一度気になるといても立ってもいられず、ゆあの家に走った。
 玄関の鍵は開いていて、だけど、何度呼んでも中から返事がなく。

 おそるおそる部屋に向かうと、ゆあが制服を着た状態でぐったり目を閉じていた。

 今日は土曜日、だよな。と、カレンダーを確認して、速る心臓を押さえながら近づいた。

 湿気を帯びた空気が充満する重苦しい室内。
 床に落ちた体温計、ネクタイ、それから空っぽのペットボトル。
 制服のシャツから覗く汗ばんだ肌。
 ベッドからだらりと下がる青白い手……。

  死んでいるんじゃないかと。
 怖くて怖くて、うまく呼吸もできなかった。

『…………ゆあ?』

 俺の呼びかけにその瞳が薄っすらと開くまで、本当に生きた心地がしなかった。

『なんか欲しいのある? 何なら食えそう? まじで俺、なんでも買ってくるから』

『……冷たい水と、コーラとゼリー、……アイスもほしい、ザクザクじゃなくてふわってしたやつね、それから……昨日発売のポケカ、あと───』

『あー、もういい調子に乗るな』

『……、あとは、そばにいて』


 ふいに、心臓がドクドクッと狂った。
 おもむろに伸びてきたその手を、つい握り返してしまった。

 それから……
 ──────それから、そのあいだの記憶は曖昧だ。

 なにか、強い力で引っ張られたような覚えがある。

 気づいたときには、唇と唇が触れていた。



 “ざまあみろ”

 まだ梅雨が開け切らない七月の、湿気を帯びた重苦しい部屋の中。

 目の前の唇が、そう動いたような気がした。

 少し紅潮した頬も、冷たさを秘めた瞳も、唇の端に浮かんだ挑発的な笑みも。
 あまりに憎らしくて美しくて、俺はずっと、ゆあから目を離せずにいた。


────────────
──────……


 後日。
 七月十日、月曜日。

 俺は七夕祭でOKをもらったはずの彼女に振られた。
 さらに後日、彼女がゆあと付き合い始めたことを噂で知った。

 事の真相としては……、

 ────言うまでもないだろう。