翌日、待ち合わせの時間の十五分前に駅に着いた。改札を出たコンコースで手先を温めるようにカイロを指で挟む。人の行き交う通路は、赤、白、緑の三色に包まれていた。改札横のカフェの前には、顔の高さほどのクリスマスツリーが飾られている。街の装いはクリスマス一色で、洸太はその光にそわそわした。
今日の服はブルーのボタンシャツの上にオフホワイトのセーターを重ねて、黒のハイネックのジャケットを着た。寒くなったときのために、中にマフラーを巻いている。
白い息を吐きながら乗り換え案内の看板を見、電車がやって来る音に耳を傾ける。「回送電車が参ります。ご注意ください」。そんなアナウンスが聞こえる中で、洸太はぼーっとしていた。
昨日ベッドの中でなかなか眠れなかったから、少し眠たい。だが、洸太を眠らせまいと冬の凍てついた空気が頬を叩く。ぐずぐずとミナトへの気持ちを諦められなくて、佐藤さんを紹介されるまで好きでいてもいいかななんて思ったりする。結局、気持ちの行き場は見つけられなかった。今日一日遊ぶ中でなにかが見えてくればいいと思う。
ぼんやりと人々を吐き出す改札を見ていたら、背の高いコートの男が近づいてきた。
「先輩」
聞き覚えのある声にそちらを見上げ、ぽかんとした。登下校のときと同じネイビーのダッフルコートとボルドーのマフラーのミナトがいた。だが、その髪が短くなっている。
見覚えのあるセンター分けの前髪に、マッシュルームカットに近いツーブロック。根元の黒の部分が長くなり、髪の長い部分の毛先だけを金髪に染めているように見える。何度も眺めた、学ランを着たミナトの画像。そこから本人が丸ごと飛び出して目の前に立っているような感覚だ。
重ために見えた目蓋は二重がはっきりして見えて、すいてある前髪からいつもならあまり見えない眉が覗いている。髪の黒い部分が多いからか、頭がいつもより小さく見えた。金髪プリンに出ていたやんちゃっぽさが消えて、おしゃれに染めているように見える。いつもよりずっと大人びて見えた。
「え、うそ」
挨拶もなく思わず本音が口をついて出た。
「ミナト君、かっこよすぎでしょ……」
急に心臓がばくばくと音を立て始め、その音を漏らすまいとカイロを持った手を口元に当てる。だがミナトはこちらの言葉に赤面した。
「……感想を教えてくださいって言おうとしたら先に言われた……」
え、すごい、かっこいい。いや、かわいい? どっちもだ。ああいいな、佐藤さんはこんな素敵なミナト君と一緒にいられるんだ。
「ミナト君」
洸太は笑顔で小さく拍手をした。
「サプライズデートなら完璧!」
すると照れた表情でミナトが頭を掻いた。
「先輩がタイミングが大事みたいなことを言ってたから……クリスマスなのかと思って、昨日学校帰りに切ったっす。染めるにはお金がかかると思って金髪も残ってますけど」
明日のクリスマスデートに備えてってことか。洸太の腹の底が一瞬ひやりとしたが、笑顔を作った。
「自分の髪は失敗しないって言ってたもんね! 有言実行だね!」
「失敗してないならよかったっす」
「大成功だよ、保証する!」
そうかな、ならいいんだけど。小さな声で呟くミナトに「じゃ行こ!」と無理やり話題を変える。コンコースから出て駅前の道を映画館へと進む。
今日は曇天で、街並みもなんだか寒々しかった。だが、街路樹の電飾がカラフルに光っていたり、どこからか流れてくるクリスマスソングが人々の声に混じったりして、クリスマスイブの高揚感が胸をざわつかせる。髪を切ったミナトの顔が見たくて、ちらちらと目線だけで盗み見た。
「ミナト君、今日は夕方から雪が降るかもって。モールの中で過ごすのは正解かも。明日も雪で滑ったらいけないし、気をつけて行ってきてね」
「っすね。冬のおでかけは映画がおすすめってネットに書いてあったっす」
「今日のは評判もいいしね。半券がコレクションに加わるかどうか楽しみ!」
明るい声を出してテンションをあげ、スマホでQRコードを出す。映画館の入り口で半券をゲットすると、夏と同じようにパンフレットを買ってフードメニューのところへ行った。
