――距離を置こうと思ってたんだけど!?
その決意が、1時間も経たないうちに無駄になるとは思っていなかった。
担任の気まぐれで急遽行われた席替えで、貴樹は白瀬の隣の席になってしまったのだ。
「……嘘だろ」
隣の席とはいえ、ずっと寝ている白瀬と関わることはそんなには多くないはずだが……関わらないと決めたそばから隣の席になるなんて、どれだけついていないんだろう。
とにかく、自分からは関わらないようにするしかない。
忘れ物をしても、反対側の席の人に助けてもらえば問題ないはずだ。
――……って、思ってたのに!!
神の悪戯というのは連鎖するものらしい。
「茅野。教科書見せて」
――お前が言うのかよ! しかも、なんで今日に限って起きてるんだよ!
白瀬のほうから頼まれるとは思わなかった。
教科書を忘れたのなら、いつものように寝ていればいいのに。
「めっちゃ睨んでくんじゃん」
「別に睨んでない」
「……ふーん」
白瀬は授業中でもお構いなしに話しかけてくる。
一応小声ではあるが、その声が余計にチャットで通話したときのコルの声に重なってしまう。
――おれの勘違いだったりしないかなぁ。
コルと直接話したのは2日前。
それもトラブルで混乱して15分足らずの時間だ。
そのとき聞いた声の記憶が曖昧になっていてもおかしくはない。
ただ偶然、声のトーンが似ていて、話し方もそっくりだったから勘違いしてしるだけかもしれない。
――そうだ。そういうことにしとこ。
こういうのは考えすぎないほうがいい。
意識しすぎてると、余計におかしな態度になってしまう。
強引にでも、頭の片隅に追いやることにした。
◆
部の主な活動はリスナー相手のライブ配信だが、部活動なので先輩たちとの交流もある。
とはいえルール上、リアルで顔を合わせることはできないので、先輩ともネットのみの関係だ。
同じ学園敷地内の寮に暮らす生徒同士なのに、お互い本名を明かさずに活動するというのは変な感じがしたが、これがこの部の当たり前だった。
交流は部チャットで行うことが主だ。
空いている時間にふらっと顔を出して、そこにいる部員と雑談をしたり、配信について相談をしたり――部でのイベントごとでもない限り、ゆるいやり取りが多かった。
『ジジさん、デビューおめでとうございます。これでようやく教員係以外の部員とも交流できるようになりましたね。これからよろしくお願いいたします』
「はい! よろしくお願いします!!」
新入部員はデビュー配信が終わるまで、教育係以外の部員と交流を持つのは基本禁止されている。
貴樹の教育係は部長のセイガだったので、それ以外の部員とは今日が初コンタクトだった。
さっきから話し相手になってくれているのは、副部長の〈楊レイリ〉。
どこぞの貴族のような麗しい外見にぴったりな穏やかな話し方をするライバーで、部長のセイガの次に人気のライバーだ。
『あ、でもコルさんとはもう面識あるのでしたね』
「面識というか、コル先輩には初配信のときに助けてもらって」
『音声関係でトラブったって聞いたで。初配信って、やっぱ魔物がおるねんなぁ』
「あ、カナトラ先輩! 初めまして、多々楽ジジです。よろしくお願いします!」
別の部員が会話に混ざってきた。
部のライバーで唯一関西弁を話すこの人は虎池カナトラ、筋肉系の虎獣人アバターのライバーだ。
『初めましてやのに、わしの名前知ってくれてんのか』
「知ってます! 先輩のムキム筋肉体操大好きです!! おれには完走できませんでしたけど」
『知っとってくれて嬉しかったのに、完走できへんのかい』
ムキム筋肉体操というのは、カナトラが考えた身体を鍛える体操だ。
リスナー時代に貴樹も挑戦したことがあるが、開始30秒も持たずに挫折した。体操というにはかなりハードなせいだ。
『ほんなら、今度コラボで一緒にやろか』
「いや、だから無理だったので」
『わしが一緒なら完走できるて。途中で辞めさす気ないしな』
「ヒッ」
カナトラにこの話題を振ったのは失敗だったかもしれない。
『今日は賑やかだな』
『お、噂しとったら。お前がここに顔出すとか珍しいな、コル。相変わらず配信とのギャップえっぐ』
『お疲れさまです、コルさん』
「コル先輩!!!」
『ジジ、前も思ったけど声デカすぎ』
「あっ、すみません。コル先輩に会えたのが嬉しくて、つい」
『嬉ションするワンコの反応やん』
コルの登場に、思わず声が大きくなってしまった。
二人のやり取りを聞いて、カナトラとレイリが笑っている。
『どないしたん。部長に用事か?』
『セイガさんに用事がなきゃ、ここって来ちゃだめなんだっけ?』
『そういうわけちゃうけど。お前がここに来るんは、部長に呼ばれたときぐらいやろ?』
『私の記憶でもそうですね。コルさんがここに顔を出すのは、セイガさんに呼ばれたときだけだと認識しています』
『別に、それ以外があってもいいだろ』
――コル先輩がこのチャットに顔出すのって珍しいんだ……だから、昨日も見かけなかったのかな?
