「とんでもない美形なぁ……うちならいても、おかしくないと思うけど」
昼休み。
そう答えたのは、オリエンテーションで親しくなった大野だ。購買で買ったパンを豪快に齧りつきながら、貴樹の話に相槌を打っている。
「どういうこと?」
「うちって全寮制の男子校だし、セキュリティもしっかりしてるだろ? だから、通ってる芸能人とか多いらしい。その美形もそういう系だったんじゃないか?」
「へえ……そうなんだ」
この学園に通う芸能人が多いなんて知らなかった。
でも、それなら納得がいく。
あそこまでの美形なら、人に見られる仕事をしていないともったいない。
「あの感じだとモデルかな? プロのカメラマンが撮った写真とか、あるなら見てみたいなぁ」
「そんなに美形だったのか?」
「マジでやばかった。ぼーっと見惚れてたら、睨まれたけど」
「何してんだよ」
――でも、あれは……その前からおれを見てた気もするけど。
自意識過剰だろうか。
貴樹は首を傾けながら、食べかけのたまごサンドに齧りつく。
「芸能人といえば、うちは部活にもそういうのあったよな」
「芸能系の部活ってこと? 何それ」
「茅野は知らないのか? バーチャルライバー部ってやつ。そこの部員は芸能人みたいなもんだろ」
「……ぶッ」
貴樹は口に含んでいたミルクティーを噴き出した。
「何してんだよ、汚ないな」
「……ごめん。ちょっと咽せた」
この流れで、その単語が飛び出してくるとは思わなかった。
――そもそも、ライバーって芸能人なの?
そんな風に考えたことはなかった。
でも、見ようによってはそう見えるのかもしれない。
「で……なんだっけ」
「バーチャルライバー部な。アニメのキャラ動かして喋ってるけど、ファンにキャーキャー言われてんのは芸能人と変わらないだろ。先輩とか、チャンネル登録者数100万人超えの人気ライバーもいるらしいし」
知っている。
その人気ライバーとは、部長のセイガのことだ。
「大野、詳しいんだね。ちょっと意外かも」
「うちの姉貴が好きなんだよ。聞いてもないのに、逐一報告が飛んでくる」
「そうなんだ……」
――……大野のお姉さんには会わないようにしないと。
『ライバーは正体を明かしてはならない』というルールがバーチャルライバー部にはある。
絶対に守らなくてはいけないルールだ。
――大野もまさか、おれがその部員とは思ってないんだろうな。
だからこそ、この話題を振ってきたのだろう。
リアルの貴樹はいたって平凡な高校生だ。
特に目立つ容姿でもなければ、飛び抜けた特技があるわけでもない。
そんな貴樹とライバーは簡単には結びつかないはずだ――それはそれで、悲しいのだが。
「変わった部もだけど、変わったやつも多いよな。ほら、うちのクラスだと……白瀬とか」
「白瀬って、一番後ろの席でいつも寝てる?」
話題が変わった。
貴樹は教室の後方に視線を向ける。
そこには今日も机に突っ伏して眠っているクラスメイト、白瀬の姿があった。
白瀬が起きているところはレアだ。
授業中でも構わず眠っているし、教師がそれを起こす様子もない。
「留年ってるって噂もあるんだよな、あいつ」
「そうなんだ」
「噂だし、オレも実際どうかは知らないけど。ただ前髪で顔隠してたり、放課後はすぐいなくなったり……周りと関わりたくないんだろうなってのは、めっちゃ感じる」
それは貴樹も同感だった。
だけど、白瀬に悪い印象はない。
むしろ、その一匹狼然としたミステリアスな振る舞いがかっこいいと思っていた。
――おれも、ああいう『そこにいるだけでかっこいい』みたいな魅力があればなぁ。
自分の平凡さが憎い。
念願だったバーチャルライバー部への入部は叶ったが、多々楽ジジの魅力を引き出すためには貴樹が頑張らなくてはいけないのに、今のままだと前途多難だ。
「……お前さ、また話聞いてないだろ」
