本日、我々は、ある情報を元に、ここへ取材にやってきた。
陽が登ってまだ間もない午前6時。
人かげのまばらな商店街の片隅に彼の姿はあった。
地元に根差した個人経営の小さな商店『スーパー ヤス』のバックヤード。
店舗を出たり入ったりしながら、一人黙々と品出しの準備を進めるその姿に、眠気は感じられない。
正義感、真面目と言う言葉が似合うその背中は、仕事に対する誇りを無言で語っているようだ。
山田太郎(仮名)(25歳)
職業 スーパーマン
我々は、彼の一日に密着した。
“おはようございます。今日はよろしくお願いします”
こちらの呼びかけに、彼は作業の手を止め、爽やかな笑顔を見せてくれた。
「おはようございます!」
その笑顔は、早朝だというのに潑剌としていた。
営業用の作り笑いでも、取材用の格好つけた笑顔でもない。そんな彼の笑顔に、好感を覚える。
今日は、いい取材が出来そうだ。
そんな期待を胸に抱きながら、我々は早速、取材を開始した。
“朝から大変な作業ですね”
「コレですか? そうですね。荷物の積み下ろしは、肉体的にキツいです。でも、スーパーでは、必要な作業ですから、仕方ありません。それに、体力トーニングになりますから。僕は、なるべくこの時間のシフト入りを希望しているんです」
我々、取材クルーに爽やかな挨拶をした際にだけ作業の手を止めた彼は、忙しそうに作業を続ける。
“こんなに大変そうな作業をいつもお一人で?”
「……いつもではないですよ。店長や専務が行う日もあるので……」
彼は控えめに応えるが、どうやらこのスーパーは、彼の頑張りに支えられているようだ。
彼は、この店でアルバイトをしている。出勤シフトは、週5日、月に20日程度。出勤時間はまちまちだが、休憩1時間を含む9時間勤務。フルタイム並みに働いても、月の稼ぎは20万円にも満たない。
“それだけの時間働くのであれば、もう少し、働く環境なり待遇面の良い所で働いた方が良いのでは?”
我々は、素朴なそして至極真っ当な質問を、彼にぶつけてみた。その問いに彼は、はにかんだような困ったような笑顔で応える。
「僕は、この『スーパー ヤス』以外で働くことは今のところ考えていないのです」
“それは何故ですか?”
「あまり大きな声では言えませんが……」
彼は声を潜めてこう言った。
『僕にとって、この店はとても都合がいい店だから』と。
店内にチャイムが鳴り響く。いよいよ開店だ。
我々は、営業の邪魔にならないよう、店の隅から取材を続ける。
日曜日の朝のスーパーは、目玉商品を狙って押し寄せる客でごった返す。レジには、すぐに近所の奥さま方が行列を成した。
しかし彼は、それを物凄い速さと正確さ、そして、丁寧な接客で捌いていく。我々は彼の凄さを目の当たりにした。これぞ、まさに彼がスーパーマンと言われる所以だろう。
しばらくすると、買い物カゴに目玉商品を詰め込み、おしゃべりに花を咲かせる奥さま方に混じって、困惑顔の小学生らしき女の子が一人、レジの行列に並んだ。
女の子は、小さめの牛乳パックを握りしめ、酷く浮かない顔で、自分の順番を待っていた。
行列が流れ、女の子の番となる。レジカウンターに牛乳パックを置き、女の子はポケットから封筒のような物を取り出すと、それをレジ内の彼に渡した。彼は、それを受け取り、女の子に何か話かけている。
我々の待機している場所からでは、彼らの会話までは聞き取れない。彼らは、二言三言、言葉を交わし、女の子は会計を済ませると、レジを後にした。
会計を済ませた女の子は笑顔になっていた。
我々は、彼らが一体どんな会話をしたのか知りたくて、女の子に声をかけてみた。
“すみません。ちょっとお話、よろしいですか?”
女の子は足を止めて、我々を不思議そうに見る。
“先ほど、レジの人と、どんなお話をされていたのか、教えてもらえますか?”
