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ゆあの父親は教育熱心で、近所でちょっとした評判になるほどの人物だった。らしい。
ゆあが小学校に上がる前から家庭教師をつけ、習い事も絶え間なく詰め込み。
周囲からはその情熱が賞賛される一方で、時おり、まだ幼い息子にかかる重圧を心配する声も漏れていた。らしい。
躾のためだと言って、ゆあに手をあげていたという噂もあった
────“らしい“。
というのも、これらはすべて俺が母親から聞いたハナシだからだ。
小さい頃の記憶は曖昧で、果たしてどこまでが本当のことなのか今となっては定かではない。
そもそも、俺とゆあが初めて顔を合わせたのは小学校の入学式の日。それ以前の家庭事情など知る由もなかった。
そして俺は、ゆあの父親に会ったことすらない。
母さんのハナシによれば、ゆあが小学校に入学してすぐ離婚し、家を出ていったのだとか。
────『教育熱心の域を越えてるんじゃないかって、近所のお母さんたちと話してたらね、ちょうど児童相談所の人がゆあくんのお家に入っていくのを見たの』
────『殴る蹴るっていうのはなかったみたいなんだけど、日頃から怒鳴り散らす声とかよく聞こえてたし』
────『一番酷い噂ではね、ぜったいに違うと思うんだけどね、雷雨の中、ゆあくんをベランダに放置した……とか』
────『そうそう、そういえば、ママもゆあくんがベランダに一人でうずくまってるところを何度か見かけたたことがあって。……今思えば、あのときも内側から鍵を掛けた状態でそこに閉じ込められてたんじゃないかな……って。ほら、ゆあくんのアパートのベランダって屋根がないじゃない? もしあの噂が本当なら、ゆあくんは……ううん、やっぱりなんでもない。大丈夫よ、噂にすぎないもんね』
あくまでママの想像だからね、本気にしないでね、と母さんが何度も念を押していたことは、やけに記憶に残っている。
そのハナシを聞いたとき、俺はまだ小1になりたてで幼すぎたこともあり、ことの重大さをまったく理解していなかった。
あくまでママの想像、というのは、ほぼつくりバナシのようなものだと認識していたし、もっと言うなら、俺は家のベランダに出ることを禁止されていたので、ゆあのことをずるいとさえ思っていた(今思えば本当にサイアクだ)。
しかし一番の原因はゆあだ。
見た感じ、話した感じ、どこを切り取ってもゆあは普通だった。
その頃からすでに周囲に対して若干冷ややかな態度ではあったけれど、それはゆあの根っからの性質であり、いつだってブレることはなかった。
俺が冗談を言えば、年相応な顔で笑ってくれたりもして……そう、とにかく、普通だったのだ。
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ゆあの父親は教育熱心で、近所でちょっとした評判になるほどの人物だった。らしい。
ゆあが小学校に上がる前から家庭教師をつけ、習い事も絶え間なく詰め込み。
周囲からはその情熱が賞賛される一方で、時おり、まだ幼い息子にかかる重圧を心配する声も漏れていた。らしい。
躾のためだと言って、ゆあに手をあげていたという噂もあった
────“らしい“。
というのも、これらはすべて俺が母親から聞いたハナシだからだ。
小さい頃の記憶は曖昧で、果たしてどこまでが本当のことなのか今となっては定かではない。
そもそも、俺とゆあが初めて顔を合わせたのは小学校の入学式の日。それ以前の家庭事情など知る由もなかった。
そして俺は、ゆあの父親に会ったことすらない。
母さんのハナシによれば、ゆあが小学校に入学してすぐ離婚し、家を出ていったのだとか。
────『教育熱心の域を越えてるんじゃないかって、近所のお母さんたちと話してたらね、ちょうど児童相談所の人がゆあくんのお家に入っていくのを見たの』
────『殴る蹴るっていうのはなかったみたいなんだけど、日頃から怒鳴り散らす声とかよく聞こえてたし』
────『一番酷い噂ではね、ぜったいに違うと思うんだけどね、雷雨の中、ゆあくんをベランダに放置した……とか』
────『そうそう、そういえば、ママもゆあくんがベランダに一人でうずくまってるところを何度か見かけたたことがあって。……今思えば、あのときも内側から鍵を掛けた状態でそこに閉じ込められてたんじゃないかな……って。ほら、ゆあくんのアパートのベランダって屋根がないじゃない? もしあの噂が本当なら、ゆあくんは……ううん、やっぱりなんでもない。大丈夫よ、噂にすぎないもんね』
あくまでママの想像だからね、本気にしないでね、と母さんが何度も念を押していたことは、やけに記憶に残っている。
そのハナシを聞いたとき、俺はまだ小1になりたてで幼すぎたこともあり、ことの重大さをまったく理解していなかった。
あくまでママの想像、というのは、ほぼつくりバナシのようなものだと認識していたし、もっと言うなら、俺は家のベランダに出ることを禁止されていたので、ゆあのことをずるいとさえ思っていた(今思えば本当にサイアクだ)。
しかし一番の原因はゆあだ。
見た感じ、話した感じ、どこを切り取ってもゆあは普通だった。
その頃からすでに周囲に対して若干冷ややかな態度ではあったけれど、それはゆあの根っからの性質であり、いつだってブレることはなかった。
俺が冗談を言えば、年相応な顔で笑ってくれたりもして……そう、とにかく、普通だったのだ。