「ミナト君、なに飲む? セカンド飲み回ししなきゃ」
天井から吊り下げられたメニューボードを指さすと、ミナトが笑いながら「ホットのレモンティーにするっす」と言う。
「僕、なににしようかな。ミナト君、飲むならなにがいい? 炭酸は苦手でしょ? 前回はジンジャエールを飲ませちゃってごめんね」
するとミナトは驚いた顔でこちらを見下ろした。
「オレ、炭酸が苦手って言いましたっけ」
「いや、言ってない。だけど、ファミレスのドリンクバーで炭酸は飲まないし、僕よりお代わりするくらい水分をとるのに、映画館のレモンジンジャーだけはちょっとしか飲まなかったから。違った?」
するとミナトが短くなった髪を掻いた。
「先輩、エスパーっすね。炭酸が口と喉でぱちぱちするのが痛くて。消化器官がお子様っす。炭酸じゃなきゃ大丈夫っす」
「じゃあカルピスにしよ。ポップコーンは何味にする?」
「めんたいマヨっていうのが実は気になってるっす。先輩大丈夫っすか」
「オッケー! なかなか食べられない味だし、それにしよ」
またミナトがトレイにポップコーンと飲みものをのせ、洸太は自分のドリンクを持ってスクリーンに入った。隣の席に座り、コートを脱ぐ。早速ポップコーンに手を伸ばした。
洸太は一口飲んでからカルピスのドリンクを渡した。ミナトも笑顔でレモンティーをくれる。一息つき、口をつける。熱い紅茶が喉の奥を流れていき、体の芯へ届く。なんだか思ったよりも甘い気がする。間接キスってこんな味なのかな。そう思っていると、ミナトがこちらを見ていることに気づいた。
「どうかした?」
するとなぜかミナトは慌てたように「イエ!」と首を横に振り、ちゅーっとカルピスに口をつけた。髪が短くなって耳が出ていて、そこがちょっと赤い。外から急に暖かい映画館に入ったので暑いのだろう。
しゃくりしゃくりとポップコーンを食べる。めんたいマヨはクレープのツナマヨ味を連想させる。そうやって思い返すと、ミナトとの思い出がたくさんあることに気づいた。
キャラメル部分が少なかった頃の金髪のミナトと公園で話したことや、本屋で本を取ってくれたこと、ファミレスで勉強したこと、体育館のパイプ椅子に座って部活の光景を見てくれたこと、帰り道にいろんな場所へ行ったこと、それらがどれだけ貴重で大切な時間だったのか分かる。
徐々に明かりが絞られる。暗闇の中でポップコーンに手を伸ばした手がぶつかって、ミナトがちらりと歯を見せて笑った。ぶつかった自分の指先が熱を持って、洸太はその指を握り締めながら映画を見た。
映画のあとはモールへ移動し、フードコートに入った。洸太はカツ丼、ミナトはカレー大盛りを頼み、向かい合っていただきますと手を合わせる。そのあとはアミューズメントコーナーに連れて行かれた。UFOキャッチャーを中心に、モールの一角にゲーム機がずらりと揃っているのだ。洸太はにんまりとした。
「ミナト君、ここは任せて」
洸太は久しぶりのゲーム機を前にして少し腕をまくった。
「僕、UFOキャッチャーは得意」
「マジっすか。ここに寄ることを日程の項目に入れたんすけど、オレ、実はなんもできないんすよね……すごく不器用で。ガチャ回すくらいしかできないっす」
「なに取る? お菓子でもぬいぐるみでも。ミナト君がほしいのを取るよ」
「えーと、まず獲物を探します」
ミナトとぐるぐる辺りを見て回り、その中でミナトがかわいいからほしいと言ったバナナの大型ぬいぐるみに挑戦することにした。ミナト曰く「枕になりそう」らしい。
「先輩って、こういうのを一回で取れるんすか」
「一回では無理かな。アームの強さもやってみないと分かんないし。ちょっとずつずらして取るんだよ。あとは横から見て奥行きを確認するのも大事」
洸太はそう言いながらバナナを五百円玉一枚、六回で落とした。「よしっ」とガッツポーズを取るこちらに、台の下からぬいぐるみを拾うミナトが目を丸くする。