「あ、ごめん」
「まあ、いいけど。つうか早く食えよ。昼休み、あと5分で終わるぞ」
「わっ、マジだ」
慌てて残りのたまごサンドを口に押し込み、甘いミルクティーで流し込む。
じっと見つめる視線があることに、貴樹はまったく気づいていなかった。
◆
「特技を伸ばす、ですか?」
『そうそう。ジジくんは歌が得意でしょ? オーディションで聞かせてもらったのもよかったし。その辺りを伸ばしていくのがいいと思うんだけど、どうかな?』
初配信の音声トラブルについて話をした後、部長のセイガと今後の活動方針について話し合っていた。
キャラの魅力をどうアピールしていくかは、貴樹も昼に考えていたことだ。
今は世界中にたくさんのバーチャルライバーがいる時代だ。リスナーが興味を持っているうちに自分の魅力を売り込まないと、あっという間に埋もれてしまう。
「歌うのは好きですけど……自分の歌がそこまでうまいと思ったことはなくて」
『本気で言ってる? 君のことは歌で採用したようなものなのに』
「そうなんですか!?」
『そうだよ。あー、だから長所欄に歌が得意とは書いてなかったのか。好きなものには書いてたのに』
「あんまり、人に聞いてもらう機会とかがなくて……」
周りに気を遣うのが苦手なので、カラオケは一人で行く派だった。フリータイムの時間いっぱい、カラオケルームにこもることも多い。
オーディションでは他に思いつく特技がなくて歌を披露したが、まさかそれが合格のきっかけだったとは思わなかった。
『じゃあ、まだ世界に見つかってないわけだ』
「世界?」
『僕はジジくんの歌声を気に入ってるからさ、それをたくさんの人に聞いてほしいわけ。コルも惚れ込んでたしね』
「えっ!! コル先輩も!?」
『オーディションの動画は部員全員見れるようにしてるんだけどさ、あいつ、ジジくんのオーディションの音源を勝手にコピーしてったからね』
「う、わー……」
嬉しいけど、恥ずかしい。
推しに認知されていたのが、名前だけじゃなかったなんて。
『それもあって、ジジくんの見守りをさせてたわけだけど。あいつ、態度悪くなかった?』
「そんなことなかったですよ。あ……でも、配信とのギャップにはびっくりしました」
『あー、あれね。あいつのロールプレイの徹底っぷりには僕もまだ慣れない』
セイガも同意見のようだった。
「すごいですよね!! あそこまでキャラを演じてたなんて。長時間配信でも全然違和感とかなかったし、配信の姿が素なんだとばっかり――」
『っふは。ジジくんってば、本当にコルのこと大好きなんだねぇ。めちゃくちゃ語るじゃん』
「す、すみません」
思わずオタクの早口を披露してしまった。
でも、コルのオフキャラを知っているのはごく限られた人間だけなのだから、語りたくなってしまうのは仕方がないと思う。
『あいつのあれは生まれ持った才能もあるんだろうね。天は何物与えたんだか』
「FPSゲームもプロ並みですもんね!! コル先輩、尊敬しちゃうなぁ」
『それだけじゃないけどね……っていうか、部長である僕のことは尊敬してくれないの?』
「してますよ! もちろん!! おれがバーチャルライバー部を知ったきっかけはセイガ部長だし! 推しです!!」
『最推しはコルだけど?』
「ちょっと、イジメないでくださいよー」
『あっははは』
セイガはオンもオフもあまり印象が変わらない。
忙しい人のはずなのに面倒見がよくて親しみやすいし、いくらでも話せてしまう。
『もうこんな時間か。今日はこのぐらいにしよっか。活動は歌メインがいいと思うけど、他にやりたいことがあったら相談して』
「わかりました! ありがとうございます!!」
『それじゃ、おやすみー』
セイガとの通話が切れる。
貴樹は部チャットを開くと、コルがいないか探した。
「……いないか」
お礼が言いたかったのに。
