「うっ!」
 
 木綿子と龍河谷に行った翌日。
 瑞希は目を覚ますやいなや、激しい筋肉痛に襲われた。
 生まれたての小鹿のように足がぷるぷると震える。

(きっつ!)

 歩くのも一苦労でトイレまで歩くのもやっとだが、身体は怠くても不思議と心は軽い。
 瑞希は筋肉痛の身体に鞭を打ち、いつものように出社した。
 
「片づけてください」
「はいはい。魚谷さんは本当に小煩いねー」

 課長代理からチクンと嫌味も言われても今日はさほど気にならない。

(登山のおかげかな?)

 午前中を順調に過ごした瑞希が打ち合わせを終え会議室から戻ると、見覚えのない栄養ドリンクが一本デスク置かれていた。
 
【昨日はお疲れさま】

 木綿子と思しき繊細な女性の文字だった。
 瑞希は慌てて調達部から駆け出し、木綿子を追いかけた。
 
「木綿子さん!」

 廊下をランウェイのように華麗に歩くあの後ろ姿に声をかける。
 木綿子は髪を靡かせながら、後ろを振り返った。

「また私と山に登ってくれますか?」

 ルージュを引いた唇がゆっくり弧を描く。木綿子はもちろんとばかりに微笑んだ。

「次はメスティンでフレンチトーストでも焼きましょう」

 木綿子はそう言うと颯爽と廊下を駆け抜けていった。

(やっぱり買うんだ)

 散財する木綿子が目に浮かび、瑞希は堪えきれずにふふっと笑みを溢した。

「フレンチトーストかあ」

 私たちのクライミングプランはまだ最後まで決まっていない。
 さあ、次はどこの山に登ろう。




 おわり