「先輩がこういうの得意って、イメージになかった」
「バカみたいだと思うけど、小さい頃はムキになってやってさ、いくつも取って親に見せてたんだよ。ソータよりできることがあるって親の気を引きたくて」
「ん? ちょっと待ってください。そのたくさん取った景品たちは今も片づけられず部屋に溢れてる……?」
「ううん。小学校の頃はソータと同じ部屋だったんだけど、いらないだろってソータが全部ゴミ袋に入れて捨てちゃったんだよ。怒ってソータに掴みかかったら、そんなに怒る僕を見たことがないソータも親もぽかんとしてさ。家族から見たらくだらないおもちゃだったんだけど、僕としては自分ができることの証明だったわけ。泣き喚く僕に焦った親が、お年玉の他にUFOキャッチャー代をくれた。ソータは不満そうだったけど、睨んだら黙ってた」
ミナトが店員からもらったビニール袋にバナナを入れて笑う。
「先輩のほうがわんぱくだったって、なんとなく分かった気がします。……って、ちょっと待った、そのUFOキャッチャー代で取った景品は今も部屋に……?」
「ある。クローゼットの中の箱に入ってる。それに手を出したら僕の逆鱗に触れるって家族全員が思ってるよ。まあ、今はもういいんだけどさ。もう自分をソータと比べるのはやめたし」
するとミナトが一瞬真顔になって「本当?」と言う。穏やかな口調で「ホント」と返した。ミナトは「ならいいっす」と笑みをこぼす。
「でも先輩の部屋、遊びに行きたいっす。その大切だった証明、見せてくださいよ」
「本が散乱する部屋でよかったらどうぞ。ソータを入れて三人でトランプしよ」
台の前でそんなことを話していたら、店員がやってきて台のプラスチックの扉を開けた。そしてミナトが手にしたのと同じバナナのぬいぐるみを設置する。店員が扉を閉めて鍵をかけると、お互いちらりと目が合った。
「……僕の分も取っていい?」
「取ってください! お揃いにしましょ」
ミナトが意気込んで財布から五百円玉を取り出した。チャリン。落ちた硬貨の音とお揃いの言葉にテンションがあがり、「よし」と台に手をついてボタンに手を添える。結局千円使ったが、無事にバナナをゲットした。笑顔でハイタッチして、ビニール袋に同じぬいぐるみを入れる。そのあとはモールをウィンドウショッピングして回った。
「先輩、どんな服が似合うかな……今日の白いセーター、ちょっと大きくて萌え袖っぽくなっててかわいかったっす」
ミナトがそう言ってハンガーにかかった服を洸太に当てて見比べてくる。
「サイズがぴったりなのを探すのが難しいんだよ。でも、ミナト君はちょっと大きいくらいでも充分着こなせてるよね」
洸太もミナトに似合いそうなパーカーを持ってきて胸に当ててみた。
「オレもサイズ難しいっすよ。背だけでかくて、中ぺらぺらっす。実は肩幅も狭いっす。Sサイズが着られるメーカーもあるんすよ」
「ミナト君は文化祭のクラスTシャツ、何サイズ着てた? 僕、Mだけど」
「え、オレもMっすよ。先輩とサイズ一緒? マジかよ」
「あ、その言い方ちょっとやだ。グータッチする?」
「いい意味で言ってるっす。同じTシャツを買ってもお揃いで着られるじゃないっすか」
衣服を見て回ったあとは、腕時計の並ぶ店を眺めた。ずらりとさまざまなメーカーの時計が並んでいるところは、見ているだけで楽しくなってくる。
「ミナト君、腕時計をしてないけど、買うとしたらどういうのがいい?」
「オレ、時計のフォルムが四角いのがかっこいいなって思うっす」
「分かる! あ、これ、ケースとかベルトとかをカスタムして好きなパーツで作れるって。いろんな色があっていいね。僕、案外ビビットなのって好き」
「高校生には気軽に買える値段じゃないっすけど、色違いをカスタムして持ってたらよくないっすか」
「いいね。そういうペアのものっていうのもかっこいいよね」
品物を見ながらしゃべっていると楽しい。部屋に遊びに行くだとかお揃いのものを持つだとか、佐藤さんと叶えるかもしれない話を自分のことのように錯覚できる。
