じった炭酸がしゅわしゅわと弾けた。

「食後のティーソーダをお持ちしました」

 お店みたいにテーブルにグラスを置く百花に、有紗は面白そうに笑った。

「見た目はスパークリングワインみたいでオシャレだね」

 ケーキのゼリーもティーソーダも、部屋の照明でキラキラと輝いて見える。

 ソファーで寝ているトロロを真ん中に挟んで、百花と有紗は早速ティータイムを堪能し始めた。

「なんとなくシャンパンの香りがする?」

 口元にシャンパングラスを運んだ有紗が問いかけると、百花はケーキを口に運びながら答えた。

「ブドウフレーバーのティーソーダだからだと思うよ」
「ふふ。うちらお酒飲めないけど、グラスと香りだけだとお酒飲んでるみたいだよね」
「面白いでしょ?」
「うん。そう言うの、遊び心があって好きだよ」

 香りを堪能した有紗がティーソーダを口にすると、楽しそうに微笑んだ。

「ん~! エナドリ以外の炭酸を飲むのは一週間ぶりだよ。なんだろう、健康的な味がする……」
「気のせいだって。エナドリもほどほどにした方が良いよ」
「別に毎日飲んでるわけじゃないし。超頑張る必要があるときだけだし」
「平日の日中はカップ麺にエナドリ生活でしょ? そのうち身体壊すよ……」
「でも今の仕事、好きなんだよねー。理不尽で嫌なこともいっぱいあるけど」
「私も、カフェをやってよかったと思う」
「ケーキも美味しい〜! 甘酸っぱくて、このお茶に合うね」

 有紗はケーキを食べながら、しみじみと呟いた。

「こうやって美味しいご馳走が食べられるのってさ、モモがカフェをやるって選んだからなんだよね」
「カフェを選ばなかったら、結婚した方が良いかなって思っていたし」
「それにルームシェアだってしてなかったでしょ?」

 有紗は首を傾げた。

「……後悔してない?」

 問いかけは、二年前に百花が有紗に相談した、カフェをやるか結婚するかの二択の件だった。

「してないよ。感謝してる」
「私さ。モモに色々言ったことで後悔させちゃう選択をさせちゃったかなって、気になってたんだよね」
「あのとき有紗自身が言っていたじゃない。私の気持ちと相談して決めなよ、って」

 百花はグラスを傾けながら続けた。
 照明に照らされて、グラスは輝いている。
 百花の瞳も、前向きでキラキラとしていた。

「選んだのは私の意思で、叶えたかった夢のためだから。後悔なんてしてないよ」

 繁盛しているわけじゃないけど、失敗したわけじゃないしね。と付け加えつつ、お茶を飲んだ。

「そっか、それならよかった!」

 有紗はにっこりと微笑むと、安心してケーキを食べるのを再開した。

 数分後、ティータイムが終わるとふたりはソファーにもたれ掛かった。

「ごちそうさま! 今日も美味しかったよ〜!」
「どういたしまして」
「お腹いっぱい食べると眠くなるよね〜」
「朝早くて夜遅いからね」

 ふたりは寝ているトロロをもふもふしながら、うとうとし始める。

「ふぁー……。やっぱり食後はもふもふだよね」
「片づけは明日にしよう」
「そうしよそうしよ。明日明後日は休日だからね」

 ご馳走でたっぷりと癒されたあとは、もふもふに埋もれての心の潤いタイムの始まり。

「休日は沢山休むぞ~!」
「頑張るのは月曜日から!」

 好きなことに頑張る女子ふたりは、慌ただしい毎日の疲れをこうして金曜日のご馳走ティータイムで癒して、翌週の仕事に備えるのでした。

~了~

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