残念な気持ちになりながら、防音ブースを出た。
昼休み。
そう答えたのは、オリエンテーションで親しくなった大野だ。購買で買ったパンを豪快に齧りつきながら、貴樹の話に相槌を打っている。
「どういうこと?」
「うちって全寮制の男子校だし、セキュリティもしっかりしてるだろ? だから、通ってる芸能人とか多いらしい。その美形もそういう系だったんじゃないか?」
「へえ……そうなんだ」
この学園に通う芸能人が多いなんて知らなかった。
でも、それなら納得がいく。
あそこまでの美形なら、人に見られる仕事をしていないともったいない。
「あの感じだとモデルかな? プロのカメラマンが撮った写真とか、あるなら見てみたいなぁ」
「そんなに美形だったのか?」
「マジでやばかった。ぼーっと見惚れてたら、睨まれたけど」
「何してんだよ」
――でも、あれは……その前からおれを見てた気もするけど。
自意識過剰だろうか。
貴樹は首を傾けながら、食べかけのたまごサンドに齧りつく。
「芸能人といえば、うちは部活にもそういうのあったよな」
「芸能系の部活ってこと? 何それ」
「茅野は知らないのか? バーチャルライバー部ってやつ。そこの部員は芸能人みたいなもんだろ」
「……ぶッ」
貴樹は口に含んでいたミルクティーを噴き出した。
「何してんだよ、汚ないな」
「……ごめん。ちょっと咽せた」
この流れで、その単語が飛び出してくるとは思わなかった。
――そもそも、ライバーって芸能人なの?
そんな風に考えたことはなかった。
でも、見ようによってはそう見えるのかもしれない。
「で……なんだっけ」
「バーチャルライバー部な。アニメのキャラ動かして喋ってるけど、ファンにキャーキャー言われてんのは芸能人と変わらないだろ。先輩とか、チャンネル登録者数100万人超えの人気ライバーもいるらしいし」
知っている。
その人気ライバーとは、部長のセイガのことだ。
「大野、詳しいんだね。ちょっと意外かも」
「うちの姉貴が好きなんだよ。聞いてもないのに、逐一報告が飛んでくる」
「そうなんだ……」
――……大野のお姉さんには会わないようにしないと。
『ライバーは正体を明かしてはならない』というルールがバーチャルライバー部にはある。
絶対に守らなくてはいけないルールだ。
――大野もまさか、おれがその部員とは思ってないんだろうな。
だからこそ、この話題を振ってきたのだろう。
リアルの貴樹はいたって平凡な高校生だ。
特に目立つ容姿でもなければ、飛び抜けた特技があるわけでもない。
そんな貴樹とライバーは簡単には結びつかないはずだ――それはそれで、悲しいのだが。
「変わった部もだけど、変わったやつも多いよな。ほら、うちのクラスだと……白瀬とか」
「白瀬って、一番後ろの席でいつも寝てる?」
話題が変わった。
貴樹は教室の後方に視線を向ける。
そこには今日も机に突っ伏して眠っているクラスメイト、白瀬の姿があった。
白瀬が起きているところはレアだ。
授業中でも構わず眠っているし、教師がそれを起こす様子もない。
「留年ってるって噂もあるんだよな、あいつ」
「そうなんだ」
「噂だし、オレも実際どうかは知らないけど。ただ前髪で顔隠してたり、放課後はすぐいなくなったり……周りと関わりたくないんだろうなってのは、めっちゃ感じる」
それは貴樹も同感だった。
だけど、白瀬に悪い印象はない。
むしろ、その一匹狼然としたミステリアスな振る舞いがかっこいいと思っていた。
――おれも、ああいう『そこにいるだけでかっこいい』みたいな魅力があればなぁ。
自分の平凡さが憎い。
念願だったバーチャルライバー部への入部は叶ったが、多々楽ジジの魅力を引き出すためには貴樹が頑張らなくてはいけないのに、今のままだと前途多難だ。
「……お前さ、また話聞いてないだろ」
「あ、ごめん」