「えっと……、お使いですか? と聞かれました」
女の子は、さらりと我々の質問に応えてくれた。
“ちなみに、今日の買い物は、お使いですか?”
「ちがいます。公園にいるネコが、全然エサを食べません。だから、牛乳を買いに来ました」
“レジの人にもその話を?”
「はい。お兄さんも心配してくれて、気にかけてくれると言っていました」
“そうですか……。お話、ありがとうございました”
女の子は、笑顔で店を後にした。
我々は、再び、レジ内の彼へ視線を戻す。
よく観察してみると、彼は、会計の間に、お客とよく言葉を交わしていた。そして、レジを後にした客たちは、皆揃って満面の笑みで店を後にしている。
誰にでも分け隔てなく接し、小さな子供にも心を配る。それが出来るからこそ、彼は、接客のプロ、スーパーマンと呼ばれているのだろう。
息つく暇もないほどの客を捌き切り、漸く昼休憩。
彼は、一度バックヤードへと戻り、手製の弁当らしき小さな手提げを下げ、販売フロアへ足を向ける。
迷うことなく何かを購入すると、一人、店を出た。
昼休憩の間に、先ほどの女の子とのエピソードを詳しく聞こうと思い、我々は、急いで彼を追い掛けた。しかし、不思議なことに、店舗の外に彼の姿は見当たらなかった。
仕方がないので、彼への聞き取り調査は、彼が戻ってきてからにしようと諦め、昼休憩をしているパートのおばちゃんたちに、彼の働きぶりについて聞いてみることにした。
あれだけ熱心に仕事をする彼のことだ。周りも、さぞ、ベタ褒めだろうと予想しつつ、我々は、おばちゃんたちへの取材を開始した。
“休憩中すみません。ちょっとお話伺えますか?”
「あ〜。はいはい。何〜? 若さの秘訣? それは、毎日卵を食べることだよ。アハハハ」
「聞いてないし〜。キャハハハ」
おばちゃんたちは、我々を無視して大いに盛り上がる。
“あ、いえ。同僚の山田さんについて、お話伺えますか?”
盛り上がっているおばちゃんたちを制して、質問を投げる。すると、一瞬、場の空気が冷たくなった。
どうしたのだろうかと不思議に思っていると、おばちゃんたちは互いに目配せをしあい、やがて、一人が口を開いた。
「あの人、うそつきよ〜。すぐ嘘つくの」
うそつき? 誠実という言葉が似合うあの彼が?
“どういうことですか? 我々には、仕事熱心で、すごく誠実な人に見えますが?”
「仕事熱心ではあるんだけどね〜。でも、お腹痛くて、仕事に遅れたとか、子供みたいなこと言って、よく仕事に遅刻するのよ。特に、昼休憩の後に……」
「そうそう。この間もーー」
“……お話、ありがとうございました”
我々は、挨拶もそこそこに、おばちゃんたちの輪を後にした。
そんな我々を気にする様子もなく、その後も、おばちゃんたちは、彼の『うそつき』について、止めどなく口を動かし続けていた。
予想を裏切られ、我々は途方に暮れる。
おばちゃんたちの話では、彼の『うそ』は一度や二度ではないようだ。我々が、今日見てきた彼の姿は、取材用に作られたものなのだろうか?
詳しいことを彼の口から、聞いてみたい。ジリジリとした気持ちで、我々は、彼の戻りを待った。
しかし、休憩終了の五分前になっても彼は戻らなかった。
息を切らした彼が店へと駆け込んできたのは、午後の仕事開始時間を10分ほど過ぎた頃だった。足元が、少し汚れている。どこへ行っていたのだろうか。
店長やパートのおばちゃんたちに、申し訳なさそう謝りながら、そそくさと仕事を始めた彼に、我々は、コッソリと声をかけた。
“仕事に遅れたようですが、何かあったのですか?”
「いや〜、休憩から戻る途中で、お腹が痛くなってしまいまして……」
彼は、片頬を軽く掻きながら、罰が悪そうに応えてくれた。しかし、それは、おばちゃんたちが昼休憩時に話してくれた言葉のままだった。
“もう体調は大丈夫なんですか?”