ミナトと笑顔で店を回りながら、ごめんよと心の中で佐藤さんに謝る。今日はミナト君の言葉を勘違いしていたい。
今日の服はブルーのボタンシャツの上にオフホワイトのセーターを重ねて、黒のハイネックのジャケットを着た。寒くなったときのために、中にマフラーを巻いている。
白い息を吐きながら乗り換え案内の看板を見、電車がやって来る音に耳を傾ける。「回送電車が参ります。ご注意ください」。そんなアナウンスが聞こえる中で、洸太はぼーっとしていた。
昨日ベッドの中でなかなか眠れなかったから、少し眠たい。だが、洸太を眠らせまいと冬の凍てついた空気が頬を叩く。ぐずぐずとミナトへの気持ちを諦められなくて、佐藤さんを紹介されるまで好きでいてもいいかななんて思ったりする。結局、気持ちの行き場は見つけられなかった。今日一日遊ぶ中でなにかが見えてくればいいと思う。
ぼんやりと人々を吐き出す改札を見ていたら、背の高いコートの男が近づいてきた。
「先輩」
聞き覚えのある声にそちらを見上げ、ぽかんとした。登下校のときと同じネイビーのダッフルコートとボルドーのマフラーのミナトがいた。だが、その髪が短くなっている。
見覚えのあるセンター分けの前髪に、マッシュルームカットに近いツーブロック。根元の黒の部分が長くなり、髪の長い部分の毛先だけを金髪に染めているように見える。何度も眺めた、学ランを着たミナトの画像。そこから本人が丸ごと飛び出して目の前に立っているような感覚だ。
重ために見えた目蓋は二重がはっきりして見えて、すいてある前髪からいつもならあまり見えない眉が覗いている。髪の黒い部分が多いからか、頭がいつもより小さく見えた。金髪プリンに出ていたやんちゃっぽさが消えて、おしゃれに染めているように見える。いつもよりずっと大人びて見えた。
「え、うそ」
挨拶もなく思わず本音が口をついて出た。
「ミナト君、かっこよすぎでしょ……」
急に心臓がばくばくと音を立て始め、その音を漏らすまいとカイロを持った手を口元に当てる。だがミナトはこちらの言葉に赤面した。
「……感想を教えてくださいって言おうとしたら先に言われた……」
え、すごい、かっこいい。いや、かわいい? どっちもだ。ああいいな、佐藤さんはこんな素敵なミナト君と一緒にいられるんだ。
「ミナト君」
洸太は笑顔で小さく拍手をした。
「サプライズデートなら完璧!」
すると照れた表情でミナトが頭を掻いた。
「先輩がタイミングが大事みたいなことを言ってたから……クリスマスなのかと思って、昨日学校帰りに切ったっす。染めるにはお金がかかると思って金髪も残ってますけど」
明日のクリスマスデートに備えてってことか。洸太の腹の底が一瞬ひやりとしたが、笑顔を作った。
「自分の髪は失敗しないって言ってたもんね! 有言実行だね!」
「失敗してないならよかったっす」
「大成功だよ、保証する!」
そうかな、ならいいんだけど。小さな声で呟くミナトに「じゃ行こ!」と無理やり話題を変える。コンコースから出て駅前の道を映画館へと進む。
今日は曇天で、街並みもなんだか寒々しかった。だが、街路樹の電飾がカラフルに光っていたり、どこからか流れてくるクリスマスソングが人々の声に混じったりして、クリスマスイブの高揚感が胸をざわつかせる。髪を切ったミナトの顔が見たくて、ちらちらと目線だけで盗み見た。
「ミナト君、今日は夕方から雪が降るかもって。モールの中で過ごすのは正解かも。明日も雪で滑ったらいけないし、気をつけて行ってきてね」
「っすね。冬のおでかけは映画がおすすめってネットに書いてあったっす」
「今日のは評判もいいしね。半券がコレクションに加わるかどうか楽しみ!」
明るい声を出してテンションをあげ、スマホでQRコードを出す。映画館の入り口で半券をゲットすると、夏と同じようにパンフレットを買ってフードメニューのところへ行った。
「ミナト君、なに飲む? セカンド飲み回ししなきゃ」