貴樹の初配信のときにいてくれたのは、セイガが事前に頼んでいたからだと聞いているし、元々あまりここに現れるタイプではないのかもしれない。
――それにしても……やっぱり白瀬と声が似てる。話し方も。
勘違いだと思いたかったのに、やっぱり配信外のコルの声は白瀬とよく似ていた。
ぶっきらぼうで気だるげな話し方もそっくりだ。
『別にええけど。ほんなら、用事もないのに来たん?』
『用ならある。ジジにな』
「えっ、おれですか?」
『ああ。コラボ配信するって言ってたろ』
「コラボ!!!」
また声が大きくなってしまった。
でも、本気で驚いたのだから仕方ない。
「あれ……本気だったんですか?」
『なんだよ。お前は社交辞令だったのか?』
「そういうわけじゃなくて……コル先輩がおれなんかとコラボしてくれるとは思ってなくて」
『わしもびっくりやで。お前から誰かをコラボに誘うなんて……明日、雪でも降るんか?』
『降らないだろ。っつうことで、こいつ借りていくから。ほら、ジジ。場所移すぞ』
「あ、ちょっとコル先輩! あの、失礼します!」
返事を待たずにチャットを退室したコルを追いかける。
あまりにも突然のことに何が起こっているのか、貴樹はまだよくわかっていなかった。
その決意が、1時間も経たないうちに無駄になるとは思っていなかった。
担任の気まぐれで急遽行われた席替えで、貴樹は白瀬の隣の席になってしまったのだ。
「……嘘だろ」
隣の席とはいえ、ずっと寝ている白瀬と関わることはそんなには多くないはずだが……関わらないと決めたそばから隣の席になるなんて、どれだけついていないんだろう。
とにかく、自分からは関わらないようにするしかない。
忘れ物をしても、反対側の席の人に助けてもらえば問題ないはずだ。
――……って、思ってたのに!!
神の悪戯というのは連鎖するものらしい。
「茅野。教科書見せて」
――お前が言うのかよ! しかも、なんで今日に限って起きてるんだよ!
白瀬のほうから頼まれるとは思わなかった。
教科書を忘れたのなら、いつものように寝ていればいいのに。
「めっちゃ睨んでくんじゃん」
「別に睨んでない」
「……ふーん」
白瀬は授業中でもお構いなしに話しかけてくる。
一応小声ではあるが、その声が余計にチャットで通話したときのコルの声に重なってしまう。
――おれの勘違いだったりしないかなぁ。
コルと直接話したのは2日前。
それもトラブルで混乱して15分足らずの時間だ。
そのとき聞いた声の記憶が曖昧になっていてもおかしくはない。
ただ偶然、声のトーンが似ていて、話し方もそっくりだったから勘違いしてしるだけかもしれない。
――そうだ。そういうことにしとこ。
こういうのは考えすぎないほうがいい。
意識しすぎてると、余計におかしな態度になってしまう。
強引にでも、頭の片隅に追いやることにした。
◆
部の主な活動はリスナー相手のライブ配信だが、部活動なので先輩たちとの交流もある。
とはいえルール上、リアルで顔を合わせることはできないので、先輩ともネットのみの関係だ。
同じ学園敷地内の寮に暮らす生徒同士なのに、お互い本名を明かさずに活動するというのは変な感じがしたが、これがこの部の当たり前だった。
交流は部チャットで行うことが主だ。
空いている時間にふらっと顔を出して、そこにいる部員と雑談をしたり、配信について相談をしたり――部でのイベントごとでもない限り、ゆるいやり取りが多かった。
『ジジさん、デビューおめでとうございます。これでようやく教員係以外の部員とも交流できるようになりましたね。これからよろしくお願いいたします』
「はい! よろしくお願いします!!」
新入部員はデビュー配信が終わるまで、教育係以外の部員と交流を持つのは基本禁止されている。