「まあ、いいけど。つうか早く食えよ。昼休み、あと5分で終わるぞ」
「わっ、マジだ」
慌てて残りのたまごサンドを口に押し込み、甘いミルクティーで流し込む。
じっと見つめる視線があることに、貴樹はまったく気づいていなかった。
◆
「特技を伸ばす、ですか?」
『そうそう。ジジくんは歌が得意でしょ? オーディションで聞かせてもらったのもよかったし。その辺りを伸ばしていくのがいいと思うんだけど、どうかな?』
初配信の音声トラブルについて話をした後、部長のセイガと今後の活動方針について話し合っていた。
キャラの魅力をどうアピールしていくかは、貴樹も昼に考えていたことだ。
今は世界中にたくさんのバーチャルライバーがいる時代だ。リスナーが興味を持っているうちに自分の魅力を売り込まないと、あっという間に埋もれてしまう。
「歌うのは好きですけど……自分の歌がそこまでうまいと思ったことはなくて」
『本気で言ってる? 君のことは歌で採用したようなものなのに』
「そうなんですか!?」
『そうだよ。あー、だから長所欄に歌が得意とは書いてなかったのか。好きなものには書いてたのに』
「あんまり、人に聞いてもらう機会とかがなくて……」
周りに気を遣うのが苦手なので、カラオケは一人で行く派だった。フリータイムの時間いっぱい、カラオケルームにこもることも多い。
オーディションでは他に思いつく特技がなくて歌を披露したが、まさかそれが合格のきっかけだったとは思わなかった。
『じゃあ、まだ世界に見つかってないわけだ』
「世界?」
『僕はジジくんの歌声を気に入ってるからさ、それをたくさんの人に聞いてほしいわけ。コルも惚れ込んでたしね』
「えっ!! コル先輩も!?」
『オーディションの動画は部員全員見れるようにしてるんだけどさ、あいつ、ジジくんのオーディションの音源を勝手にコピーしてったからね』
「う、わー……」
嬉しいけど、恥ずかしい。
推しに認知されていたのが、名前だけじゃなかったなんて。
『それもあって、ジジくんの見守りをさせてたわけだけど。あいつ、態度悪くなかった?』
「そんなことなかったですよ。あ……でも、配信とのギャップにはびっくりしました」
『あー、あれね。あいつのロールプレイの徹底っぷりには僕もまだ慣れない』
セイガも同意見のようだった。
「すごいですよね!! あそこまでキャラを演じてたなんて。長時間配信でも全然違和感とかなかったし、配信の姿が素なんだとばっかり――」
『っふは。ジジくんってば、本当にコルのこと大好きなんだねぇ。めちゃくちゃ語るじゃん』
「す、すみません」
思わずオタクの早口を披露してしまった。
でも、コルのオフキャラを知っているのはごく限られた人間だけなのだから、語りたくなってしまうのは仕方がないと思う。
『あいつのあれは生まれ持った才能もあるんだろうね。天は何物与えたんだか』
「FPSゲームもプロ並みですもんね!! コル先輩、尊敬しちゃうなぁ」
『それだけじゃないけどね……っていうか、部長である僕のことは尊敬してくれないの?』
「してますよ! もちろん!! おれがバーチャルライバー部を知ったきっかけはセイガ部長だし! 推しです!!」
『最推しはコルだけど?』
「ちょっと、イジメないでくださいよー」
『あっははは』
セイガはオンもオフもあまり印象が変わらない。
忙しい人のはずなのに面倒見がよくて親しみやすいし、いくらでも話せてしまう。
『もうこんな時間か。今日はこのぐらいにしよっか。活動は歌メインがいいと思うけど、他にやりたいことがあったら相談して』
「わかりました! ありがとうございます!!」
『それじゃ、おやすみー』
セイガとの通話が切れる。
貴樹は部チャットを開くと、コルがいないか探した。
「……いないか」
お礼が言いたかったのに。
残念な気持ちになりながら、防音ブースを出た。