天井から吊り下げられたメニューボードを指さすと、ミナトが笑いながら「ホットのレモンティーにするっす」と言う。
「僕、なににしようかな。ミナト君、飲むならなにがいい? 炭酸は苦手でしょ? 前回はジンジャエールを飲ませちゃってごめんね」
するとミナトは驚いた顔でこちらを見下ろした。
「オレ、炭酸が苦手って言いましたっけ」
「いや、言ってない。だけど、ファミレスのドリンクバーで炭酸は飲まないし、僕よりお代わりするくらい水分をとるのに、映画館のレモンジンジャーだけはちょっとしか飲まなかったから。違った?」
するとミナトが短くなった髪を掻いた。
「先輩、エスパーっすね。炭酸が口と喉でぱちぱちするのが痛くて。消化器官がお子様っす。炭酸じゃなきゃ大丈夫っす」
「じゃあカルピスにしよ。ポップコーンは何味にする?」
「めんたいマヨっていうのが実は気になってるっす。先輩大丈夫っすか」
「オッケー! なかなか食べられない味だし、それにしよ」
またミナトがトレイにポップコーンと飲みものをのせ、洸太は自分のドリンクを持ってスクリーンに入った。隣の席に座り、コートを脱ぐ。早速ポップコーンに手を伸ばした。
洸太は一口飲んでからカルピスのドリンクを渡した。ミナトも笑顔でレモンティーをくれる。一息つき、口をつける。熱い紅茶が喉の奥を流れていき、体の芯へ届く。なんだか思ったよりも甘い気がする。間接キスってこんな味なのかな。そう思っていると、ミナトがこちらを見ていることに気づいた。
「どうかした?」
するとなぜかミナトは慌てたように「イエ!」と首を横に振り、ちゅーっとカルピスに口をつけた。髪が短くなって耳が出ていて、そこがちょっと赤い。外から急に暖かい映画館に入ったので暑いのだろう。
しゃくりしゃくりとポップコーンを食べる。めんたいマヨはクレープのツナマヨ味を連想させる。そうやって思い返すと、ミナトとの思い出がたくさんあることに気づいた。
キャラメル部分が少なかった頃の金髪のミナトと公園で話したことや、本屋で本を取ってくれたこと、ファミレスで勉強したこと、体育館のパイプ椅子に座って部活の光景を見てくれたこと、帰り道にいろんな場所へ行ったこと、それらがどれだけ貴重で大切な時間だったのか分かる。
徐々に明かりが絞られる。暗闇の中でポップコーンに手を伸ばした手がぶつかって、ミナトがちらりと歯を見せて笑った。ぶつかった自分の指先が熱を持って、洸太はその指を握り締めながら映画を見た。
映画のあとはモールへ移動し、フードコートに入った。洸太はカツ丼、ミナトはカレー大盛りを頼み、向かい合っていただきますと手を合わせる。そのあとはアミューズメントコーナーに連れて行かれた。UFOキャッチャーを中心に、モールの一角にゲーム機がずらりと揃っているのだ。洸太はにんまりとした。
「ミナト君、ここは任せて」
洸太は久しぶりのゲーム機を前にして少し腕をまくった。
「僕、UFOキャッチャーは得意」
「マジっすか。ここに寄ることを日程の項目に入れたんすけど、オレ、実はなんもできないんすよね……すごく不器用で。ガチャ回すくらいしかできないっす」
「なに取る? お菓子でもぬいぐるみでも。ミナト君がほしいのを取るよ」
「えーと、まず獲物を探します」
ミナトとぐるぐる辺りを見て回り、その中でミナトがかわいいからほしいと言ったバナナの大型ぬいぐるみに挑戦することにした。ミナト曰く「枕になりそう」らしい。
「先輩って、こういうのを一回で取れるんすか」
「一回では無理かな。アームの強さもやってみないと分かんないし。ちょっとずつずらして取るんだよ。あとは横から見て奥行きを確認するのも大事」
洸太はそう言いながらバナナを五百円玉一枚、六回で落とした。「よしっ」とガッツポーズを取るこちらに、台の下からぬいぐるみを拾うミナトが目を丸くする。
「先輩がこういうの得意って、イメージになかった」
「バカみたいだと思うけど、小さい頃はムキになってやってさ、いくつも取って親に見せてたんだよ。ソータよりできることがあるって親の気を引きたくて」