貴樹の教育係は部長のセイガだったので、それ以外の部員とは今日が初コンタクトだった。
さっきから話し相手になってくれているのは、副部長の〈楊レイリ〉。
どこぞの貴族のような麗しい外見にぴったりな穏やかな話し方をするライバーで、部長のセイガの次に人気のライバーだ。
『あ、でもコルさんとはもう面識あるのでしたね』
「面識というか、コル先輩には初配信のときに助けてもらって」
『音声関係でトラブったって聞いたで。初配信って、やっぱ魔物がおるねんなぁ』
「あ、カナトラ先輩! 初めまして、多々楽ジジです。よろしくお願いします!」
別の部員が会話に混ざってきた。
部のライバーで唯一関西弁を話すこの人は虎池カナトラ、筋肉系の虎獣人アバターのライバーだ。
『初めましてやのに、わしの名前知ってくれてんのか』
「知ってます! 先輩のムキム筋肉体操大好きです!! おれには完走できませんでしたけど」
『知っとってくれて嬉しかったのに、完走できへんのかい』
ムキム筋肉体操というのは、カナトラが考えた身体を鍛える体操だ。
リスナー時代に貴樹も挑戦したことがあるが、開始30秒も持たずに挫折した。体操というにはかなりハードなせいだ。
『ほんなら、今度コラボで一緒にやろか』
「いや、だから無理だったので」
『わしが一緒なら完走できるて。途中で辞めさす気ないしな』
「ヒッ」
カナトラにこの話題を振ったのは失敗だったかもしれない。
『今日は賑やかだな』
『お、噂しとったら。お前がここに顔出すとか珍しいな、コル。相変わらず配信とのギャップえっぐ』
『お疲れさまです、コルさん』
「コル先輩!!!」
『ジジ、前も思ったけど声デカすぎ』
「あっ、すみません。コル先輩に会えたのが嬉しくて、つい」
『嬉ションするワンコの反応やん』
コルの登場に、思わず声が大きくなってしまった。
二人のやり取りを聞いて、カナトラとレイリが笑っている。
『どないしたん。部長に用事か?』
『セイガさんに用事がなきゃ、ここって来ちゃだめなんだっけ?』
『そういうわけちゃうけど。お前がここに来るんは、部長に呼ばれたときぐらいやろ?』
『私の記憶でもそうですね。コルさんがここに顔を出すのは、セイガさんに呼ばれたときだけだと認識しています』
『別に、それ以外があってもいいだろ』
――コル先輩がこのチャットに顔出すのって珍しいんだ……だから、昨日も見かけなかったのかな?
貴樹の初配信のときにいてくれたのは、セイガが事前に頼んでいたからだと聞いているし、元々あまりここに現れるタイプではないのかもしれない。
――それにしても……やっぱり白瀬と声が似てる。話し方も。
勘違いだと思いたかったのに、やっぱり配信外のコルの声は白瀬とよく似ていた。
ぶっきらぼうで気だるげな話し方もそっくりだ。
『別にええけど。ほんなら、用事もないのに来たん?』
『用ならある。ジジにな』
「えっ、おれですか?」
『ああ。コラボ配信するって言ってたろ』
「コラボ!!!」
また声が大きくなってしまった。
でも、本気で驚いたのだから仕方ない。
「あれ……本気だったんですか?」
『なんだよ。お前は社交辞令だったのか?』
「そういうわけじゃなくて……コル先輩がおれなんかとコラボしてくれるとは思ってなくて」
『わしもびっくりやで。お前から誰かをコラボに誘うなんて……明日、雪でも降るんか?』
『降らないだろ。っつうことで、こいつ借りていくから。ほら、ジジ。場所移すぞ』
「あ、ちょっとコル先輩! あの、失礼します!」
返事を待たずにチャットを退室したコルを追いかける。
あまりにも突然のことに何が起こっているのか、貴樹はまだよくわかっていなかった。