「終わったぁ!」

 トラブルスタートの初配信は予定時間を15分超過して終わった。最初の15分がトラブル対応だったので、予定通りといえば予定通りだ。

「ふはー……めっちゃ変な汗かいた」

 全身汗まみれだった。
 Tシャツは全体しっとり濡れていて、動くとひんやり冷たい。ただ喋るだけの配信で、こんなに汗びっしょりになるとは思わなかった。
 身体を拭いてからでないと眠れなさそうだ。

「でも、楽しかったな」

 トラブルでパニックになったものの、配信自体はとても楽しかった。
 参加リスナーがみんな優しかったおかげだ。
 それに、助けてくれたコルの存在も大きい。

「そうだ。終わったって報告しないと」

 配信終了時も部チャットへの報告が必要だ。
 慌ててチャット画面を開く。報告用のチャット欄を開く前に、誰かからメッセージの着信があった。

「あ、セイガ部長!」

 用事は終わったのだろうか。
 セイガからのメッセージには『初配信お疲れさま! 今から音声繋げられる?』と書かれていた。

「部長、お疲れ様です」
『お疲れー。途中からだけど見てたよ。音声トラブルスタートだったんだって?』
「はい……すみません。あんなにしっかり教えてもらったのに、それを活かせなくて」
『まあ、ライブ配信にトラブルは付きものだからね。それが初回配信っていうのは運がなかったけど、でもおかげで次からは冷静に対応できるんじゃない?』
「う……だといいんですけど」

 これが学びに繋がればいいと思っているが、今回はコルのおかげで乗り切れたようなものだ。
 次は自力でとなると、まだ難しい気がする。

『先輩の頼り方も覚えたでしょ? コル、ちゃんと助けてくれたみたいじゃん』
「そうなんです! コル先輩に改めてお礼が言いたかったんですけど、もう落ちちゃいました?」
『あー、ジジくんの配信終わるまではいたけど、もう落ちたみたいだね』
「そうですか……」
『僕から伝えておく?』
「いえ、見かけたときに自分から言います。ありがとうございます!」
『りょーかい。ま、2人は相性もよさそうだし、コラボ配信とかもやったらいいよ』

 部長の目にも2人は相性よく映るらしい。
 推しライバーとのコラボを勧められるのは、光栄だが恐縮してしまう。

『と、まあ……今日の配信の課題については明日以降にしようか。っていっても、気になったのはトラブルのあたりだけだから、配信自体はすごくよかったと思うよ』
「ありがとうございます!!」
『僕たちの配信が好きでうちに来てくれたのがわかるっていうか、君からはライバー愛をたくさん感じたよ。本当にありがとうね』
「そんな……こちらこそ、この部に入れて幸せなので……っ」

 セイガの言葉に、感動で声が詰まってしまった。
 セイガもそれに気づいている様子だったが、特にいじってくることもなくチャットは終了した。

「はー……なんだろう。初配信から胸がいっぱいなんだけど」

 推しのコルに助けてもらって、部長のセイガに嬉しい言葉をかけてもらって――今日はこの幸せを噛み締めて眠りたい。

「その前に、身体拭こうっと」

 セイガと話している間に汗は引いていたが、ベタつく感覚は残っている。
 貴樹はタオルを手に取ると、寮内の共用洗面室に向かった。


   ◆


 ――先客だ。

 洗面室には他の生徒がいた。
 背の高い人物だ。
 顔を拭いているらしく、タオルをごしごしと顔に擦りつけている。

「……失礼しまーす」

 貴樹は、その人が使っている2つ隣の洗面台を使うことにした。
 同じように顔を洗ってタオルで水気を拭き取る。その後にタオルを濡らし、部屋に戻ってから身体を拭くつもりでいた。
 濡らしたタオルを、ギュッと力強く絞る。
 ふと、うなじのあたりにチクチクと何かが刺さるような感覚を覚え、貴樹は後ろを振り返った。

 ――うわ、めっちゃ美形!!!

 刺さっていたのは視線だった。
 こちらを見ていたのは、先にここで顔を洗っていた彼だ。さっきはタオルで隠れて顔が見えなかったが、その人は目が離せないほどの美形だった。
 それにスタイルもいい。
 背が高いだけではなく、均整の取れた筋肉がついている海外のモデルのような体型だ。

 ――こんな綺麗な男の人……実在するんだ。

 見た目が平凡な貴樹とは大違いだった。
 この寮にいるということは、同じ高等部の生徒なのだろう。見た目の雰囲気からして、たぶん先輩だ。

 ――でも、なんでこんなに見てるんだろ。もしかして、ここの使い方……なんかルールとかある?

 入寮して10日、洗面室は何度も使っている。
 特に決まったルールはなかったはずだと思うが、いまいち自信が持てない。

「あの……おれに何か用ですか?」

 貴樹がおそるおそる話しかけると、美形の彼は眉根を寄せた。
 何も答えないまま、洗面室を出ていく。

「…………なんだったんだ?」

 気になったが、追いかけて理由を聞く勇気はなかった。