「はい、もう」
それだけ言うと、彼は仕事へと戻って行く。
まさかの、言い訳を耳にしてしまった我々としては、このまま取材を続けるべきか、悩んだ。
しかし、やはり彼の仕事ぶりは真面目であり、とても嘘をついて、仕事をサボる人には見えない。
結局、我々は午後も彼を取材対象として観察することにし、午前中と同じく、店の隅にて待機した。
彼は、午後もテキパキと仕事を熟す。
午後の仕事は、主に、商品の補充・整理のようだ。
彼が陳列棚を黙々と整理していると、年配の女性が声をかけた。
何か商品を探しているのだろうか。販売店では、よく見かける光景だ。
そう思いながら、彼らに注視していると、年配の女性は、何か封筒のような物を彼に差し出した。
彼はそれを受け取ると、サッと懐にしまう。そして、年配の女性と数回言葉を交わす。終いには談笑し、女性は店を後にした。
我々はその光景に見覚えがあった。
午前中に話を聞いた、あの少女とのやりとりも、こんな感じではなかっただろうか。
不思議な既視感に、我々は首を捻る。
他の店員を見ていても、そう言った光景を見受けることはない。どうやら、彼だけが、客と特別なやりとりをしているようだ。
彼の仕事終了時間まで、注意深く観察を続けたところ、その後、二名の客との間で、同じようなやりとりを確認した。
どうやら、彼には何か秘密がありそうだ。
午後三時、本日の彼の勤務が終了した。
仕事を終え、どこか清々しい笑顔で店から出てきた彼に、声をかける。
“お疲れ様さまでした”
「ああ。はい、お疲れ様でした」
“いろいろな方に声をかけられて、大変な一日でしたね。この後はご自宅へ帰ってゆっくりと?”
「いえ……ちょっと。これから、用事が……」
これまでハキハキと爽やかに応えてくれていた彼が、言葉を濁す。昼休憩明けの時の態度に似ている。何か、隠している。そんな態度だ。
我々は彼の真相に迫るため、質問を続ける。
“まさか、お仕事を掛け持ちですか?”
すると彼は、声量を少し落としつつも、案外あっさりと応えてくれた。やはり、根はいい人なのだろう。
「まぁ、仕事というか……これから人助けです」
そう言って、彼はポケットから数枚の封筒を取り出し、ヒラヒラと振る。
それは、先ほど仕事中にお客に渡されていた封筒だった。
彼は両手を口に当てると、まるで内緒話をするかのような小さな声で、自身の秘密を打ち明ける。
「実は僕、スーパーマンなんですよ。だから、これから困っている人を助けに行くんです」
“えっ? それって……?”
「もし何かあれば、あなた方もご相談ください。全力でお力になりますので。では、本日はお疲れ様でした」
爽やかなの笑顔で別れの挨拶をすると、彼は、戸惑っている我々を残し、颯爽と商店街の人ごみへと姿を消した。
もっと詳しく話を聞こうと、すぐに我々も彼の後を追い、商店街の人ごみへと足を踏み入れたが、彼の姿を見つけることは、もう出来なかった。
我々は、もしかしたら何か大きな思い違いのもと、彼の取材をしていたのかもしれない。
真相は、再度彼を取材することで、突き止めることができるだろう。しかし、真相を暴き立てることは、彼の望むところではないような気がする。
我々の取材は、これにて終了とするが、もし、悩んでいることがある人は、一度『スーパー ヤス』へ足を運んでみるといいだろう。
きっと、彼が、全力であなたのことを笑顔にしてくれるはずだから。
完
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『スーパーマンの一日』、完結しました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
いかがでしたでしょうか?
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さてさて明日からは、『結婚相談所 キューピットへようこそ 〜運命の人に、あなたは必ず出会えます〜』が連載開始!
結婚相談所の助手としてスカウトされた主人公。覗いてみた事務所はいかにも怪しい感じが……。
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