「ん? ちょっと待ってください。そのたくさん取った景品たちは今も片づけられず部屋に溢れてる……?」
「ううん。小学校の頃はソータと同じ部屋だったんだけど、いらないだろってソータが全部ゴミ袋に入れて捨てちゃったんだよ。怒ってソータに掴みかかったら、そんなに怒る僕を見たことがないソータも親もぽかんとしてさ。家族から見たらくだらないおもちゃだったんだけど、僕としては自分ができることの証明だったわけ。泣き喚く僕に焦った親が、お年玉の他にUFOキャッチャー代をくれた。ソータは不満そうだったけど、睨んだら黙ってた」
ミナトが店員からもらったビニール袋にバナナを入れて笑う。
「先輩のほうがわんぱくだったって、なんとなく分かった気がします。……って、ちょっと待った、そのUFOキャッチャー代で取った景品は今も部屋に……?」
「ある。クローゼットの中の箱に入ってる。それに手を出したら僕の逆鱗に触れるって家族全員が思ってるよ。まあ、今はもういいんだけどさ。もう自分をソータと比べるのはやめたし」
するとミナトが一瞬真顔になって「本当?」と言う。穏やかな口調で「ホント」と返した。ミナトは「ならいいっす」と笑みをこぼす。
「でも先輩の部屋、遊びに行きたいっす。その大切だった証明、見せてくださいよ」
「本が散乱する部屋でよかったらどうぞ。ソータを入れて三人でトランプしよ」
台の前でそんなことを話していたら、店員がやってきて台のプラスチックの扉を開けた。そしてミナトが手にしたのと同じバナナのぬいぐるみを設置する。店員が扉を閉めて鍵をかけると、お互いちらりと目が合った。
「……僕の分も取っていい?」
「取ってください! お揃いにしましょ」
ミナトが意気込んで財布から五百円玉を取り出した。チャリン。落ちた硬貨の音とお揃いの言葉にテンションがあがり、「よし」と台に手をついてボタンに手を添える。結局千円使ったが、無事にバナナをゲットした。笑顔でハイタッチして、ビニール袋に同じぬいぐるみを入れる。そのあとはモールをウィンドウショッピングして回った。
「先輩、どんな服が似合うかな……今日の白いセーター、ちょっと大きくて萌え袖っぽくなっててかわいかったっす」
ミナトがそう言ってハンガーにかかった服を洸太に当てて見比べてくる。
「サイズがぴったりなのを探すのが難しいんだよ。でも、ミナト君はちょっと大きいくらいでも充分着こなせてるよね」
洸太もミナトに似合いそうなパーカーを持ってきて胸に当ててみた。
「オレもサイズ難しいっすよ。背だけでかくて、中ぺらぺらっす。実は肩幅も狭いっす。Sサイズが着られるメーカーもあるんすよ」
「ミナト君は文化祭のクラスTシャツ、何サイズ着てた? 僕、Mだけど」
「え、オレもMっすよ。先輩とサイズ一緒? マジかよ」
「あ、その言い方ちょっとやだ。グータッチする?」
「いい意味で言ってるっす。同じTシャツを買ってもお揃いで着られるじゃないっすか」
衣服を見て回ったあとは、腕時計の並ぶ店を眺めた。ずらりとさまざまなメーカーの時計が並んでいるところは、見ているだけで楽しくなってくる。
「ミナト君、腕時計をしてないけど、買うとしたらどういうのがいい?」
「オレ、時計のフォルムが四角いのがかっこいいなって思うっす」
「分かる! あ、これ、ケースとかベルトとかをカスタムして好きなパーツで作れるって。いろんな色があっていいね。僕、案外ビビットなのって好き」
「高校生には気軽に買える値段じゃないっすけど、色違いをカスタムして持ってたらよくないっすか」
「いいね。そういうペアのものっていうのもかっこいいよね」
品物を見ながらしゃべっていると楽しい。部屋に遊びに行くだとかお揃いのものを持つだとか、佐藤さんと叶えるかもしれない話を自分のことのように錯覚できる。
ミナトと笑顔で店を回りながら、ごめんよと心の中で佐藤さんに謝る。今日はミナト君の言葉を勘違いしていたい。